Theileria luwenshuni and Novel Babesia spp. Infections in Humans, Yunnan Province, China
Citation
Emerging Infectious Diseases. 2025 Sep;31(9). doi: 10.3201/eid3109.241919.
概要
中国・雲南省における発熱または貧血を訴える1,721名の患者を対象とした調査により、新たな血液原虫感染症の存在が確認された。PCRおよびWestern blotにより、13例に Theileria luwenshuni、6例にBabesia属の感染が同定された(内訳:3例がB. microti、3例が未同定の新規Babesia種)。マダニ、家畜、小型野生動物を調査したところ、多数でこれら原虫の陽性が認められ、ベクトルと宿主との間での循環が示唆された。
臨床像として、T. luwenshuni感染例は農業従事者が主体で、貧血や倦怠感、嘔吐など非特異的症状を呈し、血液検査では汎血球減少が頻見された。Babesia感染例でも疲労や貧血などが主症状であり、重症例はいなかった。
本研究は、従来ヒト病原性の報告が少なかったT. luwenshuniや新規Babesia種が、雲南省で人畜共通感染症として循環している実態を初めて明らかにした点が重要である。医療現場においては、診断時にこれら原虫感染を念頭に入れ、臨床的および分子学的検査の導入や、血液製剤の安全管理にも注意が促される。今後、血液ドナーのスクリーニングや有効な診断手法の確立が公共衛生上の課題とされる。
Influenza‑Associated Acute Necrotizing Encephalopathy in US Children: Clinical Presentations, Interventions, and Outcomes
Citation
JAMA, article 2836871
論文の要約
本報告は、米国23施設において確認されたインフルエンザ関連急性壊死性脳症(ANE)患者41名を対象としたケースシリーズである。
対象・特徴:対象は 2023–2024 年のインフルエンザシーズンに発症した児童で、平均年齢はおよそ最年少である。症状には重篤な神経症状(発作、意識障害、嘔吐など)や急性の壊死性病変を伴う MRI 所見が共通して認められた。
臨床経過:発症から診断までの時間は短く、入院後すぐにICU管理が必要となる例が多かった。一部では低ナトリウム血症や多臓器不全など合併症を伴い、全体致死率や長期神経後遺症率が懸念される。
介入と治療:ステロイド療法やIVIgなどの免疫調整療法が試みられた症例も複数報告されたが、その効果には個人差が大きく、明確なエビデンスは得られていない。
予後とアウトカム:死亡例に加え、一部では重度の神経障害や発達遅滞が残存し、早期診断と継続的なリハビリテーション・支援の重要性が示された。
本症例シリーズは、インフルエンザによる神経合併症の中でも極めて重篤な ANE の臨床像とその難治性を示すものであり、小児感染症医、神経科医、集中治療医、公衆衛生関係者にとって極めて示唆的である。
Engineering Infection Controls to Reduce Indoor Transmission of Respiratory Infections: A Scoping Review
論文の要約
本スコーピングレビューは、室内環境における呼吸器感染症(例:インフルエンザ、COVID‑19など)伝播を減らすための「設計的制御手段(engineering infection controls)」を幅広く整理したものである。
対象と方法:2023年12月までに発表された、室内空間の空気中病原体曝露を低減する設計的対策(換気改善、フィルター、UV空気殺菌など)に関する主要研究を、複数の文献データベースから収集し、分類・分析。
主な構成要素:
換気システムの最適化:自然・機械換気の併用や換気回数向上、空気浄化装置との併用などが推奨される。
高性能フィルター導入:HEPA や MERV13 以上のろ過システムはエアロゾル粒子の除去に有効。
紫外線(UV)技術:室内空間の上部に設置するUVGI(紫外線殺菌照明)や Far‑UV(222nm)などによる空気殺菌が効果的かつコスト効率も高い。
複合対策の層化効果:換気+フィルター+UVの併用により、個別施策よりもはるかに高い伝播抑制効果が期待される。
臨床含意:
“いざという時の防護”として個人装備(PPE)に頼るのではなく、まず空気環境を制御することがより効果的な感染予防につながる。
病院、学校、公共施設などにおいて、合理的で安全な設計的制御の導入は、今後の感染症対応を支える基盤となる。
本レビューは、感染症制御に関わる医師、建築・施設管理者、政策立案者にとって、室内空気感染を抑えるための設計視点とエビデンスを包括的に提供する重要な文献である。
JAMA Neurology, Published online August 4, 2025
論文の要約
本研究は、米国テネシー州のMedicaid加入小児(5〜17歳)約69万人を対象に、インフルエンザ罹患時およびオセルタミビル治療の有無によって、神経精神系の重篤な有害事象(入院を要するもの)の発生リスクに差があるかを検討した前向きコホート研究である。
方法:インフルエンザ流行シーズン(2016–2017年〜2019–2020年)における約1,960万パーソンウィークのデータを用い、曝露(治療なし・オセルタミビル治療・治療後期間・予防的使用・未曝露)ごとに分類し、Poisson回帰で補正後リスクを算出。
主要結果:
インフルエンザ罹患期間において、オセルタミビル治療ありの群では、治療なし群に比べて重篤な神経精神イベントのリスクが約50%低下していた(aIRR 0.53, 95% CI 0.33–0.88)。
治療終了後の期間でも同様にリスク低下(aIRR 0.42, 95% CI 0.24–0.74)。
特に神経学的イベント(例:痙攣、意識障害など)で有意な低下が認められた(aIRR 0.45)が、精神症状(自傷、気分障害など)では有意差はなかった。
追加解析と感度分析:定義変更や共変量除外、交絡の影響を考慮した分析においても結果は一貫しており、観察されたリスク低下が偶然やバイアスによるものではないことが示唆された。
臨床的意義:オセルタミビルは神経精神症状のリスクを高めるとの懸念が過去に報告されてきたが、本研究ではむしろインフルエンザ自体がリスク因子であり、オセルタミビルはその合併症を減少させる可能性があることが明らかになった。
Rapid and actionable nasal-swab screening supports antimicrobial stewardship in patients with pneumonia: a prospective study
Citation
Antimicrobial Resistance & Infection Control, 2025; 14:94
論文の要約
本研究は、MRSA肺炎を迅速に除外する目的で鼻腔スワブPCR検査を導入した際の抗MRSA薬使用への影響を評価した、前向き非盲検コントロール研究である。中国の三次病院に入院した成人肺炎患者300名を対象に、結果を臨床医に通知する介入群(NG)と通知しない対照群(CG)に1:1で割り付けた。
主な結果
抗MRSA薬使用日数:NGでは平均5.66日、CGでは7.87日であり、NGで有意に短縮された(P<0.001)。
副作用発生率:腎障害(0% vs 4.7%)、肝障害(1.3% vs 8.0%)ともにCGで多く、抗菌薬関連下痢や新規耐性菌出現もCGに多く認められた。
抗菌薬コスト:NGでは平均621.78ドルであり、CGの881.70ドルより有意に低かった(P=0.013)。
死亡率:入院中死亡率はNGで12.7%、CGで16.7%であり、有意差なし(P=0.327)。
陰性鼻腔PCRの臨床的意義:
陰性予測値(NPV)は99.6%と非常に高く、PCR結果を用いた抗MRSA薬の早期中止は安全かつ合理的であると結論された。
4日以内に抗MRSA薬を中止できた割合は、NGで44.0%、CGで14.7%。
特にNGでは、診療医が陰性結果を紙媒体で受け取った後、抗MRSA薬の中止を速やかに決定していた。
ICUサブグループ解析:抗MRSA薬を4日以内に中止できた症例は、耐性菌の新規検出率や抗菌薬関連下痢の頻度が低く、早期中止の有効性と安全性を示唆。
意義
本研究は、肺炎患者に対する鼻腔PCRスクリーニングによって、抗MRSA薬の使用期間・副作用・コストの削減が可能であることを実証した。特に、EMR連動や感染症専門医の介入などと併用することで、より一層の抗菌薬適正使用(AS)推進が期待される。
Alternative therapeutic strategies to treat antibiotic‑resistant pathogens
Citation
Nature Reviews Microbiology, vol. 22, pp. 262–275 (2024)
論文の要約
本レビューは、既存の化学スキャフォールドに依存する伝統的抗菌薬開発に代わる、新たな治療戦略を主題としている。
抗菌ペプチドやマクロサイクル:自然由来または合成された抗菌ペプチドの作用機序と、それによる耐性菌への効果が系統的に整理されている。
モノクローナル抗体および免疫調節剤:特異的抗原を標的とした抗体療法や、宿主免疫を利用する手法の展開が紹介されている。
バクテリオファージ療法:細菌感染に対するファージ応用と、ファージカクテル設計の最新動向を解説している。
アンチセンスオリゴヌクレオチド:耐性遺伝子や病原性因子の発現抑制を狙ったRNA標的戦略についての展望が述べられている。
非生育阻害的アプローチ:代謝干渉などによる細菌の脆弱化を通じて耐性菌の適応を回避する新規手法も提示。
臨床開発の現状と課題:いくつかの手法が前臨床から臨床試験段階へ移行しつつあるが、薬物安定性、安全性、耐性出現のリスクやコスト面での課題が残る点も指摘されている。
本レビューは、抗菌薬耐性に対抗するための多様なツールボックスを提示しており、創薬研究、臨床応用、公衆衛生戦略の観点から極めて重要である。
Effectiveness of interventions to increase healthcare workers’ adherence to vaccination against vaccine-preventable diseases: a systematic review and meta-analysis, 1993 to 2022
Citation
Euro Surveill. 2024;29(9):2300276. doi:10.2807/1560-7917.ES.2024.29.9.2300276
概要
本研究は、医療従事者のワクチン接種遵守率を高めるために行われた介入の有効性を評価する目的で、1993年から2022年までに発表された研究を対象に系統的レビューとメタ解析を行ったものである。対象はインフルエンザワクチンおよびTdapワクチンを中心とした48件の研究であり、そのうち43件がメタ解析に含まれた。
結果として、多要素的介入(教育、広報活動、接種方針策定などの組み合わせ)は単一の介入よりも効果が高く、医療従事者の接種率を有意に改善させた。特に地域医療施設での効果が顕著であり、病院での介入よりも改善幅が大きかった。職種別では、看護師や医療助手における効果が医師よりも大きい傾向が認められた。
一方で、Tdapワクチンに関する介入効果は限定的であり、統計的に明確な改善は確認されなかった。出版バイアスや解析手法の違いによる影響は小さく、結果の頑健性が確認された。
結論として、多要素的介入は医療従事者のワクチン接種遵守を高める上で最も効果的な戦略であるとされた。ただし、対象の大半はインフルエンザワクチンであり、他のワクチンに関しては追加的な研究が必要である。
Respiratory viral coinfections: interactions, mechanisms and clinical implications
Citation
Nat Rev Microbiol. 2025; doi:10.1038/s41579-025-01225-3
概要
本総説は、呼吸器ウイルス同士の同時感染に関する最新の知見を整理したものである。
疫学的背景
インフルエンザウイルス、RSウイルス、ライノウイルス、コロナウイルス、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス、ボカウイルスなどが季節的に流行し、特に乳幼児では10〜30%で重複感染が報告される。COVID-19流行後、各ウイルスの循環パターンが変化し、同時流行が増加したことから注目されるようになった。
相互作用の様式
ウイルス間の関係は拮抗と相乗の二つに大別される。ライノウイルスがインフルエンザの流行を抑制した事例のように干渉を示す場合もあれば、アデノウイルスやボカウイルスのように他のウイルスと共存し重症化に寄与する例もある。
臨床的影響
重症化への影響は一様でなく、組み合わせや宿主の年齢によって異なる。例えばRSウイルスとヒトメタニューモウイルスの重複感染は乳児の重症度を増す一方、RSウイルスとライノウイルスの組み合わせでは軽症化がみられることもある。COVID-19とインフルエンザの重複感染は人工呼吸管理や死亡率の上昇と関連する。
実験モデルの知見
動物モデルでは、ライノウイルス前感染が致死的インフルエンザを軽症化させることが示されている。逆にSARS-CoV-2とインフルエンザの同時感染では炎症反応が増幅し、肺障害が悪化する。細胞モデルでは、ライノウイルスがインターフェロン依存的に他ウイルスの複製を抑制する現象や、インフルエンザとRSウイルスの重複感染によってハイブリッドウイルス粒子が形成される現象が報告されている。
結論
呼吸器ウイルスの重複感染は一般的であり、干渉と相乗の両面で疾患の経過に影響を与える。とりわけインターフェロン応答や受容体発現変化が中心的なメカニズムである。臨床的には、重症化リスク評価や予防戦略を検討する際に、重複感染を考慮することが重要である。
Machine learning for microbiologists
Citation
Nature Reviews Microbiology, vol. 22, pp. 191–205 (2024)
論文の要約
本レビューは、微生物学研究における機械学習(ML)および人工知能(AI)技術の応用について、基礎から応用までを体系的に総括している。
背景と重要性:ゲノム解析、メタゲノム、メタボロームなど大量かつ高次元な生物データの解析には、従来の統計手法だけでは不十分であり、MLがその分析力を大幅に向上させる可能性がある。
主要手法の紹介:教師あり・非教師あり学習、強化学習を用いた分類、クラスタリング、異常検知などの典型的手法が構造化データや画像データ、時間系列データへ適用される具体例とともに示されている。
応用領域:
ゲノムから表現型予測:耐性遺伝子の同定、代謝能力の推定。
画像解析:細菌コロニー形態、細胞構造、染色パターンの自動識別。
生態系解析:微生物ネットワーク、相互関係の推測、ダイナミクス予測。
プロセス制御:発酵やバイオリアクター運転の最適化にMLを活かす事例。
課題と展望:データ品質の偏り、解釈可能性、過学習のリスク、汎用化可能性の限界など現実的な制約がある一方、安全性担保や倫理、再現性の確立に向けた取り組みが進行中である。
今後の方向性:インターオミクス解析、セル・オルガノイド実験との連携、リアルタイム解析の進化、MLとドメイン知識の統合モデル構築が、新たな発展段階として期待される。
本論文は、微生物学の研究者がAI・MLを実際の研究にどう取り入れるかを示す実践的ロードマップを提供しており、創薬、環境微生物、感染症など多様な応用分野において不可欠な知見を含むレビューである。
The CDC No Longer Recommends COVID-19 Shots During Pregnancy—Now What?
Citation
JAMA. 2025 Aug 12;334(6):469–472. doi: 10.1001/jama.2025.11889.
概要
本医療ニュース記事は、2025年5月下旬に政府当局によって公表された、CDC(米国疾病対策センター)が「妊婦へのCOVID-19ワクチン接種」を正式な推奨対象から除外したという決定に関し、その背景と臨床・公衆衛生への影響を解説したものである。
CDCの方針変更は、FDAが健康な一般人に対する年間ブースター承認を再検証する方針と連動しており、妊婦および小児への接種を「共有意思決定(shared decision-making)」モデルに移行させたことに伴うものである。当該決定は、ワクチン安全性の確立や妊婦における重症化リスクの存在に関する既存のエビデンスに反するとする声が多く、医療専門団体からは強い懸念が表明されている。
特に、Covid-19ワクチンが妊婦の入院や重症化を防ぎ、また出生児への免疫を伝達する効果が示されている状況に照らし、この政策の変更が医療現場での混乱や患者の接種躊躇を招く可能性が高いと指摘されている。また、一部医師団体や専門学会による訴訟提起の動きも報告されている。
Dynamics of endemic virus re‑emergence in children in the USA following the COVID‑19 pandemic (2022–23): a prospective, multicentre, longitudinal, immuno‑epidemiological surveillance study
Citation
The Lancet Infectious Diseases, advance publication 2025
論文の要約
本研究は、COVID‑19関連の非薬物的介入(NPI)が緩和された後、米国の小児において風土的のどのウイルス(季節性コロナウイルス、ライノウイルス、RSVなど)がどの順序で再流行したかを、前向きかつ多施設共同で追跡調査したものです。
研究デザイン:予防接種状況や感染暴露の経過を含め、小児の縦断的免疫プロファイルを詳細に解析。
主な知見:パンデミック前には控えられていた多数の呼吸器ウイルスが、行動規制の解除に伴い順次再出現し、特に流行のピークが時間差で発生したことが免疫学的に確認された。
流行パターン:ライノウイルスが最初に再流行し、次いで季節性コロナウイルス、RSV などが続いたという順序性が明示された。
公衆衛生の含意:このような「免疫のギャップ」に起因する急性流行のリスクは、透過的なサーベイランスやワクチン政策の柔軟な見直しを通じて対処する必要がある。
本研究は、感染症疫学および小児保健の観点から、パンデミック直後における病原ウイルス動態の予測や対応戦略に重要な示唆を提供している文献です。
A Review of Alpha‑Gal Syndrome for the Infectious Diseases Practitioner
Citation
Open Forum Infectious Diseases, 2025; advance publication (ofaf430)
論文の要約
本レビューは、α‑ガル症候群(Alpha‑Gal Syndrome, AGS)が感染症診療に関わる医師にとってなぜ重要であるかを整理した文章である。
背景と発症機序:AGSは吸血ダニ(例:Lone Star tickなど)の咬傷により、ガラクトース‑α‑1,3‑ガラクトース(α‑ガル)という糖に対するIgE抗体が誘導されることで、赤身肉や乳製品の摂取後に遅発性アレルギー反応が出現する疾患である。
症状と臨床像:かゆみ、蕁麻疹、胃腸症状から重篤なアナフィラキシーまで多彩な症状を呈し、発症は食後数時間から遅れて現れる点が特徴的である。
診断と治療の注意点:診断は臨床症状と血清中のα‑ガル特異的IgE測定による。治療は原因除去(肉類・乳製品の回避)が基本であり、重症例にはアドレナリン使用も必要となる。
認識不足の問題点:医療者の間でAG Sの認知が低く、診断遅延や誤診が生じやすい。知識の普及と教育が必要である。
感染症診療医の役割:感染症医がダニ媒介疾患としてAGSを理解・認識しておくことは、適切な診断、マネジメント、患者指導に資する。
本レビューは、感染症診療の現場においてAG Sを見逃さないための基礎知識を提供する、臨床的にも啓発的にも意義ある文献である。
Opsoclonus-myoclonus-ataxia syndrome in an ART-naïve patient with CSF/plasma HIV-1 RNA discordance
Citation
Open Forum Infect Dis. 2025; doi:10.1093/ofid/ofaf517
概要
本論文は、抗レトロウイルス療法(ART)未導入のHIV感染患者において、髄液と血漿のHIV-1 RNA量に不一致(CSF/plasma HIV-1 RNA discordance)を伴うオプソクローヌス・ミオクローヌス・失調症候群(OMAS)の症例を報告したものである。
症例は16歳の女性で、歩行障害、ミオクローヌス、オプソクローヌスを呈し、慢性HIV感染と診断された。血漿のHIV-1 RNA量(8.1×10⁴ copies/mL)に比べ、髄液ではより高値(1.5×10⁵ copies/mL)を示し、CSF/plasma HIV RNA比が1を超える不一致が確認された。髄液では単核球優位の細胞増多と蛋白上昇を伴い、他のウイルスや自己免疫抗体は陰性であった。脳MRIでは大脳深部白質から脳幹にかけて淡い異常信号を認めたが、腫瘍性病変は確認されなかった。
治療としてエムトリシタビン/テノホビルアラフェナミドとドルテグラビルを導入したところ、髄液および血漿のHIV-1 RNA量は速やかに低下し、症状も急速に改善した。補助的な免疫抑制療法は行わず、ART単独で神経症状の改善が得られた点が特筆される。
本症例は、ART未導入のHIV患者においてもCSF/plasma HIV RNA discordanceがOMAS発症に関与し得ることを示し、こうした場合にはARTのみで臨床的寛解が期待できることを示唆している。今後、HIV関連神経症候群の診断や治療戦略において、髄液・血漿間のウイルス量の比較が重要となる可能性がある。
Towards shorter therapy for candidaemia: defining uncomplicated candidaemia in adults
Citation
Lancet Infect Dis. Published online August 20, 2025. doi:10.1016/S1473-3099(25)00409-8
概要
本総説は、カンジダ血症に対する治療期間の最適化、とりわけ「非複雑性(uncomplicated)カンジダ血症」の定義を検討したものである。従来、血液培養陰性化から14日間の抗真菌薬投与が標準であるが、深部臓器感染や免疫不全を伴わない症例ではより短期の治療が可能かどうかが課題となってきた。
著者らは5,347本の文献を検討し、免疫学的背景、臨床像、微生物学的要因をもとに「複雑性」と「非複雑性」の区別を整理した。非複雑性の基準としては、①免疫抑制状態がない(顆粒球減少、非寛解の血液悪性腫瘍、造血幹細胞移植後、重度GVHD、長期高用量ステロイド使用などを除外)、②中心静脈カテーテルや人工心臓デバイスが速やかに抜去されている、③腹腔内感染巣が5日以内にコントロールされている、④中枢神経系や眼、心内膜などの深部感染がない、⑤5日以内に血液培養が陰性化する、⑥起因菌がエキノカンジン感受性株である、などを挙げている。
一方、免疫抑制、再発例、薬剤耐性株、腹腔外の深部感染、カテーテルやデバイス温存例などは複雑性と定義され、長期治療が必要とされた。著者らは、この定義が確立されれば短期治療試験の対象集団を明確化でき、不要な長期投与による副作用や医療資源の負担軽減につながる可能性を指摘した。
結論として、本総説は「非複雑性カンジダ血症」の定義を初めて体系的に提案し、将来のランダム化比較試験による短期治療の検証の必要性を強調している。
感染症発生動向調査週報(IDWR)2025年第31・32号合併号
Citation
感染症発生動向調査週報(IDWR)2025年第31・32号(2025年7月22日~8月4日)
概要
今回の合併号では、直近2週間における全国の感染症発生動向が報告されている。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
定点当たり報告数は第31週3.89、第32週4.37であり、前号(第30週3.62)から増加を続けている。都道府県別では北海道、石川、青森、三重などで高い報告数が目立つ。年齢別では10~14歳が最も高く、5~9歳、15~19歳が続き、学童・生徒世代での流行が顕著である。
インフルエンザ
定点当たり報告数は第31週0.08、第32週0.09であり、夏季としては散発的な流行が続いている。
感染性胃腸炎
依然として高い発生が続き、第31週7.73、第32週7.29と前週よりやや減少したが、小児を中心に全国的に報告が多い。
手足口病
第31週6.28、第32週5.94と、依然高い発生状況を示す。西日本を中心に患者数が多く、例年の流行と同様に乳幼児を主体とした報告である。
咽頭結膜熱
第31週1.74、第32週1.72であり、前週の水準から大きな変化はない。
RSウイルス感染症
第31週0.70、第32週0.61と、乳幼児における散発的報告が継続している。
ヘルパンギーナ
第31週0.61、第32週0.53であり、例年の夏季流行期に比べて低調に推移している。
百日咳
第31週0.09、第32週0.08と依然低水準にとどまる。
結論
全国的にCOVID-19の報告数は引き続き上昇傾向を示しており、特に若年層での流行が際立っている。感染性胃腸炎や手足口病といった小児感染症も高い水準で推移している。夏季休暇や人の移動増加によりさらなる感染拡大が懸念されるため、学校・保育施設や家庭における予防対策の徹底が求められる。
Metagenomic Next‑Generation Sequencing of Cerebrospinal Fluid
Citation
CID, ciaf390, https://doi.org/10.1093/cid/ciaf390
論文の要約
本後ろ向きコホート研究は、神経感染症疑いで臨床的に髄液mNGS検査を受けた422検体を対象とし、その診断精度および臨床的有用性を評価している。
方法:422件の臨床依頼髄液サンプルに対し、mNGSを行い得られた配列情報の臨床的意義(病原体同定・非同定)と標準検査との一致性を解析した。
結果:mNGSにより、従来の培養や特異的PCR検査で検出困難な病原体(ウイルス・真菌・細菌)の検出に成功した例が多数報告された。また、mNGS結果に基づき臨床診断が変更された症例も確認され、診療プロセスに直接的影響を与えていた。
結論:髄液mNGSは神経感染症の原因病原体を幅広く検出可能であり、診断困難例の精緻化や治療戦略の見直しに貢献できる重要なツールであると示された。ただし、偽陽性・検査コスト・解釈の難しさなどの課題も指摘され、標準検査との併用や専門的評価が必要とされる。
本研究は、mNGS技術が神経感染症診療における補助的診断アプローチとして実用的価値があることを示しており、感染症・神経内科・臨床検査に携わる医療者にとって有益な知見を提供している。
Implant Infectious Diseases: An Introduction to Biomaterials for ID Physicians
Citation
Open Forum Infectious Diseases, 2025; 12(8): ofaf411
論文の要約
本レビューは、「インプラント感染症学」という分野を広く紹介することを目的としており、感染症診療に従事する医師が医療用インプラントに関連するバイオマテリアルの基礎を理解するためのガイドラインとして機能する。
背景と構成:インプラントデバイスは医療実践で必須となっているが、バイオフィルムによる感染リスクを伴う。素材構成は感染リスクおよび生体適合性に影響を与えるため、設計時の選択が重要である。
内容のポイント:
バイオマテリアルの選択基準(機械的強度、分解速度、局所薬剤放出性)を、感染リスクとの関連性を交えて解説。
症例紹介を通じて、臨床上のデバイス感染の予防や治療における素材選択や設計の実務的考慮点を提示。
ID医がデバイス関連感染症の予防・診療に参画するうえで知っておくべき材料科学の基本をやさしくまとめている。
臨床応用上の意義
このレビューは、感染症専門医がインプラント感染のリスク管理に積極的に関与するための素材に関する基本知識を提供しており、診療、予防、デバイス設計・選定方策における実践的支援となる内容である。
A Phase IV, open‑label, single‑arm, multicentric clinical trial for evaluation of Human Papillomavirus 9vHPV vaccine immunogenicity in Men Who Have Sex with Men living with HIV: GeSIDA Study 10017
Citation
Clinical Infectious Diseases, 2025; advance article (ciaf435)
論文の要約
この第IV相単群オープンラベル、多施設共同臨床試験では、HIV感染者であるMSM(16~35歳、ウイルス量未検出、CD4 >200/μL)を対象に、9価HPVワクチンの免疫原性と安全性が評価された。ワクチンは0・8・24週に投与され、96週まで追跡された。
結果:157名が登録され、プロトコル準拠群138名が評価対象。96週時点で、9つのHPV型すべてに対して85%以上の被接種者で血清抗体のセロコンバージョンが認められた。
感染動態:新たなワクチン対象型HPV感染は39.9%で、その多くがHPV‑16であった。既存感染のクリアランス率は73.8%、HPV‑18に対しては80%以上の高い消失率を示した。
年齢や免疫指標の影響:26歳以上の年齢やCD4/CD8比が低値であることは免疫応答の低下とは関連せず、高い免疫原性が維持された。
安全性:重篤な副作用は報告されなかった。
本試験は、HIV感染者のMSMにおいても26歳以上への9価HPVワクチン接種が十分な免疫応答を誘導し、安全性が確保されうることを示す重要なエビデンスであり、ワクチン指針の見直しに資する成果である。
Ciprofloxacin versus Aminoglycoside–Ciprofloxacin for Bubonic Plague
N Engl J Med 2025;393:544-555DOI: 10.1056/NEJMoa2413772
論文の要約
本試験は、マダガスカルで実施されたオープンラベルの非劣性ランダム化比較試験であり、腺ペスト患者を対象に以下の治療法の有効性を比較しています:
介入内容:10日間の経口シプロフロキサシン単剤療法(Cipro群)と、初期3日間のアミノグリコシド投与(ストレプトマイシンまたはゲンタマイシン)に続く7日間のシプロフロキサシン併用療法(Combo群)を比較。
主要アウトカム:臨床的治癒率および安全性を指標とした非劣性評価が行われ、シプロフロキサシン単剤は、アミノグリコシド併用療法に対して非劣性であることが確認された。
臨床的意義:リソース制限のある地域や注射薬の取り扱いが困難な場面において、経口シプロフロキサシン単剤が現実的かつ安全な治療選択肢となりうる可能性が示された。
この成果は、腺ペスト治療のガイドライン見直しおよび公衆衛生上の迅速対応に重要な科学的基盤を提供するものであり、感染症専門家、公衆衛生当局にとって極めて示唆深い内容です。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS) 2025年6月現在 ― IASR Vol.46 No.8(No.546)特集
Citation
Infectious Agents Surveillance Report (IASR) Vol.46 No.8, 2025年8月発行
概要
本号は、国内外におけるSFTSの発生状況、臨床的特徴、診断・治療の進展、疫学的研究成果を総合的に取り上げている。
国内発生動向
2023~2024年にかけて国内で報告例が増加傾向にあり、特に高齢者における重症例・死亡例が目立つ。西日本を中心とする風土病としての特徴を維持しつつ、感染地域の拡大も懸念されている。ペット犬・猫を介した人獣共通感染例や、介護・診療中のヒトーヒト感染事例も報告され、感染経路の多様性が再確認された。
臨床的特徴と治療
SFTSは発熱、消化器症状、血小板減少、肝機能障害を呈し、重症例では神経症状や出血傾向を伴う。致死率は依然として高い。特異的抗ウイルス薬は未確立だが、抗ウイルス薬候補(ファビピラビル、リバビリン、ニトラビルなど)の臨床試験が進行中である。早期診断と支持療法が予後改善に不可欠である。
研究の進展
国内レジストリ研究により、ウイルス量、サイトカインプロファイル、宿主遺伝子多型と重症度の関連が明らかになりつつある。また、動物実験やウイルス分離研究により、病態解明と治療薬探索の基盤が形成されている。加えて、ゲノム解析に基づく分子疫学的研究が進み、国内株と近隣諸国株の系統関係や変異動態が示されている。
公衆衛生対応
マダニ刺咬予防が唯一の確立した一次予防策であり、住民啓発や媒介マダニの分布調査が継続されている。医療従事者への曝露予防教育、ペットを介した感染対策の強化も強調されている。今後はワクチン開発と治療薬実用化が重要課題である。
結論
SFTSは致死率が高く、地域的流行に加え、ヒトーヒト感染や動物媒介感染の報告が続いている。臨床・疫学研究の進展により病態理解は進みつつあるが、依然として治療法・予防法に課題が残る。早期診断、支持療法の徹底、マダニ対策、さらにはワクチン・治療薬開発が今後の重点である。