かえるのドイツ出張と論文事情。
らくだの静岡旅。
きりんの忙しい日々。
おたよりはこちら。
今回のおたよりテーマ:水中喫茶で話してほしいこと
音質やその他内容についてのアドバイス、質問、その他全然関係ない話など何かありましたらお願いします。
らくだときりんが武漢旅行に行った話、きりんの料理探求、かえるの不安な日々など。
冊子のヨベルのポッドキャスト:ひらかれなかったよいチャンネル
おたよりはこちら。
おたよりテーマ:不安についてひとこと(どんなときに不安になるか、不安との向き合い方おすすめ、ルーティン、不安とはそもそも、など)
音質やその他内容についても何かご要望やアドバイスありましたらお願いします。
かえるときりんと連絡して3人で時間を合わせるのはいつになるかな 予定を立てるのは私にとって大変なときがある かえるは得意そう きりんはしらない
収録は2025年8月11日に行いました。
以下は要約です。
おたよりはこちら。
近況報告
きりん: 7月は仕事で非常に忙しかった
詳細
きりん: 6月から始まったイベントが7月に終了し、その間非常に忙しかった
きりん: 土日に出勤することが多く、平日に休むことがあった
きりん: 興味や知識がない世界の話だったが、4月以来一番面白い経験だった
結論
きりん: 忙しかったが面白い経験だった
きりん: 様々な人と関わり、人の考え方の違いを実感した
人間関係と意見の相違
かえる: 親との意見の相違について
詳細
かえる: 親が安定志向で、結婚や安定した生活を望んでいる
かえる: 自分は安定よりも柔軟な生き方を望んでいる
きりん: 親は就職を喜んでいたが、自分は安定を求めて就職したわけではない
きりん: 昔の方が親との意見の相違が多かった(子供の頃は自分で決められることが少なかった)
かえる: 成人すると親も教育の領域から離れるため口出しが減る
結論
親子間の価値観の違いは成長とともに変化する
親は子供の安定や自立を望む傾向がある
社会と多様性
きりん: アメリカの政治的対立について
詳細
きりん: アメリカでは対立が激しくなっている
きりん: 大学訪問時に多様性を強調するページが多かった
かえる: 多様性と排外主義が日本にも入ってきている
きりん: 人間が集団になると権力構造をはっきりさせようとする人がいる
かえる: 社会ダーウィニズムについて説明(生物の進化理論を人間社会に適用する危険性)
きりん: 人権という概念の素晴らしさについて
結論
多様性を真に尊重することと政治的主張の間には矛盾がある場合がある
人間社会は単純な生物学的モデルでは説明できない複雑さを持つ
趣味と時間の使い方
かえる: 休日の過ごし方について
詳細
かえる: 休日に何をすればいいか悩むことがある
きりん: 何もしない時間が好き
かえる: 虫(特にハムシ)の観察が趣味
きりん: 釣りは食べられるという実利があるから好き
かえる: 外に出るのが億劫になりがちだが、一度出れば楽しめる
結論
大人になると「これをして何になるのか」と考えてしまい、純粋に楽しむことが難しくなる
認められたいという気持ちから逃れられないことが趣味の選択にも影響する
将来の計画
かえる: 海外での研究について
詳細
かえる: 海外で研究したいという思いがある
きりん: 英語が通じる国は限られている
かえる: 研究は英語で行われるので日常生活での言語は二の次
結論
かえる: 人生の何年かは海外に住みたい
研究者という職業は海外に行く大義名分が作りやすい
・おたより:お待ちしております。
水中喫茶では楽曲を募集しております。
もしご提供くださる方がいましたら、以下のフォームからお願いいたしますm(_ _)m
おとなとは。
Momo-Seiのお二人のPodcast:和やかな会話が心地よい、、、
・感想や質問:お待ちしております。
水中喫茶では楽曲を募集しております。
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62 小説旅行万博
小説は本を開けば始まって閉じればすぐに止めることができるけど、旅行は帰るまで終わらないし、寝てるときは睡眠にもどって来れても目が覚めると一瞬で旅行の続きが始まる これも小説と旅行の違いだなとおもいました(ら)
音声は「やや」改善しました。
影分身の術、適切な給料、どうすればよかったのか、などについて話しています。
・感想や質問:感想を言うのは労力がいる、ので、「最近の食事情」を教えてください。
・X
水中喫茶では楽曲を募集しております。
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2月は短い。
・感想や質問:お題も募集中。
水中喫茶では楽曲を募集しております。
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・曲提供(音声やその他宣伝でも可)
・X
ゲスト募集。
水中喫茶では楽曲を募集しております。
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また感想や質問もありましたら嬉しいです。
・曲提供(音声やその他宣伝でも可)
・感想や質問
・X
monukeさんよりご提供の楽曲「harumachi」、「city lights」を使わせていただきました。
monukeさんのファーストアルバム「不在」も絶賛リリース中です。
ぜひ合わせてお聞きください。
水中喫茶では楽曲を募集しております。
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また感想や質問もありましたら嬉しいです。
・曲提供(音声やその他宣伝でも可)
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・X
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いつもそこに変わらずにいてくれる、とは限らない。どうでも良くなってしまうくらいに、世界はくるくるというか、ぐるぐる回っていて、誰かがまわしたコーヒーカップみたい、それみたいに自分にはコントロールできなくて、めがまわってうごけなくなるようなかんかくになったりする。じぶんがまわしたらきっとめがまわっているじぶんがまわすかぎり、たにんがまわすよりはめがまわらないのだろうか、といまいちな思考実験をしてみても、氷が溶けるみたいに、それは実際はただ単純に寂しいと感情の規定の仕方の云々であって、寂しさの神経物質が分泌されているだけの状況記述で事足りる。三半規管は全く関係がない。目は廻らない、目を回さない。レコードやCDを再生する時に、くるくる回る円盤を目で追わずに、音楽だけを聴くということ。プレイヤーやボーカリストの美醜を目で追わずに、ただ音楽を聴くということ。そんなことを考えているうちに、monukeさんの、「不在」、というアルバムのタイトルについて勝手に思いを幾らか巡らしていた。ボーカロイドの楽曲しかないということから、人間の歌手が「不在」である、という意味もあるかもしれない。誰一人も世界から取りこぼしたりしたくないという、全方位に向けた楽曲であるという意味で、すべての人に向けられているという意味で、対象にしていないリスナーは「不在」である=みんなに聴いてほしい、という意味もあるかもしれない。時代が経っても、この楽曲たちが宅急便の「不在」伝票のように世界に残って欲しい、という意味もあるかもしれない。アルバムのジャケットには、部屋のベランダの写真のようなイラストが白い背景に飾られている。やはり、人がいないという意味を意図しているようにも、そのジャケットから伺えて、でも人がいないというのはどういうことなのだろう。水中喫茶を聴いていると、たまに三人ではなく二人、ごくまれに一人だけで、話されている回がある。その時に、三人ではない、という感じ、不在の感じ、というのが強くする。初めから一人だったらそんな感覚は元からないだろうに、三人での記憶がそういう感覚を惹起する、ということなのかもしれない。これはセンチメンタルといえばそうだけれど、そうではないといえばそうではなくて、単純に身体が反応しているだけで、治る後遺症みたいな感じなのだと思う。と、ここまで書いて、本編と関係のない内容の文章だと思い返してはみて、本編と関係のある文書を書こうとしてみようと思おうと思うけれど、何だか腰が重たい。腰が重たい。自分にはそういう時があって、他の人にもそういう時があるとも思う。文章に義務を背負わせることを良いことだと思わないのである。書きたいことを書けばいいし、読みたいことを読めばいいし、読みたいことがなければ読みたいことを書けばいいと思う。もし自分の中に編集者の自分がいたら、「先生、今回は水中喫茶の概要欄の執筆ですから、ある程度は水中喫茶の本編に絡めた内容でお願い出来ないでしょうか、先生」と執筆者の自分(もう一人の自分)に声をかけるだろう。けれど、monukeさんのアルバムについて何となく書きたい、言い触れたい自分にとって、その編集者の自分の声には耳を塞ぎたくもなる。そういう時は居留守を使うと良くて、編集者の自分を「不在」にするのではなくて、執筆者の自分を「不在」にすればいいと少し思う。いるんだけれどいない、という状態。「先生、先生…?何だ、留守か」と編集者の自分を一時帰宅させること、たまにはそういう日があってもいいと思うし、そういう日がほとんどでもいいかもしれない。とここまで書いて、ここまで書いた文章をここまで消さずにいる理由が必要に思えてくるけれど、その理由を書く理由も必要になるわけだろうか、などと考えると、もう何だかどうでも良くなってしまう。そういえば、学校の先生が「不在」になって、自習の時間になった時に、ある生徒は別の授業で出されたプリントをやっていたり、ある生徒は朝読書で読んだ文庫本を読んでいたり、ある生徒は後ろを向いて話していたり、ある生徒は机に突っ伏して寝たりしていた。統率をとるものがないとそういう状態になるのが常で、今の自分はそういう状態なのかもしれない。無茶苦茶にも振り切れず、理路整然にも踏み切れない。ところで、「不在」という言葉は、どこかでいつか帰ってくるという意味を孕んでいる(はらんでいる)ようにも感じる。外出、に近い意味にすら思えてくる。いつか帰ってくる、ということ。こうやって、よく分からない文章を書いていたとしても、何かに向かって書き進めていることは確かで、きっといつか辿り着くような幻想を覚えながら、文字を打っている。でも、その辿り着きは幻想で、幻想というかまだもう少し遠い未来の話で、戻るべき起点へと戻るのはもう少し先の話なのかもしれない。もう眠たいのでそういう結論にしてしまおうと思うけれど、どうですかね、編集者。もう寝た方が良いです、先生
monukeさんよりご提供の楽曲「FIGURE」、「紅霞」を使わせていただきました。
monukeさんのファーストアルバム「不在」も絶賛リリース中です。
ぜひ合わせてお聞きください。
水中喫茶では楽曲を募集しております。
もしご提供くださる方がいましたら、以下のフォームからお願いいたしますm(_ _)m
また感想や質問もありましたら嬉しいです。
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かえるさんが病院に内視鏡検査に行った、という話から話は始まった。ネタバレになってしまうけれど、検査の結果、少しポリープ切除をしたみたいだけれど、大きな病気はなくて良かった、なのだけれど、もし大きな病気が見つかったのならかえるさんはどうしていたのだろうと考えてしまう。淡々と話す、ということもあり得そうだ。もちろん、話さないで、別の話をする、ということもあり得そうだ。そもそも水中喫茶の収録を取りやめる、ということももちろんあり得たかもしれない。たまに自分の寿命について考えることがあって、それはつまりあと何年生きられるのだろう、ということ。それはつまりあと何文字言葉を費やすことができるのだろう、ということとも言い換えられるかもしれない。脳は言葉とすごく関係をしていて、これは妄想の話なのだけれど、途轍もなく美しい文章を思いついてしまったら、その文章がWifiのパスワードみたいに脳とどこかを接続させてしまったとしたら、それは素晴らしいのだけれど、一方で、その反対で、すごく悪魔のような文章を思いついてしまったら、脳が自爆するように設計されていたら怖いとも思う。例えば、「お前の膝をIHヒーターに乗せてやる」という文章を思いついて、その文章が脳を自爆させる文章だと、人体に設計されていたとしたら、自分が「お前の膝をIHヒーターに乗せてやる」という文章を思いついたら、自分の脳は自爆するわけだけれど、そんな妄想があったとしても、怖がらずにあらゆる方位の文章を作ろうとすることを続けたいと思う。言ってはいけない言葉はあるけれど、考えてはいけない言葉はない。というのは多分正しくて、やはり言葉は自由ではないけれど、柔軟ではあるべきだと思う。言う言葉は考えた言葉であるべきで、考える言葉は言う言葉であるべきではない。というのはどのくらい正しいだろうか。今回と次回は、にんげん(自分)にとって、考えながら話している箇所が多くあって、考えたことを話している箇所は割と少なかったように思う。特に、介護であったり、安楽死であったり、の話題はセンシティブな話題でもあるし、繋げてしまうとモアセンシティブな話題である(註:本編では別々の話題として話していた)けれど、でも現実的に考えて、自分(にんげん)とかえるさんがその問題に一緒に直面することはなくて、別々の個人としてその問題には直面することにはなるのだろうと思っていて、つまり、それは家族や生命という各個人の問題であるという意味で。それで、その各個人を囲う周囲の人間たちの練習台として、他人がいるのだとも思う。にんげんがかえるさんのお母さんの介護をすることは多分ないし、その逆も多分ないわけで、その時にどうするかを決める練習として他者がいるのかもしれない。関係のない人と関係のないことを話すというのは、意味がないことではないのかもしれない(というまだ減弱した言い方でしか結論できない)。大事な話をする練習として大事じゃない話をする、というのはどれくらい練習になるのだろう。大事な話を大事じゃないように話をする技術、とも言い換えられるのだろうか。つまり、どんな種類の話も同じように話すことが出来たらよいけれど、それは机上の空論なのだろうか。それはつまり冷静でいたいということなのだろうけれど、多分そもそも自分は血糖値が上がりやすいから焦ってしまうと思う。あとオリゴ糖を取りすぎるのは身体には良くないらしいです、人体実験済み。本編で、にんげんはココアを飲みながら収録していたのだけれど(かえるさんは何を飲んでいたのだろう、お湯を飲んでいると前に言ってた記憶がある)、そのココアの中にオリゴ糖をたくさん入れて飲んでいた。でもオリゴ糖は自分の身体には合わなくて、あまり調子が良くなかった。オリゴ糖を入れずにココアを飲んでいたらまた違った言葉を発していたのかもしれない。本編でのにんげんの発言はオリゴ糖が原因であって、自分(にんげん)自身は悪くはないように考えるようにしている。そう考えると少し楽になる。オリゴ糖を入れようと選択したのは自分だから、究極的には自分のせいだけれど、そこの結論に至るまでには「オリゴ糖も悪いよね」という一つのクッションがあるように思う。思うようにしている。にんげんに限らず、人間は身体に抵抗できるほどの意思を持っていなくて、その認識に基づいて身体を環境に追いやることぐらいしか意思にできることは少ないようにも思う。多分、このオリゴ糖を取りすぎた感じは明日も続きそうで、お酒を飲めない自分にとって二日酔いはこんな感じなのだと類推している
ゲストにリスナーの「にんげん」さんをお迎えして2024エピソードの振り返りをしました。
サムネイルは話題に上がったエピソードのワードリストです(にんげんさんチョイス)。
またエンディングテーマにmonukeさんよりご提供の楽曲「小休止、通り雨。」を使わせていただきました。
ぜひそちらもお聞きください。
また前回のエンディングテーマ「降降」のずんだもんver.はこちら。
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ゲストにリスナーの「にんげん」さんをお迎えして2024エピソードの振り返りをしました。
サムネイルは話題に上がったエピソードのワードリストです(にんげんさんチョイス)。
またエンディングテーマにmonukeさんよりご提供の楽曲「降降」を使わせていただきました。
ぜひそちらもお聞きください。
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1:47:00ごろよりSF小説「三体」の話をしているので、ネタバレを避けたい方は聞かないほうがいいかもしれません。
NHKラジオ毎日ロシア語について、AI英会話と勉強法、オーディオブックで三体を読みすすめるかえるくん、チビルト「結婚を報告する人は多い」、陰謀論(便宜的に陰謀論と呼んでいるだけで陰謀だとは思っていない)、きりんさん「仕事ができない」
水中喫茶では曲を流せます(オリジナル曲限定)。もしご希望の方は、以下のフォームからお願い致します。また感想や質問もぜひ。