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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
闇と鮒
89 episodes
6 months ago
ある殺人事件が身近なところで起こったことを、佐竹はテレビのニュースで知る。 容疑者は高校時代の友人だった。事件は解決の糸口を見出さない状況が続き、ついには佐竹自身も巻き込まれる。石川を舞台にした実験的オーディオドラマです。現在初期の音源のリメイク版を再配信しています。 毎週木曜日午前0時配信の予定です。 ※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。
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ある殺人事件が身近なところで起こったことを、佐竹はテレビのニュースで知る。 容疑者は高校時代の友人だった。事件は解決の糸口を見出さない状況が続き、ついには佐竹自身も巻き込まれる。石川を舞台にした実験的オーディオドラマです。現在初期の音源のリメイク版を再配信しています。 毎週木曜日午前0時配信の予定です。 ※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。
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Episodes (20/89)
オーディオドラマ「五の線」リメイク版
81,【最終話 後編】12月24日 木曜日 15時53分 金沢北署
81.2.mp3 現場に一人残された村上は震える手で井上の顔面めがけてハンマーを振り下ろした。何度も。彼の身につけている白いシャツにおびただしい量の血液が付着した。 その後、塩島の携帯で警察に通報した村上はひとまず山頂を目指した。山頂から麓まで一気に駆け下りることができる場所ががあることを村上は高校時代の鬼ごっこで知っていた。しかしその山頂には間宮と桐本がいた。自分の姿を目撃され万事休すと思った時だ。気がつくと目の前に二人が倒れていた。おそらく自分がやったのだろう。無我夢中だったためなのか全く記憶にない。村上はこれも一色の犯行とするため、2人の顔面を破壊したのだった。 鍋島と村上は20日の午前3時ごろに落ち合った。鍋島が仁熊会経由で用意した車のトランクには、頸部をナイフで切られた変わり果てた姿の一色があった。一色を村上のトランクに移し、鍋島は七尾で休む旨を伝えその場から去った。一人になった村上は一色をそのまま乗せ、ひと気がない河北潟放水路近くの茂みにそれを埋めた。20日の検問時にトランクにかぶら寿司を載せていたのは、遺体が放つ匂いのようなものが警察に気づかれないようにするための工作であったようだ。 村上は一色の遺体を埋めながら考えていた。 束縛と鍋島は言った。赤松の父親も、一色も穴山も井上も四年前の病院横領に関係する人間も皆、鍋島が自分の手で始末した。このままこれらの犯行を闇に葬り去るのは容易なことだ。だがそれは鍋島を束縛しているものから解放させることになるのだろうか。鍋島がこうなった原因はすべて村上隆二という自分にある。自分という存在が鍋島を束縛している。ならば鍋島を束縛から解放させる方法はひとつしかない。自分が消えることだ。 ー俺が消える? ーそうだ…俺が消えればいい。 一色を埋める手を止め、村上は彼の懐にあった拳銃を手にとった。そしてその銃口を自分のこめかみに当て、引き金に指をかけた。 しかしそれを引けない。目を瞑って歯を食いしばり、右手に精一杯の力を込めるが指だけが動かない。ほどなく彼はそれを落とした。 ー無理だ…。俺にはできない。 大粒の涙が村上の頬を伝った。 ー俺は。俺は何やってたんだ…。 ー鍋島ひとりも救えず、何が大義だ。 彼は溢れる涙を拭うことなくそのまま一色に土を被せていた。 ー鍋島。せめてお前を束縛から解放してやる。時期に俺も行く。 その日の昼に村上は七尾で鍋島を殺害した。 「なるほど。鍋島がコンドウサトミの名前をおりあらば使用しとったのは、どんどんキツくなる束縛から解放してくれる存在を潜在的に求めとったからねんな。」 古田はこう言ってソファに身を預けた。 「足がつきやすい状況をあえて作っとったか…。」 「あの…村上さんは大丈夫ですか?」 「村上ですか?あいつは病院です。容体は回復してきています。」 「いえ、そうじゃなくて。」 「何ですか?」 「あの…あの人、言っていたんです。」 国立石川大学付属病院の廊下を男が俯き加減で歩いていた。ニットキャップを深くかぶり、黒のコートをまとった彼は両手をポケットに突っ込んだまま、足早に歩いている。夕方という時刻もあり、外来患者がほとんどいない大学病院内の人はまばらだ。彼はエレベータに乗り込んだ。中には彼以外の人間はいなかった。そこで彼は深呼吸を何度かした。身につけている時計を見た。時刻は16時58分であった。 エレベーターの扉が開くとそこは外科病棟であった。目の前のナースセンターでは日勤の看護師が夜勤の看護師へ申し送りをしている。その様子を横目に彼は面会受付もせずにその場を通過した。 「ちょっと。」 男を呼び止める声が聞こえた。彼は足を止めてゆっくりと振り返った。スーツを着た男が立っていた。コートを纏った男が胸元から取り出した警察手帳を見せると、彼は何事もなかったかのように、再びその場のベンチに腰をかけた。 コート姿の男は病室のドアの前に立った。そしてノックすることなくそれを開いた。目の前にはカーテンが吊り下げられており、それによって患者のプライバシーを守っているようだった。男は病室のドアを静かに閉めた。そしてそのカーテンを勢い良く開いた。目の前には右腕と右肩を包帯でぐるぐる巻にされ、左腕に点滴を打たれた状態の村上があった。呆然とした状態で天井を見つめていた村上が、開かれたカーテンの方に視線を移すとコートをまとった男が銃口を向けていた。 「おせーよ。」 村上が男に向かって笑った瞬間のことだった。消音化された拳銃から銃弾が発射された。それは彼の肺を貫通した。すぐさま再度引き金が引かれ、村上の頭が撃ち抜かれた。村上が絶命したのを確認し、男は銃を懐にしまい何食わぬ顔でその場を後にした。先ほど呼び止められた男と再び遭遇し、コートの男は彼に敬礼をしてその場から立ち去った。 「自分も消される?」 「ええ。」 「馬鹿な。」 片倉は苦笑いをして山内の顔を見た。 「誰があいつを消すってんだ。」 「わかりません。自分が消されたら全てが闇の中。だからせめて誰かに本当のことを知っておいて欲しいって…。」 古田はメモ帳を閉じ窓の外を眺めた。雪がちらほらと舞い降りてきている。ひとつひとつの雪の粒が窓ガラスに張り付いては雫となり消え失せていった。 完 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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4 years ago
12 minutes

オーディオドラマ「五の線」リメイク版
81,【最終話 前編】12月24日 木曜日 15時53分 金沢北署
81.mp3 「どうや。」 片倉の問いかけに古田は頭を振った。 「ほうか…。」 抜け殻のように取調室で佇む佐竹を窓から覗きこみながら、片倉はため息をついた。 「あぁトシさん。村上のほうは回復しとるみたいやぞ。」 「おう、ほうか。」 「意識ははっきりしとるし、じきに取り調べもできるやろ。」 「…岡田のタックルがなかったら、今頃全部ぱあやったな。」 古田と片倉は取調室を後にした。彼らは北署一階にある喫煙所へと向かった。 「どうなったんや。佐竹の立件。」 古田の問いかけに片倉は苦い顔をした。そして頭を掻いた。 佐竹が村上を撃ってしまった要因のひとつに、佐竹に村上の情報を聞き出してくれと依頼した、警察側の落ち度もある。これが世間に明るみになると、違法捜査の上、民間人を巻き込んだとマスコミ各社から叩かれるだろう。提案者の古田も採用者の松永も、本部長の朝倉も、現場に居合わせた片倉も相応の処分がされる。現時点ではマスコミには容疑者村上が佐竹を害する恐れがあったので、やむなく狙撃したと発表している。 途中、北署正面玄関口のロビーを通過した。事件当日には大手マスコミ各社をはじめとした報道関係者が、北署の前にずらりと並んでいたが、それはいま見る影も無い。マスコミ関係者らしき人間が時折、捜査課辺りをウロウロしている程度である。 「処分保留。釈放やな。」 「上はそう言っとるんか?」 「ああ…。」 「本当にそれでいいんか?ワシは処分を甘んじて受けるわいや。」 古田のこの言葉に再度片倉は苦い顔をした。 「トシさん。あんたはもう時期定年。やからそれでいいかもしれんけど、俺とか松永とか本部長はどうすれんて。生活とか家族とかいろいろあるやろいや。」 「んなもん知らんわいや。」 「だら。」 「だらっておまえ…。」 「あのな、トシさんひとりの問題じゃねぇげんぞ。」 「何言っとれんて、当初発表したマル被は死んでました。んで別の人間でした。でもその人間は逮捕時に怪我をしたんで、いま病院ですって時点で警察全体の信用失墜やがいや。」 「ほんな事よりも世間は別の方を見とる。トシさんも分かっとるやろいや。」 「本多か。」 ふたりは喫煙所に入った。そして煙草を加えてそれに火をつけた。 「そりゃそうやわ。おとといの朝入った検察のガサの方が世の中的にはでかい話なんや。何しろ本多、マルホン建設、仁熊会、金沢銀行、役所そして警察が関わる大不正事件。政界の大物が失脚する可能性があるスキャンダルやぞ。」 「それはそれやろいや。とにかく今回のヤマはワシの提案が佐竹を巻き込ませた。これはどう考えてもワシの落ち度や。」 「なのなぁ、検察のヤマはウチら県警が絡んどるって時点でズタズタなんや。ほんねんにわざわざおーいこっちの熨子山のやつにも残念な話があるぞってマスコミに手を上げることはねぇやろ。」 古田は黙った。 「いま世間の耳目はあの政官業の癒着の話で持ちきりよ。」 「ワシはそれが気に食わんげんて。」 「どこが?」 「どいや、今のマスコミは旧来型の利権構造の闇を司直が裁くって構図で話を作っとるやろいや。何とかして与党の大物政治家を引きずり下ろそうって躍起や。けどな、あっちはいいもんでこっちはわるもんなんて、ほんな単純な構造じゃねぇわいや。いろんな人間の思惑が複雑に絡まった事件なんや。ほんねんになんねんてあいつらは。」 「トシさん。あのな、あんたの言い分も分かっけど、世の中的にはその方が分かりやすいの。ね。それにまだ捜査中でしょ。何でもかんでも詳らかにできないでしょ。」 古田は明らかに面白くない風の顔つきである。 「それにな、世の中の人間は真実なんて結構どうでもいいんだよ。でけぇ力を持った奴が一気に転落していく様が面白いんや。悪もんがでかけりゃでかいほど話は盛り上がる。なんちゅうかいわゆる勧善懲悪劇。これやわ。これが見たいだけなんや。」 「…わかっとる。わかっとるから歯がやしいげんわ。」 片倉は頷きながら咥えていた煙草を灰皿に擦り付けて紫煙を吐き出した。 「…一色はどう思っとるんやろうな。」 喫煙所に署員が入ってきた。 「休憩中すいません。」 「なんや。」 「お二人に来客です。」 「来客?」 「山内美紀です。」 ソファに座り、山内から一時間ほど話を聞かされた片倉は天を仰いだ。 古田は殴り書きに近いメモ帳に目を落として話の内容を頭の中で整理し始めた。 村上は6年前、赤松忠志による田上地区と北陸新幹線に関わる用地取得の不正暴露を封じ込めるよう本多慶喜から依頼を受けていた。残留孤児問題の解決のため、議員になることを切望していた村上にとっては千載一遇のチャンス。これを成し遂げることで本多一族の信用を勝ち得ることができる。しかし相手は高校の同期の父親赤松忠司。村上は悩んだ。自分が直接手を下したくはない。そのため仁熊会を訪ねた。そこで偶然、高校以来連絡を取っていなかった鍋島と再開した。鍋島に残留孤児の地位向上を図るため、自分は議員を目指していると打ち明けた。そして今抱えている口封じの問題を相談したところ、鍋島がその交渉役を引き受けた。しかしその時点で鍋島は口封じの対象が赤松の父親であることは聞かされていなかった。やがてその事実は鍋島の知るところとなり、彼はこの件から降りる意思を村上に表明する。だが鍋島は村上にこう説得された。ここさえ乗り切れれば、積年の問題解決に一歩前進する。ひとりの命を引き換えにその他大勢の残留孤児の命、生活が救われる可能性があると。鍋島は忠志の殺害を決意。夜に熨子山へ忠志を誘き寄せ、事故に見せかけて殺害した。 忠志を殺し、口止めに成功した村上であったが、彼に対する本多の評価は変わらなかった。むしろそのことをネタに善幸も慶喜も村上をいいように使い始めた。自分の手を血に染めてまで協力した鍋島は再び村上との手切れを申し出た。しかし村上はもう逃げることはできないと鍋島をかえって脅迫するようになった。この時すでに、村上における残留孤児問題の解決という大義は消え失せ、保身のための秘書活動、政治活動となりつつあった。 村上と鍋島は友人の父親を手にかけたことに後悔の念があった。そのためせめてもの償いということで500万を赤松家に送りつけた。これは古田の推理通りである。 その2年後、県警の捜査二課に一色が赴任した。そこで病院横領事件が発生。仁熊会にガサが入るという情報を入手した村上はここで立ち止まった。このまま癒着構造がバレてもいい。ガサがきっかけで6年前の熨子山の事故に見せかけたコロシがバレてもいい。相手は同期の一色。本望であると。 しかしそこで鍋島が村上にこう言った。「自分は人を殺した。残留孤児が日本人を殺した。世間はそう報じる筈だ。そうなればお前が言っていた孤児問題は逆流して、自分のような人間はバッシングの対象になる。なんとかするべきだ。」と。 村上は自分がやってしまったことの重大さを痛感した。友人の父親を殺し、救うべき対象の鍋島を苦しませている。ここで村上はすべてのことを闇に葬り去ることを決意し、仁熊会と結託し殺人事件を引き起こし、捜査を撹乱させて一色の捜査の手から逃れた。 それから一年経ち村上に連絡が入る。一色からであった。 「鍋島といっしょに自首をしろ。」 「何でだよ。」 「調べは全部ついてるんだ。せめてもの配慮だ。時間をやるから自首しろ。」 「おいちょっとまてよ。」 「頼む…。俺も辛いんだ。」 「…わかった。一色。」 覚悟を決めた村上だった。しかしこうも警告した。 「俺や鍋島をしょっぴくのは結構だ。しかしその後お前は巨大な勢力を敵に回すことになる。だからそこで手打ちにしておけ。」 しかし一色は応じなかった。その先に控える仁熊会、マルホン建設、本多善幸、金沢銀行といった構造的なものにもメスを入れると言った。村上はそれだけは絶対にやめるよう警告した。そこに手を付けると一色はおろか身内の人間すべてが破滅する。それだけあいつらの力は強大だと。何度言っても一色は聞かない。そこで村上は強制的に一色の捜査の手を止めさせようと一計を案じる。それが婚約者山県久美子への強姦であった。 この強姦事件をきっかけに一色は村上とコンタクトを取らなくなった。村上は一色の追求の手が収まったと判断した。しかし今年の12月の中旬に村上のもとに情報がもたらされる。一色がどうやら再び仁熊会へガサを入れること考えているらしいと。そこで村上は再度一色と連絡をとろうと試みた。しかし彼は電話に出ない。ここで村上は再び一計を案じる。一色の留守電に言葉を残した。 「久美子さんの件は残念だ。俺が仇を取る。19日の23時半に熨子山の山小屋まで来てくれ。おまえならどこか分かるだろう。そこに鍋島もいる。」 このメッセージ通り一色はその時間に山小屋へ来た。先に山小屋で待ち伏せていた鍋島が穴山と井上を縛り上げていた。 「…これはどういうことだ。」 「一色。おれがお前の代わりに仇をとってやる。」 村上がそう言うと鍋島が穴山の喉を掻っ切った。そして間髪入れずに井上をハンマーで撲殺した。またたく間の出来事だった。 「これで手打ちにしろ。悪いことは言わない。」 「…殺してしまったらそれで終わりだろう。」 ポケットに手を突っ込んで一色はため息をついた。 「実行犯は確かにこいつらだ。でもな黒幕はお前だろ。ん?」 やけに冷静な一色を前に村上の額に冷や汗が滲み出てきていた。 「こいつらもそんなことできませんって言えばそれで終わりだったんだよ。」 一色は穴山と井上を冷ややかな目で見つめた。 「そ、そうだな…。そうだよ断ればこんなことにはならなかったんだ…。」 「がっかりだよ。」 「え?」 「このタイミングで俺をここに呼び出して、これか…。」 「…。」 「がっかりだ。」 「一色…。」 「お前らとはここでお別れだ。」 「な、なに?」 「心配するな。一瞬だ。」 そう言って一色は二人に背を向けた。 「お前らのほうなんだよ。勇気を失ったのは。」 瞬間、鍋島が一色を羽交い締めにし、ハンカチで彼の口元を覆った。抵抗した一色だったがまもなく気を失った。そしてそのまま倒れ込もうとする彼を抱えた。 「おい、鍋島!」 「村上。引くことは許されん。おれはこいつを別のところで始末する。穴山と井上への犯行は一色のものだと工作しておいてくれ。あとで落ち合おう。」 そう言って鍋島は凶器のナイフとハンマーを床に落とした。 「そのナイフとハンマーに一色の指紋をつけろ。」 村上は鍋島に言われるがまま、ぐったりとした一色にそれらのものを握らせた。 「よし。次はそいつらの顔を潰せ。」 「何?」 「いいから、そのハンマーで潰すんだ。原型をとどめないようにしろ。」 「ま、まて…そんなことは俺には…。」 鍋島は一色を村上に預け、手袋のままハンマーを掴み、それを穴山の顔面めがけて降りおろおした。鈍い音がしてそれはめり込んだ。鍋島は躊躇うことなく何度も繰り返した。 「あ…ああ…。」 「こうすることで一色は猟奇殺人者になる。穴山の身元もわかりずらい。」 手を止めて彼はハンマーを村上に手渡した。 「井上はお前がやれ。」 そう言って鍋島は自分の靴を脱ぎ始めた。 「お前…何するんだ…。」 横たわる一色から靴を脱ぎ剥がした彼は、それを履いて一色をおぶった。 「…っしょっと…。」 「ま、待てよ…。」 「…お前がやろうとしていたことがここで潰えては何もならん。俺はお前に賭けた。だからここで引き下がるわけにはいかない。」 「な、鍋島…。」 「これも絆…かもな。」 「絆?」 「辞書で調べた。こう書いてあった。世間一般では良い意味で絆って言われるけど、その語源は犬とか馬をつなぎとめる綱のことらしい。離れ難いかけがえのない繋がりっていうよりも、むしろ束縛だな。」 「束縛…。」 「俺ら残留孤児の間にあるのも絆だし、高校の同期の間にあるのも絆。俺は束縛から解放されたいんだよ。」 「鍋島…。」 「村上。時間がない。頼む。」 こう言い残して鍋島は一色をおぶったまま闇夜に消えていった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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80,【後編】12月21日 月曜日 20時09分 河北潟放水路
80.2.1.mp3 静寂の中、銃声が鳴り響いた。 目の前が真っ暗になった。 撃たれた。 俺は村上に撃たれた。 撃たれた? 痛くない。 そうか脳をやられたか。 いや、ならばこんなに頭が働かないはずだ。 眩しい。 なんだこの光は。 そうか俺は死ぬのか。 寒い。 風が寒い。 地面も冷たい。 地面? なんで地面が冷たいってわかったんだ。 手が動く。 痛くない。 まさか。 佐竹は目を開いた。 彼は無意識のうちに目を瞑って地面に倒れこんでいたようだ。彼は即座に身を起こした。すると村上の姿が目に飛び込んできた。彼はその場にうずくまって自分の右腕を抑えていた。 「ふーっ。ふーっ。」 佐竹は気がついた。さっきまで闇であった周囲が明るい。まるで昼間のようだ。その光源はどうやら放水路の上からのもののようである。 「よし。確保だ。」 双眼鏡を外した松永は無線で警備班に指示を出した。それを受けて放水路の上に待機していた警備班が一斉にそれを降り始めた。 「どうだ。保険ってもんはかけておくべきだろう。」 古田と片倉は唖然としていた。 「動機の部分は明らかにはされていないから、決定的とは言えない。しかしやむを得んだろう。これ以上、佐竹を危険に晒せない。」 「そうですね…。」 「片倉。古田。お前たちは村上の怪我が落ち着いたらヤツの取り調べを頼む。俺はここまでだ。俺は一色を回収する。」 松永は眼下に見える二人の姿を背にした。 「待って下さい理事官。」 双眼鏡を覗き込んでいた古田が言った。 「まだです…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 佐竹の目の前にいる村上の腕からは血が流れ出していた。 「ふーっ。ふーっ…。」 村上の息遣いは荒い。彼が息をするたびに白いものが吐き出される。 「佐竹…。てめぇ…。俺を嵌めやがったな…。」 「動くな!そのままその場にうつ伏せになれ!」 遠くの方から拡声器を使った声が聞こえる。この指示は何度も繰り返された。 「くそっ…。これで俺も終わりか…。」 村上は警察の指示に従って、そのままうつ伏せになった。 その様子を見ていた佐竹の目に、地面に落ちた拳銃が飛び込んだ。 「さ、佐竹…。」 村上の後頭部に冷たい金属の感覚があった。 「佐竹!何をやっている!銃を捨てろ!」 「ほ、ほら…。佐竹。警察がああ言ってるぞ…。」 「ああ言ってるな。」 撃鉄を起こす音が村上の後頭部に響く。 「な、なぁ。佐竹…落ち着け…。そこで引き金なんか引いたら真実は闇の中だ…ぞ…。」 「佐竹!銃を捨てろ!」 佐竹は銃口を後頭部から外した。 「そうだ…。そうだ。それでいい…。落ち着け…な…佐竹…。」 銃声がこだました。 「あ…あ、あ…。」 うつ伏せになったままの村上から大量の血液が流れ出した。 「ぐはっ…。さ、佐竹…。マジか…。」 「佐竹!銃を捨てろ!」 「ひ、ひひ…。」 佐竹は再び村上に銃口を向けた。 「これで、お前も…人殺しだ…。」 放水路の門が開くサイレンがなった。佐竹は口を開いた。しかしこのけたたましい音によって彼の発する言葉が聞こえなかった。 佐竹は引き金に指をかけた。 それからの記憶は無い。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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4 years ago
7 minutes

オーディオドラマ「五の線」リメイク版
80,【前編】12月21日 月曜日 20時09分 河北潟放水路
80.1.mp3 「俺はその鍋島を殺しただけだ。」 「え…。」 「確かにお前が言うとおり、俺は人殺なんだろう。しかしお前は事実関係を間違って認識している。」 「な、なんで…。」 「理由はいろいろある。」 村上はポケットに手を突っ込んで地面だけをみていた。 「いや…待て…俺はお前の言っていることがわからない…。お前、いま鍋島のような境遇にある人間を救うために政治家になろうとしているとか言ってただろう。」 村上は佐竹と目を合わせない。 「なに適当なこと言ってんだよ…。」 村上は佐竹に背を向け、河北潟を見つめた。 「なぁ村上。これは何かの間違いだ…。なぁ間違いだよな。…そうだ嘘だ。そう嘘…。」 「佐竹。残念だが全て本当のことだ。」 佐竹は絶句した。膝から崩れ落ちた。体に力が入らない。 「お前が言ってることちやってること…矛盾するじゃねぇか…。」 「…そうかもしれないな…。」 「残留孤児の地位向上がお前の信条なんだろ?え?…なのに、何でその当人の鍋島を殺さないといけないんだ〓︎」 村上は佐竹の方を見ずに俯いたままである。 「何でだよ…何でなんだよ〓︎それで、鍋島が何で殺人鬼みたいな事をしないといけないんだ?で、なに?一色がお前にとって都合が悪かった〓︎意味わかんねぇよ〓︎」 村上は佐竹の姿を見た。佐竹の顔は涙とか汗とか、憎しみとも悲しみともつかない表情をしていた。 「佐竹さぁ…。」 佐竹から見る村上には表情がない。 「俺だって鍋島を殺したくはなかった。佐竹…。でも結果として俺はこの手で人を殺めてしまった。」 村上は自分の右手のひらを見つめた。 「でも…こうするしかなかった…。」 「…。なんでお前はその救うべき対象の鍋島を手にかけた…。」 手のひらを見つめていた村上は顔を上げて佐竹の表情を見つめた。佐竹はまっすぐ村上を見つめている。 「…それに答えたらお前、俺に協力してくれるのか。」 「俺はそういうことを言ってるんじゃない。」 村上はため息をついた。そしてポケットに突っ込んでいた手で頭を掻いた。 「佐竹。お前もか…。」 「お前もか?」 「ああ。」 「村上、お前誰と一緒にしてるんだ。」 「お前もそうやって、いち日本国民としてなんの行動も起こさずに、俺の行く手を遮るのか。」 村上は自分の腰元にゆっくりと手をやった。左手でベルトのあたりを押さえつけ、右手を左腰のあたりに当てる。その様子を見ていた松永は即座に無線機に口をつけた。 「警備班。狙撃準備。村上に照準を合わせろ。」 「了解。」 「まってください理事官。早まらんといてください。」 片倉が松永を制するように言った。 「あいつを撃つのはダメです。今までの詰めが全部ぱぁになります。」 「片倉、心配するな。保険だ。」 「しかし警備班が引き金に指をかけると、何かの拍子になんてことも考えられます。」 「理事官。片倉の言う通りです。ここはもう少し佐竹と村上のやりとりを見守りましょう。」 「古田警部補。もしものことがあればどうするんだ。」 「それは…。」 「人ひとりの命がかかってるんだ。」 「…確かにそうですな…。」 「お前ら、大事なことを見失うな。」 松永の一喝に古田と片倉は黙り込んだ。松永の言うことは間違っていない。 「佐竹。お前も結局何も分からんのだな。」 左腰に回した村上の右手になにやら黒い物体が握りしめられている。 彼はそれを取り出して佐竹に向けた。その様子を見ていた松永は呟いた。 「M60。」 「51ミリの銃身。」 古田が続けて言ったのを聞いて、双眼鏡から目を離した片倉がこう言った。 「一色のやつや。」 「警護班、気を抜くな。あの距離であれば村上は佐竹を撃てない。奴らの間合いが5mまで詰まったらスタンバイだ。」 「了解。」 銃口を向けられた佐竹は体が硬直していた。絶体絶命というのはこういう状態なのか。 「どうだ佐竹。」 声が出ない。このまま村上が引き金を引けば自分めがけて銃弾が飛んでくる。どうだなんて言われても、なんの返事もできない。 村上はそのままだらりと右腕を下ろした。 「だりぃんだよ。これ。以外と重いんだわ。」 銃口が地面に向けられたことで、佐竹はホッとした。佐竹はとっさに高校時代の剣道の感覚を思い出した。高校剣道で使用する竹刀の重さは480g以上である。腕を地面と水平に上げて竹刀の切っ先を天に向けて持っていても、しばらくすれば肩や腕がだるくなる。よく映画やドラマで拳銃を片手で地面と水平に構えて、そのまま対峙するシーンを見るが、金属製のものをそのままの体制を保って突きつけるなんぞ出来っこない。村上はだるいと言っている。この言葉が佐竹にとって彼が持つ拳銃が本物であるとリアリティを持って受け止められた。 「俺はもうこれ以上、身内を巻き込みたくないんだよ。」 「何…。」 「佐竹。俺と一緒に組まないか。」 「何言ってんだ…おまえ…。」 「俺はいま追い詰められている。マルホン建設にはじきにガサが入るだろう。そうなりゃウチの事務所にも仁熊会もおまえのところの会社にも入る。」 「ガサ?」 「とにかくそうなるのが俺にとって一番絶望的なことなんだ。本多が飛べばいままで俺が取り組んできた残留孤児の問題の解決なんてもんも吹っ飛ぶ。そうなっちまったらこんな俺に協力してくれた鍋島も浮かばれない。なぁ佐竹…。頼むから協力してくれよ。」 自分が殺めておきながら、鍋島が浮かばれないとはどういうことだ。村上は佐竹の鍋島殺害の動機に関する問いかけに答えようとしない。さっきから自分の政治信条について語ったかと思えば、佐竹に銃口を向けたりと話をはぐらかしているかのようにも受け止められる。佐竹は憤りを通り越して、安定しない村上の精神状態を案じた。 「なぁややこしい話は無しだ。佐竹。俺と組んでくれ。悪いようにはしない。」 佐竹は沈黙した。 「なぁ頼むよ。」 村上は両腕をぶらぶらさせている。人にものを頼む姿勢ではない。 「おい佐竹。聞いているのか?ん?」 「…村上。てめぇなんだその態度は…。」 「なんだ?佐竹、怒ってんのか?」 佐竹の精神状態も一定しない。心配、驚き、悲しみ、怒り、呆れ。これらがループしている。この忙しない感情の振れ幅に佐竹は疲れ始めていた。 「あぁ、俺の態度が気に食わなかったか?」 「おう。」 「じゃあこれでどうだ。」 村上はぺこりと頭を下げた。 「お願いします。」 お望み通りにしましたよという雰囲気がありありとして伝わってくる適当なお辞儀に佐竹は爆発した。 「気に食わん。」 「あぁ?」 「気に食わんよ村上。」 「何が気に食わない?お前が望むように頭まで下げたんだぞ。」 「全部だ。」 「なにぃ?」 「お前の物言い、行動、態度その全てが気に食わん。」 「ほう…。」 「お前の存在そのものが気に食わん。」 佐竹は拳を強く握りしめて、村上に近づき始めた。 「佐竹…。お前も駄目か?」 「知らん。てめぇさっきから何言ってるんだ。」 「お前も一色と同じか?」 「一色〓︎一色が何だ〓︎」 村上は手にしていた銃を握りしめた。そしてそれを再びゆっくりと佐竹に向けた。2人の距離はみるみる縮まってきていた。 「交渉決裂かな。」 「うるせェてめぇぶっ殺す。」 「せめてもの配慮だ。佐竹。心配するな一瞬だ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
79,【後編】12月21日 月曜日 19時49分 河北潟放水路
79.2.mp3 「お前、俺が政治の世界に入った理由、知ってるか。」 「そんなもん知らん。」 佐竹は村上に向かって歩き始めていた。 「お前の講釈なんか聞くつもりはない。俺はてめぇを許さん。」 「ははは。佐竹、お前怒ってるな。」 「うるせェ。この気狂いめ。」 「待て。言っただろ話し合いが重要だって。」 「話して何になる。」 「お前こそどうするつもりだよ。あん?」 村上は自分の車を指さした。 「山内がどうなってもいいのか。」 佐竹は歩みを止めた。そうだ、自分は山内を救うためにこの場所に来た。警察にはできるだけ遠巻きに村上と接するように言われていることを思い出した。 「まぁ落ち着いてそこで聞け。佐竹、鍋島のこと覚えているか。」 「鍋島?」 「ああ、鍋島。」 「あいつ卒業してからなにやっていたか知ってるか。」 「…しらん。」 「マフィアだよ。」 「マフィア?」 「東京の方でな。お前も聞いたことがあるだろう。残留孤児のマフィア化ってのをよ。」 「…鍋島が?」 「以前よりも残留孤児をめぐる環境は改善されつつあるが、相変わらず社会から取り残される奴は多い。日本語の問題とか、いじめの問題とかいろいろあるが、それは別に問題の本質じゃないんだよ。鍋島のような境遇の人間が一生抱える問題はただひとつ。」 「何だ。」 「アイデンティティだ。」 「アイデンティティ?」 「ああ。あいつの様な奴も歴史的に見ればれっきとした日本人。しかし、当の日本社会がそれを受け入れてくれない。その中で自身が何者なのか分からなくなる。」 「…。」 「残留孤児1世のあいつの爺さん婆さんは、この日本に帰ってきた。だが結局のところ、ろくに日本語も話ことができず、仕事もできず、年金ももらうことができず死んでいった。あいつの母ちゃんについては鍋島と自分の親を放り出して中国に戻っちまった。どうしてこんな事になるんだ。そう、寄って立つアイデンティティが欠如してしまっているからだ。」 佐竹は雄弁に語り出した村上を黙って見つめた。 「アイデンティティってもんは自分ひとりの力で醸成されるもんじゃない。他者との関係性で構築されていくもんなんだ。鍋島は北高に来るまではあっちこっちで随分な仕打ちを受けてきた。佐竹、あいつが北高の剣道部に来た時のこと覚えてるだろ。」 覚えている。当時の鍋島の日本語は片言だった。第三者が見れば明らかに普通の日本人じゃない雰囲気だった。先輩からは中国人と言われいじめの対象となっていた。 「俺も当時は、異質な人間が自分と同じ環境にいるということを受け容れられなくて、先輩のいじめに加担したこともあった。お前もそうだろう。」 佐竹は胸が苦しくなった。確かにそういう時代があった。 「それに敢然と立ち向かったのが、一色だった。」 一色は両親を不慮の事故で無くし、親戚の家に居候をする身であった。彼の家庭環境も決して良いものではなく、いつも居候先の家族の顔色を伺う毎日だった。両親が亡くなったことによる保険金がまとまって入っていたため、生活に困ることはなかったが、やはり血は繋がっていると言えども、人の家に居候するというのは気が休まることはない。そんな彼が拠り所とするのは家庭の束縛から解放される学校での時間だった。彼は常々周囲の人間にこう漏らしていた。他人によって自分がある。しかしその他人も自分によってある。だから自分は出来るだけ精一杯努力をしようと思う。努力によって自分が成長できれば、周囲も成長する。結果、世の中は良くなると。 「あいつは体をはって先輩とやりあった。それを見た鍋島も一色と一緒に先輩に立ち向かった。あのときの稽古は稽古っていうよりも喧嘩だったな。男ってもんは不思議なもんだ。殴り合うぐらいの向き合い方が事態を変える。あの時俺は気づかされたよ。周りが変わるのをただ黙って待っていては、結局何も変わらない。自分が何かの行動を起こさないと、周りはそのまま流れて行くってな。」 鍋島に対するいじめは無くなった。周囲も鍋島を積極的にバックアップしようという雰囲気になった。彼はその時を境に剣道の練習と学業に勤しみ、2年で北高のレギュラーとなり、その後の活躍へと成長を遂げていった。 「しかし卒業後、自衛隊に入った鍋島は今まで築き上げたものを壊された。」 「何?」 「北高のあいつは日本人、鍋島惇だった。しかしあそこでは違った。」 「どういうことだ?」 「隊内では中共のスパイとか、アカとか言われ、日本人鍋島惇としての尊厳を傷つけられた。」 村上は地面に転がっている石ころを河北潟向けて思いっきり蹴飛ばした。 「日本人鍋島惇として懸命に再起を図ろうとするあいつに、あの中の連中はそれを真っ向から否定することをやった。」 「そんな…。」 「あいつの寄って立つものが音を立てて崩れていった。あいつはしばらくして除隊。しかし爺さん婆さんには金を作らなければならない。各地を点々とし、最終的には自分と同じような境遇を持つ残留孤児2世3世が組織する地下組織と接点を持ち、金を作るようになった。」 村上は佐竹の方へ足を進め始めた。佐竹は彼との距離を詰めないように少しずつ後ずさりした。 「俺はこの現状が許せなかった。育った環境が違うだけで、同じ日本人でありながら生き方の修正を余儀無くされるなんてあってはいかん。何が法の下の平等だ。法治国家だ。そんなもん糞にもならんお題目だ。」 佐竹に向かって歩いてくる村上の言葉に熱が帯びてきた。 「お前には何度も言っているだろう。この国の国会議員って奴はどうにもならん奴ばかりだって。利益をいかに地元に引っ張ってくるか。そのために政争でいかに勝利するか。どうすれば選挙に勝つことができるか。そんな事ばっかりで、本当に大事な国としてやるべきことを放ったらかしにしてるんだ。俺はこんな腐った政治を立て直したい。自分の力ではどうにもならないことで、足掻き、苦しみ、救いを求めている人間を何とかして助けてやりたい。そのためにはいつまでも俺は秘書なんかやってられないんだ。俺が議員にならないといけないんだ。」 「…村上、だから何なんだ。」 「何?。」 「お前が言っていることは正しいとしても、だから何なんだ。お前は何を言いたいんだ。お前が何を言っても、お前は…。」 佐竹は口籠った。 「お前は?」 「お前は…。」 「お前は、何なんだ?ん?佐竹。」 「…人殺しだ。」 「…ほう。」 村上は足を止めた。 「俺が人殺しだと?」 「そうだ…。」 「どうしてお前、そんなことが言えるんだ。」 「何言ってるんだ。そこにいるのは一色だ。お前はあいつを殺した〓︎」 「違う。」 「え?」 「あいつは鍋島が殺した。穴山も井上も鍋島が殺した。」 「な…。」 「俺はその鍋島を殺しただけだ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
79,【前編】12月21日 月曜日 19時49分 河北潟放水路
79.1.mp3 「一色が死んでるよ。」 「え…。」 「見てみろよ。佐竹。」 「な、何を馬鹿なことを…。」 「見てみろよ〓︎佐竹〓︎そこを掘ってみろ〓︎」 佐竹は村上が指す場所へゆっくりと足を進めた。うっそうと茂る枯れ草を手と足を使って掻き分けて歩く。15歩ほど進んだところで、枯れ草がなくなっている箇所に出た。彼はライトアップされる内灘大橋からのわずかな灯りを頼りに、その地面を注視した。地面は周囲のものとは色が異なり、最近掘り起こされ再び土が被せられた様子が明らかに認められる。 「ま、まさか…。」 彼はその場にしゃがみ、被せられている土を手で掘り起こそうとした。しかしそれはしっかりと踏み固められ、寒さにかじかむ手を持ってでは難しい。何か硬いものが必要だ。佐竹はとっさに懐から折りたたみ式の携帯電話を取り出し、それを開いてスコップがわりに土を掘り起こした。夢中だった。何度か携帯で地面を掘り、そこが柔らかくなったのを見計らって両手で土を掻き分ける。その時、人の手のようなものが目に入った。 「うわっ〓︎」 佐竹は腰を抜かした。 「あ、あ、ああ…。」 後退りをするも、土の中から人の手が見えるという奇異な光景に何か惹きつけられたのか、佐竹はゆっくりとそれに近づいて、再びその土を除け始めた。手の甲しか見えなかったものが、指が明らかになった。どうやらこれはスーツにを身にまとっている。佐竹は目の前の人間に触れないように注意深く周囲の土を除けた。そして肩が見え、首元が露わになった時、佐竹は手を止めた。大きく息を吸い込んで吐き出す。彼は意を決して顔が埋まっていると思われる周囲の土を退かした。口元が見えた。彼は暗闇の中で目を凝らした。 「一色…。」 佐竹の目には右口元の黒子が映っていた。一色の顔の最大の特徴である。彼はここで手を止めた。これ以上変わり果てた一色の顔は見たくない。 「おーい。佐竹ぇ。いたかぁ。」 佐竹は冷たくなった一色の手を握った。その握った手の甲にポツリと滴が落ちた。佐竹の目からは涙が溢れ出てきていた。握るその手は次第に震え出す。彼は一色の手をそっと置いて拳を握って立ち上がった。 「まぁこういうことだ。佐竹。」 「村上…。これか、お前が話したかったことは…。」 「そうだ。」 「俺にこんなこと話してどうする気だ〓︎」 村上は真っ暗な空を見上げて、白い吐息を吐き出した。 「お前にも分かって欲しかったんだよ。」 「は?」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「え?もう一度お願いします。」 「塩島は残留孤児なんだ。」 「残留孤児?」 片倉と古田、そして松永は内灘大橋の袂に駐車してある、誰もいない佐竹の車のそばで朝倉から入った無線に聞き入っていた。 「ああ、村上の政治信条のひとつに、この残留孤児問題の解決というものがあってな。あいつは中国残留孤児ネットワークの幹事も務めている。残留孤児というものはその大半が壮年期になって日本に帰って来た者ばかり。幼少期を中国で過ごしているため、ろくに日本語を習得できない。だからもちろん仕事もできず、その大半が生活保護やボランティアの寄付で生活をしている。だがそういう環境の中でもなんとか這い上がろうと努力する人間もあり、村上は特にそれらの者を私財を使ってでも支援していたようだ。」 「その村上の支援対象者のほとりが塩島だったってことですか。」 「そうだ。村上と塩島との接点はあいつが本多の秘書をやり始めた13年前からだ。その時塩島は57。当時は日本語もろくに話せず熨子町で生活保護を受けてほそぼそと生活していた。村上と出会い、あいつの献身的な支えもあってなんとか日本語を習得。いままで日本人でありながら日本語を話すことができず、しかもろくに働くこともできずに、常に世間から後ろめたさを感じていた。しかし日本語を習得し中国語会話教室などのボランティア活動を通して、地域住民と接点を持ち、ようやく日本に溶け込むことができた。70という高齢にも関わらず、この時期には近所の人間とスキーに行ったりできるまでになった。」 「それも全て村上の支えによるもの。」 「そうだ。塩島がゲンを拒んでいたのはこういった村上への長年にわたる義理があったからだそうだ。」 朝倉から塩島による証言の内容を一通り聞かされた三人は眼下の河北潟放水路の辺りにいる、村上の姿を眺めた。 「ということは…村上は、鍋島とも…。」 古田は呟いた。 「警備班現着。」 河北潟放水路の上からこちらに向かって明かりが3度明滅した。松永はその様子を確認し、警備班に指示を出した。 「よし無線を岡田にも渡せ。」 「了解。」 「…こちら岡田。」 「どうだ、何か聞こえたか。」 「はい…。」 「どうした岡田。何かあったか。」 「…理事官…。そこから見えますか…。」 「は?何だ。何のことだ。」 「佐竹の側を見てください…。」 松永は目を凝らした。彼の傍らには黒い穴のようなものがある。彼は手にしていた双眼鏡を覗き込みそこを見た。 「え?」 「どうした。何か見えるのか。」 「…マンジュウ。」 「何っ?」 片倉と古田も松永と同じ先を双眼鏡を使って見た。 「村上曰く、あのマンジュウは一色のようです…。」 この岡田の言葉に3人は戦慄した。古田は双眼鏡の倍率をあげ、その遺体の特徴を掴もうとした。しかし明かりが足りない。古田は全神経を視覚に集中させ、それを穴が空くほど見つめた。手のようなものが見えた。そこから腕、肩と追って首筋、そして口元あたりまでなんとか見えた。 「黒子…。」 「なにっ。」 「右口元の黒子が見える。」 松永は双眼鏡を外し、肩を落とした。 「やはりか…。」 「やはり?」 「おい岡田、これはどういうことだ。」 片倉が岡田に尋ねる。 「私にもよくわかりません。村上が言うには何度も警告を発したにも関わらず、一色の追求の手は緩まなかった。だから婚約者を穴山と井上にまわさせた。それでも一色は変わらないので話し合いを試みたがダメだった。だから殺した。」 「な、なに…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
78,12月21日 月曜日 19時08分 内灘大橋
78.mp3 河北潟放水路に架けられた内灘大橋は、この辺りに飛来する白鳥と雪吊りをイメージした斜張橋である。この橋は夜になると色とりどりのライトで照らされる。漆黒の闇に鮮やかな光で浮き上がる内灘大橋の姿は美しく、これを目当てに訪れる者は多い。 彼は村上が言っていた大橋の袂に位置する駐車場に車を止めた。ここから見る大橋は美しかった。目の前に見える95mもの主塔の姿は雄々しくもあり、光によって照らされているため何処か幻想的でもあった。佐竹はエンジンをかけたまま車から降りた。そしてあたりを見回した。何台かの車がこの駐車場に止まっている。しかし村上らしき存在を確認できない。 ー早かったか。 佐竹は車内からコートを取り出して、それを纏った。橋からすぐ先の日本海が闇として見える。そこからの冬の海風は凍てつくという表現がぴったりだ。耳や手などのやむなく露出する肌の部位をその風は容赦無く痛めつけた。流石にこんなところで待っていられない。佐竹は再び車の中に移動した。矢先、電話がなった。村上である。 「お前どこだ。」 「お前が言った通りに橋の袂まできた。」 「じゃあそこで車を降りろ。そのまま歩いて橋の下の放水路のあたりまで来い。」 「何で歩きなんだよ。車で行くよ。さみぃだろ。」 「おい。佐竹おまえ、いま自分が立たされている立場を考えろ。」 「なんだよ。」 「お前は俺の指示通りに動け。いちいち口答えすんな。」 確かに村上の言う通りだ。今の佐竹は人質がとられている状態。もう少し村上には従順にふるまった方がいい。 「わかった。」 佐竹はエンジンを切ってそのまま橋の下に通じる、整備された細い遊歩道を歩き出した。 「下に降りたらそのまま海側まで進め。俺は放水路の袂にいる。」 そう言って電話は切れた。佐竹は身を竦めた。寒風が肌を刺す。 夜の山は闇だ。しかし海も同様に闇。山は闇が自分を覆い尽くすような感覚を覚えるが、海の場合は途方もない大きな闇の空間がぽっかりと口を開けているようにも思える。それは自分を吸い込む勢いを感じさせるものだ。佐竹は時折周囲を見回しながら、村上のいる方へ歩んだ。警察が万全の体制で自分と山内を守ってくれているらしい。しかし、それらしい人影も何もない。 「それならあいつに分からんように、人員を配備するだけですわ。」 古田はこう言っていたが、本当に警察は自分を守っていてくれているのだろうか。まだその要員はここに到着していないのだろうか。佐竹は悶々としながら足を進めた。橋の袂から10分ほど歩いただろうか、佐竹は30メートル先に見える放水路の傍に一台の車が止まっているのを目視した。マフラーから蒸気が出ていることから、エンジンをかけたままである事がわかる。 車から男が降りてきた。彼は濃紺のコートを纏っていた。 ー村上。 「佐竹さんはなるべく遠巻きに村上と接してください。」 佐竹は村上から5メートルの距離で立ち止まった。 「山内さんは。」 村上は車を指差した。 「心配すんな。何もしていない。」 「彼女を帰せ。」 村上は肩をすくめてやれやれといった風の素振りを見せた。 「まだだ。」 佐竹は拳を強く握りしめた。彼の物言いにこのまま村上の側までいって、渾身の一撃を喰らわせてやろうと思った。しかし古田の依頼がある。佐竹は思いとどまった。 「何だ、話って。」 「そんな遠くで話なんかできるか。ほらこっち来いよ。」 「いや、ここでいい。」 村上はニヤリと笑った。 「何だお前、なに警戒してんだ。」 「警戒ぐらいするわ。お前こそなんだよ。」 佐竹は焦った。自分の行動が村上に怪しまれているのではないか。もし自分が警察と連携していることがバレると、村上は何をするかわからない。 「ははははは。そりゃそうだ。お前の言う通りだ。わかった。そこでいい。」 佐竹は胸を撫で下ろした。 「はぁーお前、とんでもない事してくれたな。」 「何が。」 「マルホン建設だよ。お前、あそこの人事に首突っ込んだだろ。」 確かに自分はマルホン建設の担当だ。そして山県の企てに賛同しその補助をした。直接的にやったことではないが、自分がやったといえばそうかもしれない。 「ああ。」 「お前の発案か。」 「…違う。」 「そうか…。お前の上司の企てか?」 「そんなことお前には関係ないだろう。」 「関係あるよ。大ありだ。マルホン建設には手が出せないようにしてあった。それなのにこんな事になっちまった。となれば、自ずと首謀者はわかる。」 「どういうことだ。」 「支店長の山県か。」 山県の名前を簡単に言い当てた村上に、佐竹は驚きを隠せなかった。 「なぜ…。」 この佐竹の声は呟きであったため、おそらく村上には届いていない。しかし遠くに見える佐竹の表情の変化を村上は察知し、彼が何を口に出したか大体のことを察知した。 「やっぱりな。ああー〓︎」 村上は大声で叫んだ。 「だから駄目なんだよ。何で佐竹なんかと同じ店にするんだ。」 頭をかき乱す村上の姿を見て佐竹は言葉を失った。 「そんなだからヘマ打つんだ。あの野郎。でなんだ?佐竹の出世は自分が握っているから、自分の思い通りに俺に動けって?っんなことハイハイって聞けるかよ。」 村上は何度も何度も頭を掻き乱した。そして誰に言うわけでもない大きな独り言を発している。佐竹には村上が錯乱しているかのようにも見えた。 「まぁでも、これであいつも終わり。首吊っちゃったからね。」 「え?」 「慶喜ちゃん。残念でした。」 今の村上の言葉の中に佐竹にとって二つの驚くべき内容が入っていた。ひとつは佐竹自身の出世をネタに村上に何かをしろと慶喜が働きかけていたこと。もうひとつは既に村上が慶喜の自殺のことを知っていることである。 「佐竹。おまえ山県から聞いたのか。」 髪を振り乱し、顎を上げ、村上は佐竹に向かって白い息を吐きながら言った。 「な、何を。」 「聞いたのかって言ってんだ。」 「だから何だっていってんだ。」 「久美子ちゃん。」 「え?」 この時、放水路の上から佐竹に向かって2、3度光が点滅した。放水路は村上の頭上であるため彼はそれに気がついていない。佐竹は警察側の何かの合図であると推測した。 「岡田。河北潟の放水路に待機。佐竹と村上現認。応援を待つ。」 岡田は携帯でこう言って一方的に電話を切り、その電源を落とした。 「お前…今…何て…。」 「久美子ちゃんだよ、久美子ちゃん。いい子だよねーあの娘。」 「まさか…本当にお前が…。」 「おい、何とか言えよ佐竹。」 体の力が抜けた佐竹の声は独り言程度である。村上に彼の声は届いていないようだ。 「まあ黙ってるってことは知ってるってことか。」 「お前か…。」 「あん?」 「お前が一色の婚約者を〓︎」 「ああ、犯った。」 あっさりと言い放たれたこの言葉に、佐竹は力なくそこに膝をついた。 「まぁでもな。正確に言うと俺じゃない。犯ったのは穴山と井上だ。」 「てめぇ…てめぇが指図したんだろうが〓︎」 「何言ってんだ佐竹。悪いのは一色だ。」 「はぁ?」 先ほどから深刻な内容のことを飄々として話す村上の様子を佐竹は目の当たりにして、怒りが込み上げていた。佐竹はゆっくりと身を起こし再び立ち上がった。 「一色なんだよ悪いのは。あいつが余計なことに首を突っ込みすぎるからこうなった。言わばこれは必然ってやつよ。」 「何言ってんだお前。お前が首謀者なんだろう〓︎」 「おいおいでかい声出すな。いくらひと気がないっていっても、ものには限度があるぞ。落ち着けよ。」 「てめぇ絶っ対ぇ許さん〓︎」 「待て待て。ちゃんと話そう。そうだ話し合いが重要だ。話し合いで何事もその殆どが解決する。」 さっきまで気が狂った様な村上であったが、憤怒の状態の佐竹を前に急に態度を変えた。 「一色も話せばわかると思ったんだけどな。」 「一色?馬鹿いうな。婚約者がレイプされて話し合いで済ませましょうなんて、馬鹿みたいなお人好しがこの世にいるか〓︎」 「だから、そうなる前にちゃんと話し合えば久美子もああならなかったってことだよ。」 「そうなる前?」 「ああ。」 「お前頭おかしいんじゃねえの。」 「おかしくない。」 一見冷静さを保っているように見える村上であるが、言うことがどうも支離滅裂である。 「でもさ、佐竹。俺は仇を打ってやったんだよ。」 「仇?誰の。」 「一色の。」 「お前なに言ってんださっきから。」 「お前こそ何も分かってないな。一色は首を突っ込んだらダメなところに突っ込んだ。だからその警告を俺がした。それでも突っ込みやがる。手に負えないからお灸を据えるために婚約者って奴にちょっといたずらさせた。一時はおとなしくなったが、それでもあいつは突っ込んでくる。だから俺は久美子にいたずらした奴らをやっつけた。」 「え?」 「それでも話し合いで済ませることはできないって言われたら、お前ならどうするよ。」 「ちょ、ちょっと待て…。お前何言ってんだ。本当に頭がおかしくなったんじゃないのか…。」 「なぁお前ならどうする?」 「おい…村上…。」 明らかに村上の様子がおかしい。高校時代からの付き合いである佐竹でも、こんな村上は見たことがない。気が触れるというのはこういうことを指すのだろうか。 「どうするかって言ってんだよ〓︎…答えろ…答えろよ…。なぁ佐竹。答えてくれよ〓︎」 佐竹は何も言えなかった。目の前にいる村上が普通の状態でない。彼は今、村上とどう接していいかわからなかった。 「お前、俺のこと気狂いかなんかだと思ってるだろう。」 図星だ。いやむしろそう思わない方がおかしい。 おもむろに村上は右手を上げて佐竹を指差した。そしてそのまま佐竹から見て左の方に指先を移動させた。 「そこ。」 「おい。大丈夫か村上。」 「そこだよ。」 「何だよ…。」 村上の指先は茂みを指している。 「一色。」 「は?」 「一色が死んでるよ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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77,【後編】12月21日 月曜日 19時00分 金沢北署
77.2.mp3 「警備部課長補佐。」 「はっ。」 該当する若手の職員が立ち上がった。 「今この時点からお前が警備部課長代理だ。キンパイだ。速やかに警備部の精鋭を内灘大橋に派遣せよ。くれぐれも対象に気づかれるな。念のため狙撃班も連れて行け。警備部長には話を通してある。」 「はっ。」 朝倉の指示を受けた彼はその場から駆け足で去って行った。 朝倉が出す凄みと突然の警備課長の更迭が捜査本部内を空気を引き締めていた。それに加えて狙撃班の出動を朝倉が命じたことで場の雰囲気は張り詰めたものとなっていた。 「諸君。今まで察庁の無慈悲な指示によく耐えてくれた。これも本件を確実に立件するために必要なことだった。しかし今からは違う。私が全責任を負って指揮を取る。諸君は今まで培ってきた経験と勘、知識、人脈の全てを動員して、この2人の情報を集めて欲しい。本件捜査は明日ロクマルマルを持って終結させる。」 朝倉がなぜ捜査に期限を区切るのか。この場の捜査員も片倉と同じく疑問を感じた。しかし目の前の朝倉の表情から覚悟のほどが受け止められる。捜査員たちは誰も何も言わず、彼の命令の意を組もうとした。 ひとりの捜査員が手を上げた。 「鍋島に関してですが、報告したいことがあります。」 「所属は。」 「北署捜査一課です。」 「よし聞こう。」 「小西が小松空港から熨子町まで乗せた、鍋島と思われる人物についての追加情報です。小松空港からタクシーに乗ったということで、当時の小松空港着の飛行機の搭乗履歴を調べました。」 「おう。」 「しかし、鍋島惇という名前はありませんでした。なので小西の供述をもとに作成した鍋島と思われる男の似顔絵と、鍋島惇という男が同一人物かの確証がありません。」 この報告に場内の捜査員からは落胆の声が漏れた。 「おい、ちょっとそれ見せれま。」 彼の側に座っていた別の捜査員が、彼が手にする搭乗履歴を奪い取って指を指しながらしげしげと読み込んだ。 「これ、まさか…。」 「どうした。」 「…コンドウサトミの名前があります。」 「なにっ?」 周囲にいた捜査員たちは男の元に集まってきてその資料を読み込んだ。 この場にいる捜査員たちはコンドウサトミが6年前の熨子山の事故で登場したことは知らない。しかし七尾の殺しの現場となった物件の契約者がその名前であったため、彼らはガイシャのことを暫定的にコンドウサトミと読んでいた。 現場捜査員はただの機械であるとの松永の方針によって、自分の頭で考えることを封印していた捜査員たち。そんな彼らは縦割りで、誰がどういった捜査をしているかわからず、横の連携が全くない状態だった。 しかし今、鍋島の追加情報がこの場で発表されることでその封印は解かれた。その場の捜査員たちは意見を交換し始め、各々が自身の経験や知識を総動員して推理し、議論を始め出した。 「コンドウサトミは鍋島ということか。」 「となると、七尾で殺されたのは鍋島か。」 ここで朝倉の携帯が震えた。松永からである。 「どうした。」 「いま、七尾中署から連絡が入りました。コンドウサトミは鍋島のようです。不動産屋にサングラスをかけた鍋島の顔、サングラスをかけていない鍋島の高校時代の顔、村上の写真の三つを見せたところ、サングラスを外した高校時代の鍋島の顔が似ているとのことです。」 「そうか。こちらもコンドウサトミが鍋島であると思われる情報が入った。」 朝倉は今さっき判明した搭乗履歴に関する情報を松永に伝えた。 「こうなると、七尾のガイシャは鍋島である可能性が高いな。」 「はい。」 「松永、鍋島については俺らに任せろ。お前らは村上を頼む。いま警備部がそっちに向かっている。指揮はお前に任せる。」 「了解。」 「本部長。お耳に入れたいことが。」 警務部の別所が朝倉に耳打ちした。 「宇都宮課長は石田長官によって更迭されたようです。」 「そうか。」 「しかし…。」 「なんだ。」 「長官はお咎め無しです。」 朝倉は目を瞑った。 「無念です。」 別所の言葉に目を開いた朝倉はニヤリと笑って彼を見た。 「心配するな。織り込み済みだ。」 「本部長。」 矢継ぎ早に朝倉の元に情報がもたらされる。 「何だ。」 「今、熨子駐在所の鈴木巡査部長から一課に連絡が入っているようです。」 「熨子駐在所?」 「ええ。何でも第一通報者の塩島から重要なことを聞き出したとのことです。」 「その無線、こっちに繋げるか?」 捜査員は頷いた。そして通信司令室に鈴木の無線を捜査本部に繋げるよう指示を出した。 「本部長の朝倉だ。何だ、重要なこととは。」 「第一通報者の塩島一郎がある男と接触していたようなんです。」 鈴木の声は捜査本部全体に聞こえていた。そのため、この鈴木の言葉を受けて本部内は静まり返った。 「ある男?」 「村上です。」 「何っ〓︎」 本部内は騒がしくなった。 「塩島は19日の夜に村上を熨子山まで送っています。ちなみに第一通報は塩島自身によるものではなく、村上によるものです。」 「おい待て一体どういうことだ。」 「はなからおかしいと思っとったんです。自分が塩島と接触した時、あいつはひどく震えとったんです。体をえらいガタガタさせとりましてね。よくこんな状態で警察に通報したもんだと当時から疑問を持っとりました。そもそも塩島が何で深夜にあの山小屋まで行ったのかも不思議に思っとったんです。しまいに塩島は自分に置いていかんでくれとか言っとったんです。その時思ったんですよ。ひょっとしてこいつは誰かに置いてかれたんじゃないかって。」 「誰かに置いてかれた?」 「はい。整理して話します。自分が言う時刻は塩島が言ったものなのでおおよそのものとしてお聞きください。」 「わかった。」 「塩島は19日の22時30分ごろに片町で村上を乗せ熨子山まで行きました。そして私が塩島と接触した場所に車を止めて、村上を降ろしたんです。このとき23時30分。村上はすぐ戻ると言って山小屋の方に消えて行きました。それから間もなく一色の車が塩島の横を通過し、山小屋のほうへ走り込んで行ったんです。」 穴山と井上が殺害されたと思われる時刻は19日の23時40分。村上と一色が彼らが殺害された時刻に同じ場所に居合わせていた事になる。 「それから30分ほどして村上はその場に走って戻ってきました。その時の村上の姿は異様だったそうです。」 「異様?」 「はい。白いシャツに大量の血液らしきものをつけていたそうなんです。」 鈴木の報告を本部内の皆が固唾を飲んで聞き入った。 「そこで村上は塩島の携帯を奪って110番したんです。第一通報者は塩島でもなんでもありません。村上です。」 「その後、村上はどうしたんだ。」 「そのまま熨子山の闇に消えて行ったそうなんです。」 「一色は。」 「塩島は村上以外の人間は見ていないと言っています。」 「それ意外に何か情報はないか?」 「ここまでです。塩島は村上の異様な姿を見て、自分はひょっとして恐ろしいことに加担したのではないかと、恐怖を感じたそうなんです。これなら自分が接触した時の塩島の震えも、置いていくなという発言も腑に落ちます。」 「わかった。鈴木巡査部長ご苦労だった。しかしどうして塩島はそのことを隠していたんだ。」 本部内の皆も朝倉と同じ考えだった。何故一介の善良な市民が、夜中に村上を片町から熨子山まで運ぶのか。もともと塩島と村上は何かの接点があったのか。この疑問に鈴木は答えた。 「塩島は残留孤児なんです。」 「何っ?」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
77,【前編】12月21日 月曜日 19時00分 金沢北署
77.1.mp3 「ご苦労さん。捜査本部長の朝倉だ。」 北署では19時より熨子山連続殺人事件に関係する捜査員が集結し、朝倉を長とした体制での会議が開かれていた。朝倉は議事進行役の北署署長深沢から新たな捜査本部長としての挨拶を賜りたいということで、マイクを手にしていた。 「堅苦しい挨拶は抜きだ。本題から行く。」 つい1時間前までは松永が捜査本部長だった。しかし突然彼はそれを降ろされ、朝倉が指揮を取ることとなった。松永が引き連れてきた察庁組は全員撤収。松永だけがいまだに捜査本部に籍をおくという事態。現場捜査員は一体何が起こっているのか分からずに、みな一様に腑に落ちない顔つきで目の前の朝倉を見つめていた。 「片倉捜査一課課長と松永管理官には我々とは別に動いてもらっている。諸君は今後、村上隆二に関する情報と鍋島惇に関する情報を収集して欲しい。」 本部内はざわついた。今まで一色に関する情報を収集してきた自分たちに、全く別の人物の情報を収集せよと朝倉は突然言い放った。今回の事件の被疑者は一色貴紀であるとのことで、彼の行方に関する情報を集めることが捜査員に与えられた最大の任務であったのに、それを変更するとは一体どういうことだろうか。みな首を傾げて納得がいかない表情である。 納得がいかないのは一般の捜査員だけではない。彼の横に座っている警備を担当する警備部の三好課長も同様で、驚きを隠せない様子だ。 「深沢署長。写真を。」 深沢は捜査員の一人に指示を出して、プロジェクターに二人の顔写真を映し出させた。 「この髪の毛を真ん中で分けた男が村上隆二。丸型のサングラスをかけた男が鍋島惇だ。村上は衆議院議員本多善幸の選挙区担当秘書。鍋島は仁熊会に出入りする男だ。この2人は金沢北高の同期であり、現在行方が分からない一色貴紀の同期でもある。この2人が今回の事件に何らかの形で関わっている疑いがある。捜査員は全員、この村上と鍋島の情報を収集せよ。」 本部内は落ち着きがない。突然の重要参考人の登場に皆が浮き足立っている。 「ちょ、ちょっと待ってください。」 朝倉の横から声が聞こえた。彼が声のする方を見ると、隣に座っている三好警備課長が拳を握りしめて、肩を震えさせていた。 「どうした。三好警備課長。」 「本部長。いったいどうされたんですか?何なんですか突然。」 「重要参考人だ。」 「被疑者はどうしたんですか。こんな二人の情報より、マル被の情報でしょう〓︎」 突然の大声に本部内は水をうった静けさとなった。 「本部長。しっかりして下さい。要らぬ情報で捜査本部を混乱させてはいけません。マル被は一色貴紀ただひとりです。奴をどうにかすればそれでこの捜査は終わりです。」 朝倉は胸元で震える携帯を手にした。 「失礼。緊急だ。」 「何ですか、こんな重大会議の最中に携帯なんて…。」 「どうした。…そうか…わかった。警備部の精鋭を送る。…了解。」 朝倉は携帯をしまって三好に言った。 「警備部の精鋭を内灘大橋に派遣しろ。」 「はぁ?」 「はぁじゃないだろう。命令だ。今すぐ送れ。」 「ちょっと…本部長…どうされたんですか?」 「命令に従えないのか?」 「は?」 「命令に従えないのかと聞いている。」 眼鏡の奥に潜む朝倉の細い目から三好に対して恐ろしいまでの鋭い視線が浴びせられた。彼の凄みに三好は言葉を失った。 「三好。お前、検問情報を改竄しただろう。」 朝倉のこの言葉に一堂が騒ついた。 「な、何を…お、おっしゃってるんですか…。」 「更迭だ。」 「は、はい?」 「イヌは貴様だな。」 朝倉は警備部から提出された検問状況報告書を三好の前に突き出した。 「ここを見ろ。」 彼は20日の氷見、七尾間の県境で行われた報告書を指差した。 「ここに何故、村上の情報がないんだ?」 「本部長…。どうされたんですか…私は改竄なんぞ…。」 「じゃあ、これは何だ。」 朝倉はNシステムによって洗い出された村上の移動経路をまとめた書類を三好の目の前に叩きつけた。 「あ、あれ?」 「お前、松永が宇都宮の手先と思ったか?」 「な、何をおっしゃいます。」 「現場の意見を無視して、情報だけを捜査本部に吸い上げ、机の上で考えた指示ばかりを出す典型的な頭でっかちキャリアだとでも思ったか。」 三好は言葉を失っていた。 「残念ながらその反対だ。貴様は村上の通過を事前に何らかの形で知り、氷見七尾間の検問実施時刻を意図的に遅らせただろう。だから村上がここを通った記録がないんだ。」 「ぐぬぬ…。」 「貴様はたった今から総務部付だ。追って沙汰する。」 朝倉は警務部長の別所を呼んで、三好を謹慎させるよう命令した。別所は二人の署員に三好を別室まで移送するよう指示した。 「ま、まって下さい本部長。」 署員に腕を抱えられた三好は抗うように声を発した。 「こんな事して、あなたただで済むと思ってるんですか…」 「どういう意味だ?」 「上が黙ってませんよ。」 「上?なんだそれは?」 「長官も官房も黙ってませんよ。あんたもあいつらと同じ穴の狢だろ。いいのかよ〓︎」 朝倉は三好に詰め寄った。そして凄みのある表情を一変させて穏やかなものとした。そして三好の首筋に手を当てて口を開いた。 「心配するな。松永が良くやってくれたよ。」 「え?」 「今頃、長官は公安委員長からお呼び出しだ。」 「は?」 「お前もここをよく洗っておけ。」 そう言って朝倉は三好の首をトントンと軽く叩いた。 そして目障りだからさっさと留置所にぶち込めと言って席に座った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
76,【後編】12月21日 月曜日 18時50分 県警本部
76.2.mp3 ここで無線が入った。十河からである。 「こちら十河。女の正体が判明しました。」 片倉と同じ無線を聞いていた古田は、無線の音が松永にも聞こえるようにイヤホンジャックからイヤホンを外した。 「理事官。聞いておいてください。」 古田の言葉に松永は頷いて十河の声に耳を傾けた。 「あの女はアサフスのバイトで山内美紀というらしいです。あの店は月曜定休なんですが、山内は仕事熱心で休みの日にもときどき細々とした仕事を片付けに来ることがあるそうです。」 「その山内と村上はどういう関係や。」 「関係ってほどのものはないです。今日の15時ごろに村上がアサフスに来たようなんです。その時にあいつは突然気を失ってアサフスで休んで行ったそうなんですよ。そのときに看病しとったのが山内やったってだけです。」 「なんだただそれだけか。」 「ええ、それだけなんですよ。ただ、その山内っていう女ですが、佐竹とちょっといい感じになっとるそうでして。」 「佐竹?」 「ええ。」 「…分かった。十河。そのままアサフスを見張っていてくれ。」 片倉は無線を切った。 「トシさん。どう思う。」 「こんな切羽詰まった時に村上が色恋沙汰に首を突っ込むとは思えんな。」 「そうやろ。」 「まさかその山内をネタに佐竹をゆすって、自分に都合のいい証言をさせようとしているとか。」 松永のこの言葉に古田と片倉ははっとして彼の顔を見た。 「それだ。」 「佐竹は内灘に向かっている。佐竹と村上の向かう先は方角としては同じ。となるとひょっとするとそこであいつら接触するんかもしれない。」 「確かに…佐竹は何か焦っとった雰囲気やった。山内美紀と佐竹の関係が十河のいう通りやとすっと、あいつの焦りも理解できる。」 「片倉課長。古田警部補。現場に急行してくれ。」 松永はおもむろに二人に指示を出した。 「でどうします理事官。」 片倉が言った。 「とにかく村上を確保だ。」 古田は考えた。このまま村上の確保をすれば二人の身の安全を図ることができるが、証拠がない。単なる任意同行だ。被疑者の供述に頼る逮捕は立件の決め手にかける。何かの証拠が欲しい。 「待って下さい理事官。」 「なんだ。」 「ここは佐竹の力を借りましょう。」 「どういうことだ。」 「村上に吐かさせるんです。」 「なにっ?」 「本部長からは明日のロクマルマルまでに詰めろと言われとります。ほやけど今から犯行にかかる村上の証拠を抑えるとなると時間がかかる。仮に任意同行したところでワシら警察にはあいつは絶対に口を割らんでしょう。何かとグリップが効く立場ですからね。」 「じゃあどうするんだ。」 「ほやから今回の事件とは特に関係がなさそうな佐竹に聞き出してもらえばいいんです。ワシらが聴取するよりか佐竹の方が、村上の警戒心を解くことができるでしょう。幸い村上は今から佐竹と接触するようですからね。」 今古田が提案する方法は前例のない捜査方法だった。捜査員を犯行グループと思われる者に潜り込ませる囮捜査でも何でもない。囮捜査ですら違法の疑いがあるというのに、あろうことか古田は警察の代わりに、佐竹という一民間人に被疑者から情報を聞き出すよう依頼している。百歩譲って囮捜査が合法であるとしても、捜査員を危険に晒すならばまだ理解できるが、古田が提案するものは民間人を危険に晒す前代未聞のもの。松永は額に手をやって目を閉じ考えた。彼が目を開くにはしばしの時間を要した。 「…どうやってやる。」 目を開き覚悟を決めたような表情で言葉を発した松永を見て、古田はおもむろに無線に口をつけた。 「岡田。今どこや。」 「内灘です。内灘大橋に向かって走行中です。」 「佐竹を止めろ。」 「え?」 「いいから止めろ。」 「了解。」 「トシさん。止めてどうすんだ。」 三分後、岡田から無線が入った。 「佐竹確保。」 「よし岡田、そのままお前の無線を佐竹に渡せ。話す時だけ無線機のリモコンのボタンを押せって言え。」 「りょ、了解。」 そに場にいた片倉と松永は唖然とした顔で古田を見ていた。 「佐竹さん。古田です。」 「何なんですか刑事さん〓︎」 「佐竹さん。村上さんと会うんでしょう。」 無線の向こう側の佐竹は沈黙した。 「あなた、山内美紀さんを助けに行くんですね。」 「…刑事さん。時間がないんです。」 「わかりました。あなたそのままイヤホンをして直ぐに現場に向かってください。」 「わかりました。」 「そのまま聞いてください。我々はあなたにもしものことが無いように万全の態勢で警備します。」 「あいつはひとりで来いと言いました。」 「それならあいつに分からんように、人員を配備するだけですわ。」 古田のやりとりを見ていた片倉は松永に、内灘大橋付近に複数の人員を派遣するよう進言した。 「今、本部長は北署の捜査本部で会議中だ。」 「何言ってるんですか。一刻を争う事態です。会議中でもなんでもいいから本部長に連絡して、人員配備です。本部長なら分かってくれます。」 「わ、わかった。」 松永は携帯電話を取り出して朝倉に電話をかけた。案の定朝倉は会議中であったが、彼は電話に出て松永の応援派遣要請に快く応じてくれた。警備部の精鋭を極秘裏に内灘へ送ってくれるそうだ。 一方、古田は佐竹と無線で話し続けていた。 「佐竹さん。我々は村上の供述が欲しいんです。」 「供述?」 「ええ、村上からもろもろを聞き出して欲しい。」 「何ですか、もろもろって。」 「何でもいい。あなたが思ったことをぶつけて下さい。」 「そんな…急に言われても…」 「大丈夫。その時は無線機を車に置いていってください。ほんで佐竹さんはなるべく遠巻きに村上と接してください。」 「遠巻き?」 「はい。」 「それだと、山内さんが…。」 「大丈夫です。彼女は絶対に救出します。」 佐竹は不安だった。今、村上と接触するのは山内を助けるためだ。山内は村上の手の内にある。それなのに奴と距離をおいて話をしろとは一体どういうことだ。 「そろそろつきます。内灘大橋の袂です。」 「了解。佐竹さん。頼みます。我々を信じてください。」 古田は無線を切り、松永を見た。彼は大きく息をついてやむを得んと言った。片倉は古田を見て頷いた。 「さぁ、我々も岡田と合流しましょう。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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76,【前編】12月21日 月曜日 18時50分 県警本部
76.1.mp3 「松永…。」 片倉と古田は苦い表情をして彼を見た。 「ほら採れたてのほやほやだ。」 松永は1枚の紙ペラを二人に見せた。 「何だこれは。」 「Nシステムで補足した19日からの村上の行動経路だ。」 「何?」 「そこでお前たちに知らせたいことがある。」 そう言って松永はここで立ち話をするのは控えたいとして、二人を県警の別室へ招いた。松永の存在に不信と疑念を抱いていた二人であるが、今は一刻を争う。そんなことは言ってられない。彼らは松永の求めに応じた。 別室の扉を閉じて松永は手にしていた紙を机に広げ、口を開いた。 「村上の行動がおかしい。」 「何がだ。」 「ここを見ろ。」 片倉と古田は松永が指す20日の箇所を見た。 「七尾?」 「そうだ。岡田が村上の行動に気になる点があると言っていたから、あいつの所有車ナンバーを追跡した。そしたらこうだ。」 片倉と古田は資料を読み込んだ。そこには村上の証言と今回のNシステムによる村上の行動履歴を時系列で整理した表が記載されていた。 村上の証言によると彼は20日の12時ごろに熨子山の検問に会い、それから1時間かけて高岡に向かった。高岡に着くのは13時前後。そのまま氷見へ行くと30分後の13時半。そこのコンビニで30分滞在したので、14時まで氷見にいたことになる。そこから羽咋を経由して金沢にそのまま向かえば1時間50分程度だから16時ぐらいには金沢に入る。村上の氷見までの時刻に関する証言はNシステムのものとそう異なるものではなかった。 しかしそこからが違う。Nシステムのものは14時40分に七尾。15時40分に羽咋。16時30分に金沢といったものだった。 「どうだ。あいつの証言と食い違っているだろう。」 片倉は自分と古田、そして岡田しか持ち合わせていない村上の情報を松永が得ていることを知って、一種の気味の悪さを感じた。しかし今は松永相手にいろいろ詮索している暇はないと考え、彼に合わせることとした。 「そうやな…。」 「もうひとつ気になる点がある。」 「なんや。」 「村上は氷見のコンビニに車を止めて休憩したと言ったそうだな。」 「おう。」 「そのコンビニに村上が滞在した形跡がない。」 「なに?」 「コンビニの従業員に村上の車両を目撃したか確認したが、思い当たらないそうだ。ついでに付近の監視カメラも解析したが、それらしいものもない。」 「ということはあいつが言っとることは、全くのデタラメってことか。」 松永は頷いた。 「片倉。村上のこの七尾滞在時刻で気になるところはないか。」 片倉は再び資料を見た。 「14時40分から15時40分…。七尾から羽咋まで1時間か…。たしか普通なら七尾から羽咋までの距離なら40分くらいで移動できる距離やから…空白の20分があるってことか?」 「七尾のコロシ。」 古田が言った。 「あっ。」 片倉が声をあげた。 「この時間帯に七尾でコロシがあった。」 「その通り。」 松永は資料を丁寧に折りたたんで再び懐にしまった。 「七尾のコロシは熨子山のものの手口と同じだ。犯行が同一犯のものとすれば重要な証拠になる。」 「しかしそれだけでは村上の犯行を確定できん。」 「そうだ。念のためNシステムで村上の19日の行動も調べた。この日は村上はほとんど移動らしい移動をしていない。深夜の犯行時刻付近にも熨子山あたりであいつのものらしい車両が通った形跡はない。」 「いや理事官。村上には鍋島っちゅうレツ(共犯者)がおる可能性がある。あいつと協力すればなんとかなるかもしれませんよ。」 「鍋島?」 「ええ。」 「6年前の熨子山の事故に関係しているとされる奴か。」 「そうです。」 松永はしばし考えた。 「まて。そうだ。」 「何だ。」 「6年前の熨子山の事件に、確か近藤里見という名前が浮上していたな。」 松永は今日の昼に県警本部の資料室で片倉と遭遇し、6年前の事故に関する操作状況を聞き出していた。 「その近藤里見という人間についてお前たち何かわかったか。」 この問いかけに片倉が答えた。 「ああ。コンドウサトミは多分鍋島惇と深い関わりがある。」 「と言うと?」 「あんたにも言ったとおり、文子自身はコンドウサトミと面識はない。しかし赤松忠志が死ぬ前に口止め交渉を担当しとったのが、鍋島惇やったっていうことは判明した。」 「交渉が決裂し、忠志は事故に見せかけて殺され、その後現金が入った封筒だけが赤松家に届けられました。その包みにコンドウサトミと書かれとったんです。」 松永は腕を組んで考えた。 「因みに我々はこの6年前の事件については、村上が鍋島を使って赤松との交渉をさせ、その後の事故に見せかけた殺しを行ったと推測しています。」 「村上が鍋島を使う?」 「はい。」 「村上と鍋島は高校の同級です。彼らの結びつきが具体的にどうだったか定かではありませんが、村上は本多の秘書。鍋島は仁熊会の関係者。本多と仁熊会の繋がりを考えると、あの2人が何処かで結びついていても何ら不思議なことはありません。それにあの北高の連中には我々には計り知れない絆がありますから。」 「何だ絆って。」 「鍋島は残留孤児三世です。詳しい説明は置いておきますが、奴は生活に困窮する中、部活ではインターハイで優勝し、且つ学業においてもちゃっかり卒業している。並大抵の人間ではできないことを成し遂げる力の背景には、必ず周りの支えがあるはずです。だからあの同期連中には何らかの強い結びつきがあると思うんです。もしも1人で全てができるスーパーマンなら、卒業後もそのまま自分一人の力で真っ当な人生を送れるはずです。」 「確かに。」 「一歩足を踏み外した鍋島はどこで何をしとったかは誰もわからん。しかし何処かのタイミングで村上と接触した。そこから二人の間に再び何らかの関係ができたと判断しています。」 松永は目を瞑った。 「因みに6年前の事件以外にも、4年前の病院横領殺人事件の際にも嘘の証言をするマルモクで鍋島は顔を出しとる。この二つの事件に直接的関係を持つのが村上隆二や。」 片倉が古田の説明に付け加えた。それを聞いて目を開いた松永は二人に尋ねた。 「ならば、七尾のガイシャは一体誰なんだ。」 「と言うと。」 「ガイシャが殺された物件の契約書にもお前らが言う、6年前の事件に出てくる近藤里見という女性が出てくる。」 「コンドウサトミ? 」 「そうだ。」 「え?今、女って言ったか?。」 「そうだ。女の名義で契約されているが、殺されたのは男だ。」 「ちょっと待ってくれ。俺らはコンドウサトミとは言ったが女とは言っとらんぞ。」 「何言ってるんだ。里見だろ。女だろう。」 「理事官。ひょっとして契約の本人確認書って、保険証か何かじゃないですか。それやったら写真も何も入っとらんから男か女か分からんですよ。」 「あ…。」 「七尾中署がはなから女と決めつけて不動産屋に聞き込んどるとしたらそれはいかん。この女の名前に心当たりがないかって聞いてしまっとるんやったら、それから何も進まん。もう一度その不動産屋に当時の契約について聞いて見た方がいい。里見という名前の男も世の中にはいますよ。」 「しまった…」 松永は頭をかき乱した。 「理事官、ついでにこう聞いた方がいい。鍋島と村上の写真を見せるんです。この人物ではないかとね。2人がコンドウサトミと何かの接点があるのは事実。仮に架空の人物でも誰かがコンドウサトミになり済まさないと契約は成立しませんからね。どちらとも見覚えがないと言われればガイシャは我々には未だ我々にはわからない人物です。」 その場から松永は七尾署に連絡した。そこで古田から指摘されたことをそのまま告げると、すぐに確認するとのことであった。松永は電話を切って呟いた。 「コンドウサトミがその中のどちらかだとしたら…。」 片倉は室内のパイプ椅子を雑に用意してそこに腰をかけて言った。 「どちらにせよコンドウサトミに成りすまして、その物件を手配し誰かをそこに囲った。それだけだ。」 「何れにせよコンドウサトミと思われる人間は死んだ。コンドウサトミと関係があると思われる人物は鍋島と村上。鍋島は行方不明。村上はコンドウサトミが死んだ時刻に七尾に滞在。この状況が物語るものはただひとつ。」 「七尾のガイシャは鍋島惇である可能性がある。」 松永のこの発言に室内は静まり返った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
75,12月21日 月曜日 18時23分 県警本部
75.mp3 すれ違う者皆がこちらを見る。一体何事かといった表情で見るものもあれば、律儀に敬礼をして道を譲る者もいる。彼はエレベーターの降りるボタンを忙しなく押してそれが来るのを待った。しかし5秒後には踵を返して階段へと足を進めていた。彼は階段を降りるというより落ちるように凄まじい勢いでそれを駆け降りた。そこに携帯電話の音がなった。彼はそのまま階段を降りながらそれに出た。 「おうトシさん。」 「お前どこや。」 「階段。」 「はぁ?お前ふざけんなや。」 「って言うかトシさんやべぇわ。」 「どいや。」 「村上や。」 「はぁ。」 階段を降り切ったところで片倉は携帯電話を耳にあてている古田と出くわした。古田は手にしていたものを懐にしまった。 「とにかくやべぇ。トシさん。やべぇことになった。」 「何が?」 「これ見てくれま。」 片倉は一枚の写真を古田に手渡した。 「なんやこの車は。」 「村上の車や。」 「村上の?」 「ほうや。ほんで…。」 片倉は自分の携帯電話を操作して、その中にある一枚の写真を古田に見せた。 「あ。」 「一緒やろ。」 「ナンバーも同じやがいや。」 「ほんでこれや。」 そう言って片倉はもう一枚の写真を表示させた。 「誰やこれは?」 「アサフスから出てきたんや。トシさんこの女のこと知っとるか。」 「いや…。アサフスって、ワシら昼にもあそこに行っとったがいや。そん時にはこんな女おらんかったけどなぁ。」 「この女が誰かってのは気になるところやけど、それ以上にひっかかかることがあるんや。」 「何や。」 「村上の車がこの女を乗せて走り去って行った。」 「何?」 「この女、アサフスを出てバス停でバスを待っとった。そこにこの車が横付けした。」 「女と村上、知り合いねんろいや。」 「それがな、どうももともと知っとる風じゃねぇげんて。」 「と言うと?」 「知り合いが迎えに来たとかやったら「ありがとー」みたいに親しげな感じだすやろ。」 「おう。」 「ところがなんか女は困った感じのリアクションをしとってな、遠くから見とったから正確かどうかわからんけど、車に向かって頭下げたりして何か拒んどる感じやったんや。」 「喧嘩でもしたか?」 「いや。ただ突き放す感じで拒否るっつうんじゃなくて、なんか気ぃ遣うみたいに。」 「ほう。」 「でも押し切られたんか、女は結局載せられて車は北の方角に走っていった。」 古田の表情が険しくなった。 「まさか…拉致…。」 「おう…気の揉みすぎならいいんやけど。」 「ほうか、ほんで車が気になってここに来て調べてみると、検問に引っかかった村上の車とおんなじ車やったってことやってんな。」 片倉は頷いた。 「なんか俺嫌な予感がすれんて。」 ここで無線から音が聞こえた。 「岡田や。」 「どうした。」 「佐竹が動きました。今あいつをつけています。」 「わかった。ちなみに佐竹の様子に変わったところはねぇか。」 「なんかよく分かりませんが、ちょっと落ち着きがない感じです。」 「落ち着きがない?」 「ええ。」 「本多が自殺したからか?」 「わかりません。随分と乱暴な運転ですよ。」 「どこに向かっている。」 「わかりません。しかし金沢銀行本店方面じゃありません。北に向かって動き出しました。」 「北?」 「はい。」 ー村上も北に向かった…。 「…岡田。佐竹から目を離すな。何かあったらすぐに報告しろ。」 「了解。」 「おい。どう思う。」 「何かすげぇやべぇ感じがする。」 片倉と古田は腕を組んで沈黙した。 「ほうや。ワシから佐竹に連絡してみる。」 古田はメモ帳を取り出して、それに目を落としながら携帯を操作しそれを耳に当てた。片倉はその様子を黙って見ている。間もなく古田が口を開いた。 「もしもし。佐竹さん?」 「ああ刑事さん。すいませんが今晩の事情聴取なんですが、明日にしてください。」 「どうしました?何かありましたか。」 「…刑事さんもご存知でしょう。」 「いや、何のことでしょうか。」 「ウチの専務が自殺したんですよ。」 「ええっ。」 「知らないんですか?」 「ええ。」 「まぁそれで仕事がしっちゃかめっちゃかなんですよ。」 「それはお気の毒に…。」 「だから日を改めてもらえませんか。」 「うーん。今、佐竹さんはどちらにいらっしゃるんですか。」 「まだ外回り中です。」 「どちらの方に?」 「そんなことまであなたに言わないといけないんですか。」 佐竹の声色に不信感がにじみ出ていた。 「教えて欲しいんですよ。どちらに行かれるんですか。」 「…内灘です。」 「本当に?」 「は?本当ですよ。なんで嘘なんかつかないといけないんですか。」 内灘町は石川県の中西部に位置する自治体である。南側に金沢市、西側には日本海、東側には津幡町と囲まれている。内灘のほとんどは砂丘であり、この砂丘地は戦後米軍に接収され砲弾試射場が建設された。しかし反基地運動の先駆けとなる内灘闘争が起こり、1957年に米軍は撤収した。 「あぁすいません。そうですか内灘ですか。結構遠いところまで。」 「まぁ。」 「内灘のどのあたりですか?」 「はぁ?」 「ほら内灘って言ってもね、いろいろあるでしょう。」 ー何で俺の行動にいちいちこんなに詮索を入れてくるんだよ。 佐竹はしきりに腕時計を見て時間を気にした。時刻は18時30分である。村上との電話が切れたのが18時頃だから、19時までに内灘大橋に到着しないといけない。佐竹が勤務する金沢駅付近から内灘町へは車で20分程度。しかし仕事終わりの帰宅ラッシュの時間が重なっているので佐竹にとって余裕のない移動スケジュールだ。 「どういった方と会うんですか?」 「はい?」 「いやちょっと気になっただけですよ。年末のこんな時間から銀行員さんが訪ねる先ってのはどんなお得意さんかなぁって。」 「すいません。それは個人情報の問題もあるのでお教えできません。」 「あぁすいません。そうですか。ほんじゃ今日は相当遅くなりそうですか。」 「そうですね。全然見えません。」 「あのー佐竹さん。こっちはいつでもいいんですよ。例え夜中になってもいつでも大丈夫です。」 「刑事さん。夜中は勘弁してくださいよ。あなたはそれでいいかもしれませんが、こっちは困るんです。それになんでそこまで急かすんですか。」 「今日の夜にしてくれとおっしゃったのはあなたですよ。」 「だから謝っているじゃないですか。」 古田は佐竹とのやりとりを経て、彼が何か焦っているように感じていた。日中の彼は熨子山連続殺人事件に対する漠然とした不安感を背負って、古田に少なからず救いを求めていた。しかし今ではその様相は一変し、言葉の端々に古田に対する煩わしさすら滲み出ている状態であった。古田は佐竹の焦りに何か引っかかった。 「そうですか。じゃあ明日にしますか。」 「ええ。明日またこちらから連絡します。ですから今日はすいませんけどキャンセルしてください。」 古田は佐竹の申し出を了解し電話を切った。 「佐竹は内灘に向かっとる。」 「内灘?」 「村上はもりの里から北へ向かったんやったな。」 「ああ。」 「内灘も金沢から見て北や。」 「まさか…。佐竹と村上が接触するとか。」 「わからん。片倉、岡田に指示を出してくれ。」 「わかった。」 片倉は無線で岡田につないだ。 「こちら片倉。佐竹から目を離すな。あいつは内灘に向かっとる。コースを外れたり何かがあればすぐに連絡しろ。」 「了解。このまま佐竹をつけます。」 「こちら十河。アサフスに動きあり。」 片倉と古田の無線に十河のしゃがれた声が入ってきた。 「なん。」 「赤松剛志が店から出てきました。喪服を着ています。」 「文子と綾は。」 「見えません。」 「十河。お前はそのままアサフスで待機。剛志は別の人間に警護してもらう。」 「了解。」 「あ、待て。十河。」 「なんでしょう。」 「お前、文子と接触してくれんか。」 「ええ。わかりました。で、どうすれば。」 「あの女のことを聞いてすぐに報告してくれ。」 「了解。」 「あぁ…あと村上との接点もだ。」 「村上…ですか。」 「詳しくはあとだ。頼む。」 「了解。」 無線を一旦終えた片倉はすぐさま携帯電話を手にした。 「お疲れ様です片倉です。」 「どうした。」 「応援をお願いします。」 「わかった。でどうする。」 「葬式に行く赤松剛志の警護を願います。十河はアサフスで待機しています。」 「了解。まかせろ。」 めまぐるしく指示を出す片倉を見て古田は笑みを浮かべた。 「なんや。」 「いや、やっぱりさすが県警本部捜査一課課長殿や。お見それ致しました。」 「何が。」 「手際いいな。」 「何言っとれんて。持ち上げてもなんも出んぞ。」 古田は片倉にハイハイと言った。 「片倉。どうする。」 「とにかく村上の動向が気になる。帳場はあいつの居場所を特定しとらん。村上の車両ナンバーわかったからNシステムを使って居場所を洗い出す。」 Nシステムとは日本の幹線道路に設置された自動車のナンバープレートを自動で読み取る装置のことである。 「その必要はない。」 古田と片倉の後方10メートルのところに立ち、こちらに向かって髪を掻き分ける松永の姿があった。彼はそのままこちらに向かってきた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
74,12月21日 月曜日 17時40分 金沢銀行金沢駅前支店前
74.mp3 駅前支店の前にあるホテルの喫茶店に陣取ってかれこれ二時間が経過する。古田がここから観察したところ、佐竹らしい男は一時間ほど前に駅前支店に帰ってきていた。それ以降、彼は店から出ていない。古田はこれで何杯目かわからない珈琲を口につけて手元のメモ帳をパラパラとめくり出した。さすがに珈琲が胃を痛めつけている。古田は自分の腹をさすった。 「古田課長補佐。」 古田は声のする方を向いた。そこには背広を着た四十代の男が立っていた。 「お前が岡田か?」 「はい。」 岡田はこう言ってそのまま古田と向かい合うように椅子に座って、テーブルに古田の車の鍵を差し出した。 「これどうぞ。車は裏の駐車場に停めてあります。」 「すまん。無理言ったな。」 「古田課長補佐は片倉課長と合流し、捜査を継続してください。」 「なんやって?」 「課長と捜査の詰めをお願いします。」 古田は頭を掻いた。 「朝倉本部長からの命令か。」 「ええ。」 「松永は何て?」 「理事官ですか?」 「ほうやわいや。あいつがすんなり指揮権を渡すわけねぇやろ。」 岡田は苦笑いした。 「やれやれ…古田さんには何も隠せませんな。」 「あったりめぇやわ。っちゅうか何ねんてヒトハチマルマル(18時)をもって指揮権移譲って。無線で聞いたぞ。」 「まぁ私も詳しいことはよく分からんのですよ。ただね、あなたには片倉さんととにかく詰めをやって欲しいそうなんです。ヒトハチマルマルをもって朝倉本部長に指揮権が移譲されるんで、それからはあなた方の捜査は、極秘扱いでなくなりますがそれはそれでほかの捜査員にはわからんように継続して欲しいんですよ。」 古田は頭を掻いた。 「捜査は佳境っちゅうことか。」 「ええ。あとは課長補佐と課長とでホンボシを検挙してください。」 「ホンボシ?」 「はい。」 「一色を?」 「誰がホシかは課長補佐がよくご存知でしょう。」 「なんや…。まさか本部長も松永もひょっとしてグルか?」 岡田は口元を緩めるだけで彼の問いかけには返事をしなかった。 「いいですか。リミットは明日です。」 「具体的に。」 「ロクマルマル。」 古田は自分の腕時計に目を落とした。時刻は17時58分である。 「あと10時間か。」 「できますか。」 「…県境の検問体制は維持のままやな。」 「はい。」 「もしも村上が越境しそうになったら止めてくれ。その場で確保や。」 「了解。」 「しかし時間がねぇな。えらい急転直下な展開やな。」 「なんかいろいろと事情があるようですよ。」 この時、左耳に装着したイヤホンから無線の音声が入ってきた。捜査本部の朝倉からである。 「片倉。トシさん。聞こえるか。朝倉だ。」 「こちら片倉聞こえます。」 「こちら古田聞こえます。」 古田と向かい合って座っている岡田も無線の対象なのか、彼は左耳に装着したイヤホンを指で押さえ、険しい目つきをして古田を見た。古田は岡田に向かって頷いた。 「本多慶喜が金沢銀行の本店で死んだ。首吊りのようだ。」 古田は絶句した。無線の向こう側の片倉も古田と同様なのだろう、しばしの間無言となった。 「いま捜査員を金沢銀行本店に向かわせている。これは報告だ。片倉課長とトシさんは引き続き捜査を継続せよ。」 「こちら片倉。遺書などは。」 「今のところない。詳しい状況は追って報告する。これもひょっとするとあいつお得意の操作撹乱かもしれん。」 「こちら古田。あいつとは。」 少しの間をおいて無線の向こう側の朝倉はこう答えた。 「村上隆二。」 「村上は今どこにいるか、捜査本部は把握していないんですか。」 片倉が尋ねる。 「わからん。本多事務所を出たきりだ。しかし県境検問には引っかかってないところから、まだ越境していないと見える。」 「ちょっと待ってください本部長。その検問データを管理しているのはどこですか。」 「本来警備部だ。」 「本来?」 「本件に関する検問データは松永理事官が統括管理している。」 古田は勢いよく立ち上がった。 「本部長。それはまずい。あいつは察庁の人間。宇都宮とか長官側の人間ですよ。そんな奴にデータを管理させっと、いくらでも都合いいように改竄される。」 岡田は窓から外の金沢銀行を眺めた。職員通用口からひとりの男が慌ただしい様子で外に出てきた。岡田は古田の肩を叩いてその様子を指さし、あれは佐竹かと古田に聞いた。古田は手を横に振り、佐竹の顔写真を1枚岡田に手渡した。その写真を見た岡田はそれと目の前に見える男を見比べて納得するように頷いた。 「トシさん。心配するな。それが無いように松永には残ってもらっている。」 「はぁ?」 「本部長。意味がわかりません。」 片倉も古田同様、事情を飲み込めないようだ。 「いいか。片倉もトシさんもこっちの事情には構うな。お前たちはとにかく村上の確保と事件の真相解明に全力を注げ。時間はない。」 「時間がないとは?」 「本件捜査は明日をもって終結させる。2人は何としても明日の朝までにことを成し遂げてほしい。」 「朝って。」 「ロクマルマル。」 「ロクマルマル〓︎」 「泳がしはここで終わりだ。2人はホンボシがカンモクできないように徹底的に詰めてくれ。ヒトフタ フタフタ ロク マルマル(12月22日6時)をもって村上をパクる。」 片倉は捜査に時間を区切る朝倉の意図を理解できなかった。しかし古田がすんなりとこの朝倉の命令に従ったため、片倉もそれに準じ朝倉からの無線はここで切れることとなった。 ここで古田の携帯がなった。片倉からである。 「トシさん。まだ金沢銀行の前か。」 「おう。」 「ちょい母屋(県警)に行かんか。」 「何や。」 「気になることがあれんて。」 「なんねんて。」 「とにかく俺は母屋に向かう。あと少しで着く。トシさんも来てくれ。」 「わかった。ほやけどワシらの捜査がいくら極秘じゃなくなったと言っても、あからさまな動きはだめねんぞ。」 「わかっとる。佐竹は岡田に任せて俺らは母屋や。」 「わかった。」 携帯をしまった古田は岡田を見た。 「課長補佐。頼みましたよ。」 この岡田の言葉に古田はただ頷いて、彼から渡された鍵を握りしめて駆け足でその場から立ち去って行った。岡田は古田がいなくなった席に座り窓の外に見える金沢銀行を眺めた。先ほど男がひとり出て行った職員通用口からまた男が姿を見せた。岡田は古田に手渡された写真とその男の顔を照らし合わせて見た。 「あれが、佐竹…。」 男は通用口に立ってタバコを加えて携帯電話を見ている。何やらソワソワしているようにも見えた。 専務の本多が自死したとの報が本部からもたらされたことにより、佐竹は動揺を隠せないようだった。次長の橘は山県が不在なため、先ほど彼の代わりに今後の対応について協議するため本部に向かった。本多死亡の報は支店長代理以上の役席のみに伝えられた情報であったため、支店内の他の連中はその情報を得ていない。そのため店内はいつも通りの時間が流れていた。橘からは普段通りに振る舞って業務を終えた者から帰宅させよと指示を受けていた。時刻は18時をまわり、何名かの行員が帰り始めていた。 「これが制裁ってやつなのか…。」 そう言いながら佐竹は携帯を開いてメールを打ち始めた。送り先は山内である。18時過ぎであれば体が空くと彼女は言っていた。しかし留守となってしまった金沢駅前支店を放って自分だけ先に帰るわけにもいかない。山内には急用が入ったのでこちらの仕事終わりは19時を過ぎそうだとメールを打った。折角思いのほかトントン拍子で彼女との距離を縮めていたというのに、ここで一気にペースが落ちてしまったことを嘆きつつ、彼はタバコを吸いながら天を仰いだ。 ーそういや今晩は警察にも会わないといけなかった。 彼は指先を再び動かしてメールに加筆した。こちらの仕事のめどがついたら直ぐに連絡するので、何処かで待っていて欲しい旨を入力した。 ー何処か?何処かって丸投げだな…。 佐竹は気にかかったくだりを削除して考えた。 ーどこだよ。どこで待ち合わせればいいんだ。 彼女が金沢市南部の四十万あたりに住んでいることは聞いていたが、その正確な住所を佐竹は知らなかった。今晩食事をする予定の店は街中の家庭的イタリア料理店である。なので片町や香林坊あたりの商業施設で山内に待っていてもらえれば、お互いが最も効率良く出会うことができる。しかしこちらは待たせる身である。待たせるというだけで引け目を感じるのに、店の近くの何処かで待っていてくれと依頼するのは、更なる引け目を感じてしまう。 ーそうだ。俺があの子の家の近くまで迎えに行けばいいじゃないか。 山県からは注意しろと言われた。何が何でも山内を守れと言われた。山県の忠告を心のどこかで大袈裟だと思っていた佐竹は、本多死亡の報を聞いて彼の予想を信じるようにもなっていた。 ー人混みは危険だ。あの子にはとりあえず自宅で待機してもらおう。それが一番安全だ。 メールでのやりとりにもどかしさを覚えていた佐竹はここでその文章を全て削除し、山内に電話をかけた。何度か呼び出し音がなって彼女は電話に出た。 「もしもし。」 「あ、佐竹さん。」 「仕事終わった?」 「え、ええ。」 「こっちはちょっと6時半までに仕事が終わらなさそうなんだ。」 「そ、そうですか…。」 「いまどこ?」 「あの…。」 山内は口籠った。 「ああごめんごめん移動中かな。」 「佐竹。残念だな。」 急に男が電話口に出た。 「だ、誰だお前。」 「はあ?俺だよ俺。なに浮かれた声だしてんだよ。」 「…まさか…村上。」 「おう。そうだ。」 「何でお前が山内さんと。」 「山内さん?なんでこの子はさん付けなんだよ。たまには俺にもさんぐらいつけろよ。」 「何だと?」 「山内さんは俺とデート中。お前はそのまま仕事でもしてろ。じゃあな。」 「ま、待て〓︎」 「あん?」 「お前、山内さんに手出してみろ。ぜってぇ許さんからな。」 「ほう。勇ましいね佐竹くん。でもね山内さんはもう俺にデレデレなんですよ。」 「え…そんな…。」 ガサガサっと音をたてて山内が電話口に出た。 「違います〓︎佐竹さん助けてください〓︎」 「山内さん!! 今どこだ。」 「この人の車の中にいます。北へ向かって走っています。」 再び物音がした。山内の声が聞こえなくなった。 「山内さん〓︎山内さん〓︎」 「おいでけェ声出すなよ。心配すんな。この子には何もしていない。」 「村上…てめえ…。」 「おっとお怒りあそばされるな。俺はお前と二人っきりで話がしたいんだ。」 「何だ…話って…。」 「込み入った話だ。今すぐ内灘まで来い。」 「内灘?」 「ああ。内灘大橋のたもとで待ってる。この娘ははそれまでこっちで預かっとくよ。」 「何でだ。彼女は関係ないだろう〓︎」 「関係ないけど、こうでもしないとお前動かんだろ。あ、そうそう俺が用事があるのはお前だ。お前ひとりで来い。一時間だけ待つ。じゃあな。」 そう言って村上は一方的に電話を切った。 「佐竹。俺はお前にひとつだけ言いたいことがある。」 「…なんですか。」 「お前、女おれんろ。」 「まだそこまでじゃないですが…。」 「気をつけろ。」 「は?」 「念のため気をつけろ。俺は久美子とカミさんを事件の後から別の場所に匿っとる。もし何かのことがあるとヤバいからな。」 電話を切った佐竹の頭には山県とのやりとりが再生されていた。 「まさか…村上が…。」 手にしていた携帯電話を力なく落とし、そのまま膝から崩れ落ちる様子を岡田は遠くから見つめていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
73,12月21日 月曜日 17時10分 田上地区コンビニエンスストア
73.mp3 この時期にもなると、17時を回った頃に日はとっぷりと暮れる。それに追い打ちをかけるように、北陸特有の低く垂れ込める雲たちが月明かりをみごとに遮り、辺りは人工的な灯りがないと闇であった。片倉は古田と別れた後、一路アサフスに向かい、店の前にあるコンビニエンスストアに陣取ってその様子を伺っていた。月曜のアサフスは休みだ。そのため店のシャッターは閉められている。来客らしい人の行き交いはなかった。 片倉は携帯電話を見た。古田からの連絡はまだ無かった。彼は目を瞑って事件の情報を整理することとした。 矢先、運転席側の窓をノックする音が聞こえた。 「あん?」 そこには十河の姿があった。片倉は外で身をすくめる彼を助手席に座らせた。 「マル暴が何の用や。」 「いやぁ本部長からの命令でしてね。」 「本部長?」 「ええ。片倉課長の代わりに赤松を見張れって言われまして。」 「は?」 「本日18時をもって捜査本部の指揮は朝倉本部長が取ることになったんですよ。ほんで、ちょっとフライングでここに派遣されました。」 「何?察庁は?」 「撤収ですわ。」 「松永が?」 「いえ、松永理事官は引き続き朝倉本部長の下で捜査します。他の連中は全員撤収です。」 「なんじゃそりゃ。」 「ワシもようわからんですわ。」 片倉は自分の頭を乱雑に掻き乱した。 「なんで松永は残るんや。」 「言うたでしょ。わかりません。」 「何で本部長は俺がここで赤松を見張っとるってわかったんや。」 「知らんですわ。課長から本部長に聞いてくださいよ。」 片倉には古田と合流するように指示が出ているらしい。古田には岡田が交代要員として派遣されているようだ。片倉と古田の捜査は察庁組が撤収することで極秘扱いを解除されるようだが、そのまま二人は継続して捜査するようにとの朝倉からのお達しだ。応援が必要になれば直接朝倉まで連絡せよとのことである。 「松永は一体何をしとるんや。指揮権が本部長に移ってしまったら、あいつには何もすることがないだろう。」 「さぁ…ワシには上の考えはさっぱりわかりません。あのお方はあのお方でやることがあるんでしょう。」 「あいつ…一体何ねんて…。」 片倉のこの言葉には十河は笑みを浮かべるだけだった。 「さぁ、課長。すぐに古田課長補佐と合流して下さい。ここはワシに任せてください。」 十河はこう言って車を降りた。そしてそのドアを閉めようとしたところでこう言った。 「あと少しですよ。」 「は?」 「今日一日が正念場です。課長。詰めをよろしくお願いします。」 「今日一日?」 「ええ。」 「なに?お前ひょっとして何か知っとるんか。」 十河はニヤリと笑った。そのとき車内の無線から松永の声が聞こえた。 「捜査本部より関係各所。本日ヒトハチマルマル(18時)をもって熨子山連続殺人事件捜査本部の本部長は朝倉警視長が担う。本件捜査員は今後朝倉本部長の指示に従うように。以上。」 「今後、捜査の指揮を執る朝倉だ。検問体制維持。本件捜査員は全員捜査本部に集合。ヒトキュウマルマル(19時)より捜査会議を行う。以上。」 「俺もか?」 無線を聞いた片倉は外にいる十河に自分の顔を指さして呟いた。左耳にはめたイヤホンから無線を聞いていた十河は片倉を見て首を振った。 「課長はそのまま続けて下さい。」 「なんで。」 「本部長からそう言われとります。あ…。」 車の傍らに立って通りをはさんで見えるアサフスの様子を時折見ながら、片倉と接していた十河は動きを止めた。片倉も彼の視線の先に目をやった。 「誰や…。若いな…。」 アサフスの通用口からひとりの女性が出てくるのが見えた。片倉はすぐさま窓を開けて十河を手招きした。彼はそれに応じるように片倉が座る運転席側に身を寄せた。 「課長。あの女誰ですか。」 「わからん。アサフスってのは赤松剛志とその妻の綾、そして剛志の母親の文子の三人構成や。今日の昼ぐらいにトシさんとあそこ行ってきたんやけど、あんな女おらんかったぞ。ひょっとしてあれが綾か…」 「いや課長。ちょっと若くないですか。何かまだ学生みたいな雰囲気ですよ。」 「…確かに、そう言われてみればそうやな…。」 片倉は胸元からスマートフォンを取り出して、通りの向こう側を歩く女性の写真を撮影した。 「歩きか。」 「この近くにでも住んでるんですかね。」 片倉と十河は彼女の動きを観察した。彼女は携帯電話に目を落としながらそのまま大通りを歩いた。そしてしばらく歩いた先にあるバス停の前で立ち止まった。 「バスか。」 「アサフスは月曜定休。となると、あの女はアサフスに何かしら関係がある人物っちゅうことですか。」 「ああそうだろう。」 金沢という土地柄は車がないと生活に困る。何をするにしても車は必須の道具だ。金沢中心地、特に香林坊、武蔵が辻、金沢駅周辺ならば比較的公共交通機関の整備がされているので日常の足としてバスを利用するのは理解できる。しかし田上のように市街地から離れたところへバスを使ってわざわざ行くのは理解できない。普通の金沢市民ならば車を使って行くところだ。もちろんこの辺りには学生が多数いるので、それらの者はこのバスが大事な足になる。しかし彼女が訪れたのは定休日の花屋。ちょっと不自然だ。片倉はこの女性が気になった。 「十河。アサフスを頼む。俺はあの女をちょっとつけてみる。」 「え?課長、古田さんと合流は。」 「わかっとる。ちょっただけや。」 「わかりました。赤松はお任せ下さい。」 片倉はそう言うと車に乗り込んだ。そしてエンジンをかけ、再び彼女が佇むバス停を見た。 「何や?」 バス停の際にSUV型の車両が滑りこんで停車し、彼女を遮ってしまった。 「くそっ。」 彼女の姿を見失った片倉はすぐさま車を出して、彼女の姿が見える位置に移動した。 「知り合いか?」 女の前に停車したSUVの助手席に向かって、女はなにやら困ったような素振りで話している。 片倉はスマートフォンのカメラで今度はその車を撮影した。 彼女は何度か車に向かって手をふり、何かを拒んでいるようにも見えた。しかし間もなくその車は彼女を乗せてその場から走り去って行った。 「なんや男か?」 片倉はアクセルを踏み込んで、その車を追跡しようとした。しかし間が悪いことにバス停にバスが二台連なるように侵入してきて、客を乗降させはじめた。そのため後続の車はそれらをよけるため進路変更をする。無理矢理に入り込もうとする車もあるので、片倉はSUV型の車を見失ってしまった。 「あの女。何者や。」 何か引っかかる感覚に襲われた片倉であったが、そのまま彼は古田が待つ金沢銀行駅前支店へと向かってアクセルを踏み込んだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
72,12月21日 月曜日 17時23分 金沢銀行本店
72.mp3 「失礼します。」 ドアをノックしそれを開くと、そこには革張りの椅子に身を委ね、何かの雑誌を読んでいる加賀の姿があった。 「ああ山県支店長。お疲れさまでした。」 労いの言葉をかけた加賀は常務室の中央に配される応接ソファに座るよう、山県に言った。 「マルホン建設とドットメディカルの提携話をまとめてくれて助かりました。」 山県はソファに座り、何やら照れ臭そうな表情をして軽く頭を下げた。 「何を仰います。常務がドットメディカルに働きかけなかったら、こんな芸当はできませんよ。私のような一支店長の身ではまとめきれません。」 「ははは。」 「常務は一色と連絡は取れましたか。」 加賀は立ち上がって窓際に立ち、険しい顔をして外を眺めた。 「…いや。ダメだ。」 「…そうですか…。」 「…もうダメかもな…。」 山県は加賀の言葉には返事をせず両手で頭を抱えてうなだれた。 「警察が総動員であいつの行方を追っているが、手がかりが全くないそうだ。」 「…と言うと。」 加賀は振り向いた。 「あいつは俺がここに赴任する前、俺にこう言っていた。何かのことがあって連絡が途絶えたら、構わず役割を完遂してくれと。」 「…何か…ですか…。」 加賀は頷いた。 「はぁー。」 山県はまたもうなだれた。 その様子を見て加賀は横に座って彼の肩を叩いた。 「大丈夫だ、一色は必ず何処かで身を潜めている。だから望みを最後まで持とう。 なんてあなたには無責任なことは言えない。最悪の事態を想定するときだ。」 山県は返事をしない。 「止むを得ない。あいつは立派に戦った。だから俺らは俺らの役割を果たしてあいつの意思に報いよう。」 山県は両手で顔を何度かこすって面を上げた。彼の瞳には拭いきれない涙が湛えられ、顔は紅潮していた。 「常務…。この企ての終着地点は一体なんなんですか。」 「支店長…。」 「私はあいつが言っとった通りにマルホン建設の役員の総取っ替えをやりました。これであの会社は仁熊会と手切れができるでしょう。私の役目はこれで終わりです。この先、あの周辺の関係者の悪事が世の中に知れ渡って、相応の制裁が課せられなければなりません。この先には一体何があるんですか。」 加賀は切実な表情をする山県を直視できなかった。 「あいつは世直しのために自分の身を犠牲にしたんです。命ほど尊いものはこの世にはありません。その対価は一体なんなんですか。」 「支店長。全ては明日わかる。」 「明日?」 「明日、全てが終わる。」 「根拠は。」 「一色は言っていた。3日でケリをつけると。俺やあなたに決行の指令が出たときから今日で2日。」 「しかしあいつ自身が死んだ可能性がある今、その予定は有効だとは思えません。」 加賀は立ち上がって再び窓から外を見た。 「山県支店長。あなたは歴史に造詣が深いと聞いています。」 「常務。話をはぐらかさないで下さい。」 「死せる孔明。生ける仲達を走らす。という言葉をご存知でしょう。」 「死せる孔明。生ける仲達を走らす…。」 「希代の天才軍師を引き合いに出すのはどうかと思いますが、一色という男は負ける戦をしない男です。必勝のための二重三重の策をうって攻め込む男です。おそらくこうなることもあいつの中では織り込み済みだったんでしょう。」 「自分が害されることを覚悟の上でということですか。」 加賀は頷いた。 「彼は剣道を嗜んでいました。私も東京で彼とは剣を交えた中。その道に勤しんでいたので良く分かるんですよ。」 「どういうことでしょうか。」 「剣道の攻め方には先の先という攻め方と、後の先という攻め方があるんです。」 「先の先。後の先…。」 「先の先とは文字通り、相手の先を読んで機先を制する攻め方です。相手が行動を起こす前に打撃を与えるのです。一方、後の先というものは相手の動きを見てから、一瞬先に攻撃に出る。剣の世界では先の先がその精神性から尊ばれます。彼は今回のマルホン建設を取り巻く不正事件と恋人のレイプ事件を解決するために、先の先で準備をしてきました。しかし相手は一枚上手だった。彼の攻撃を察知した相手側は先先の先をついてきた。出ばなを突かれた形です。こうなると普通の戦いでは一本を取られ一気に劣勢に立たされます。」 「そうですな。」 「しかし先に一本取らせることもあいつの計算内だった。」 「と言うと。」 「後の先は先ほども言ったように、相手の動きを見てから行動に出ます。例えば相手が面を打ってくると瞬間に察知したとしましょう。これに対する有効打突は相手よりも早く面を打つか、それとも面を打つときにノーガードとなる小手を打つか、胴を抜くかです。このどれもが相手の行動の起こりを見て発動させる攻撃なので、気力、剣さばき、体捌き全てにおいて優っていなければ有効な攻撃たり得ません。」 時折、全身を使って剣道の攻守の様子を説明する加賀の様子を山県は食い入るように見つめた。 「ですから後の先というのは自分の実力というものを知らなければ、ただみすみすやられるだけの愚かな攻め方にもなるのです。しかし逆も言えるのです。自分が絶対に勝てるという必勝の形があるならば、その形に相手を引き込めば良い。」 「一色の必勝の形。」 「そう。それが今回の全方位攻撃だった。」 「全方位?」 「我々金沢銀行組はマルホン建設に対する当行の杜撰な融資体制の改革と同時に、当該先の経営陣刷新を進め、あの会社と反社勢力を切り離す。一方、検察では本多代議士と仁熊会との繋がり、過去の用地取得に関するインサイダー取引の立件。警察ではあなたの娘さんを犯した真犯人の検挙と今回の殺人事件の容疑者逮捕、真相解明です。」 「何ですって?」 「加えて、この事件の背景には警察組織の腐敗も含んでいるので、それはそれで監察方が動いている。」 「となると、常務はこの一斉攻撃の一翼を担うために、3ヶ月前に財務省からここに来たんですか。」 「そうです。」 「このためだけにですか。」 「…はい。」 「貴方は財務省、しかも主計局の主計官。キャリア中のキャリアと言われる部署にいながら、我が身を捨ててまで、こんな田舎の銀行に来たんですか。」 「ダメですか?」 「ダメではありませんが…何というか…言葉は悪いですが、変わったお人だと。」 加賀は失笑し山県と向かい合った。 「支店長。確かに私のような振る舞いは他人から見れば変人以外のなにものでもありません。何百億、何千億の金の配分を決定する、国家の中枢機関で絶大な権力を与えられた特権階級ですからね。とはいえ、この金は全て国民から頂戴した税金です。しかし、あの世界にどっぷり浸かっているとその感覚が麻痺してくる。極端な奴はこの金をあたかも自分のものであるかのように勘違いし始めるんです。私もかつてはそう勘違いした時がありました。」 山県は神妙な面持ちで加賀を見つめた。 「我々が国家の経済を支えている。我々の予算配分が国民ひとりひとりの生活を根底から支えている。一億二千万の日本国民を養っていると。」 「そうですか…。」 「ですが、ある時思ったんですよ。本当にそうだろうかと。」 「なぜ?」 加賀は黙り込んだ。 「どうしました。」 「…私の実家は地方のちいさな土建屋でね。ここがいわゆる下請け専門の会社だったんですよ。」 山県の顔つきが険しくなった。 「マルホン建設みたいな地元公共事業の元締めのような会社の孫請けだったんです。律儀すぎる父親でね。そこからの仕事が売り上げのほぼ100パーセントを占めていたんですよ。」 「ということはもしや。」 「そう。公共事業そのものが削減され、尚且つ工賃も切り詰められて会社は立ち行かなくなりました。そして父は首を吊ったんです。」 「それは…。」 「当時は銀行を憎みましたよ。晴れてる時に傘を貸して、雨が降ったらそれを取り上げる。その比喩がそのまま当てはまることをされたんです。銀行に親父を殺された。そう当初は思いましたよ。しかし、ちょっと頭を働かせればそれは言い掛かりも甚だしいことだと理解しました。私の実家が悪いんです。変な義理立てを建前に、現状脱皮から目を背けていたんです。一社に頼らない経営方法なんかいくらでもありました。しかし業界の縛りとか営業の非効率さとかを盾に一歩を踏み出さなかったんです。」 「そうですか。」 「私は思ったんです。自分の親すら支えることができないのに、国家予算の配分をして千人万人の生活を支えるなんて随分と傲慢だって。」 「そこで一色と話をしたというわけですか。」 「ええ。3年前でしたか。稽古で久しぶりにあいつと顔を合わせたんです。あいつの剣は随分と殺気に満ち溢れていました。一体どうしたんだと聞くと、あなたの娘さんのことを教えてくれたんです。」 山県はため息をついた。 「彼は私に力を貸して欲しいと言ってきました。金沢銀行に入り込んで、あの会社を中から変えて欲しいとね。そうすることであの会社も、マルホン建設も膿を出すことができる。そして悪事を世間に詳らかにすることで、当事者に制裁を与えることができるってね。でもね、正直困ったんですよ。せっかく手に入れた特権的な階級を放り出して、何かに尽くすってのはどうなんだって。自分の仕事は本当に世の中に貢献しているのかわからないって言ってるくせに、実のところは現状の変化を望まない自分がいたんです。」 「そんなあなたが何故。」 「仲間です。」 「仲間?」 「そう。剣道仲間に一色とは別の警察官僚がいましてね。こいつが一色の呼びかけに応じるって言うんですよ。あとね、検察官もいましてね。こいつは一色と大学で同期のやつで、これまた真実を闇に葬るのは我々の仕事で無いと声を上げるんです。彼らは司法側の人間ですから、良心に従って真実を求めて動くってのがよくわかる。ですが私は金の世界の人間です。彼らの息巻く姿をちょっと引いた目で見ていました。私は彼らに聞きました。なぜ、そこまで親身になれるかと。すると逆にこう質問されました。」 「どんな?」 「船が沈没して、幸いわたしは救命ボートに乗ることができた。辺りには溺れて助けを求める人たちがいっぱいいる。しかしボートの定員はあと3名。それ以上の人間を載せるとこれも沈んでしまう。そうなったら私にどうするかとね。支店長。あなたならどうします?」 加賀の問いかけに山県は戸惑った。 「…自分の家族を探して、それを救出します。」 「私もそう答えました。しかし、救命ボートには様々な人たちが乗り込んでいます。既に家族を失った者。素行の悪い者。大金持ちの者。老人。子供。はたまた誰かを突き落として、自分に利する人間を載せようとするもの。そんな中で、自分の家族を最優先で載せるというのは不可能に近い。」 「確かに…。しかしどうするでしょうか。」 「辺りを見回してみれば、遠くの方に自分の家族がいるが、向こうの方まで行ったところで、たどり着いた時には彼らはこと切れているかもしれない。いま自分が置かれた状況でできることは目の前の命を救うということだけなんです。手を差し伸べれば助かる命が目の前にある。それならば一番近くの人から助けるべきでしょう。」 「救いを求める者に軽重はないということですか。」 加賀は頷いた。 「主計官は政策にプライオリティをつけて、軽重を判断するのが仕事です。しかし一色が私の前に突き出したのはその真逆のことでした。利害なしの人間性そのものを試される事案だったのです。だから私は彼の申し出に一歩引いてしまったのです。しかし、仲間は違った。彼らは己の良心のみに従って、行動することを決意した。ここで父の姿が頭をよぎりました。」 「お父さまですか。」 「父はいざという時に何もしませんでした。だから、会社が立ち行かなくなり自殺をするハメになった。私もそれと一緒なのではないかとね。自分は目の前で救いを求める人間に目を背けるが、周りの人間がなんとかしてくれると、根拠のない期待を持っているのではないかって。」 「そのあなたが逡巡する様を見た仲間が、実際の行動を見せることであなたを動かした。」 「そう。」 「仲間の行動があなたの背中を押した。」 「一体誰がどういった形で、我々が組む予算というものの恩恵をこうむっているか分からない。しかし、目の前にある課題は私の行動如何でその結果が明らかになる。しかもそれはひとりの男の救いになる。これが決め手だったんです。」 「なるほど。」 加賀はため息をついた。 「私がこの銀行に天下ってきたのはこういった経緯があったんですよ。それを全て汲んでくれたのが、前田頭取です。」 「頭取ですか…。」 「支店長。おそらく一色はもうこの世にいない。だからと言って、この計画を頓挫させる訳にはいかないのです。まだ我々のやることは残っています。」 「…何でしょうか。」 「自分の実家であるマルホン建設と結託し、仁熊会という反社会勢力に湯水の如く融資し、当行の社会的信用を失墜させた張本人の背任を告発します。」 「刑事告発ですか。」 「常務〓︎」 常務室の扉をノックもせずに入り込んで来た男がいた。融資部長の小堀である。彼は血相を変えて息を切らしていた。 「どうしました。」 「専務が…。」 「専務?本多専務がどうしました?」 「あ…あ…。」 「小堀さんどうしたん?」 「自殺しました…。」 加賀と山県はお互いを見合って絶句した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
71,12月21日 月曜日 16時58分 金沢北署
71.1.mp3 「俺がですか?」 捜査本部の隅で携帯電話を手で覆うようにひそひそ声で話す岡田の姿があった。 「…わかりました。で、俺はどこに行けばいいんですか。」 岡田は部屋の壁に向かってボソボソと話し、電話を切った。 「誰だ?」 背後から声が聞こえた。岡田が振り返るとそこには松永がいた。 「り、理事官。」 「こそこそやってんじゃねぇよ。」 そう言って松永は岡田の腕を掴んだ。 「おい。お前らこいつみたいにこそこそやってたらただじゃ済まさんぞ。」 松永は岡田の腕を決めて彼に膝を付かせた。 「お仕置きだ。こっち来い。」 松永は岡田をしょっぴくように捜査本部から出て、別室に彼を連行した。 別室に入るなり松永は掴んでいた手をそっと離した。そして岡田に席に着くよう指示を出した。 「片倉か。」 「はい。」 「奴は今どこまで進んでいる。」 「はい。片倉課長はアサフスの張り込み、古田警部補は金沢銀行の張り込みといった具合です。」 「なぜ張り込む。」 「佐竹と赤松の身の安全を確保するためかと。」 「そうか。」 松永は突如として部屋にあるテーブルや椅子を壁に向かって投げつけた。そのため大きな物音が部屋中にこだました。 「ばかやろう〓︎クズが何やってんだ〓︎おめぇのような奴がいると全体の士気に影響が出るんだよ〓︎」 「申し訳ございません〓︎」 「何度言えば分かるんだ〓︎俺はな、隠し事をする奴が一番嫌いなんだよ〓︎」 「理事官…申し訳ございません〓︎この通りです〓︎ぐはっ…」 こっそりと二人の後をつけて部屋の外から聞き耳を立てていた関は、突然鳴り響いた怒号と物音に身をすくめた。その様子が部屋のキャビネットに潜ませた監視カメラのモニターに映し出されていた。 「あのなぁ。腕の一本や二本折らないとわかんねぇのかな。」 「やめて…下さい…。」 「オラァ〓︎」 「うぎゃあああああ〓︎」 室外にこだまする岡田の悲鳴に関は顔を背けて、その場から立ち去った。それをモニターで確認し、二人は続けた。 「おらぁ〓︎これでもか〓︎これでもか〓︎」 「すいません〓︎助けてください〓︎」 お互いが笑みを浮かべながら怒号を発する様は、誰かが見れば何かのコントをやっているようにも思える滑稽さだった。 「行ったな。」 「はい。」 二人は笑いを堪えた。 「この通りだ。関は何かと俺に探りを入れてくる。俺はあくまでも気が狂った捜査官。これを通さないと全部がぱあだ。」 「心中お察しします。」 岡田は今にも吹き出しそうな表情で松永に答えた。 「で、お前はこれから何をやる。」 「古田警部補の車を金沢銀行まで届けます。」 「そうか、しかし、片倉と古田の2人であの2人の身の安全を図るってのはちょっと無理があるな。」 松永は携帯電話を取り出してどこかに発信した。 「お疲れさまです。松永です。…ちょっとお力を貸して頂きたいんですが。…ええ、あと少しです…。ええ…はい…。腕っ節の強い素直な人員をよこしてくれませんか。もちろん秘密を守ることができるあなたのお眼鏡にかなった人員です。…警備部ですか…。警備部もあっちの息がかかった奴がいると思うんで…ちょっと…。ええ、はい…。ああ…そうですか。なるほど…。わかりました。ではそのようにさせていただきます。ええ…それじゃあ十河にはそちらからお伝えください。こちらはこちらで対応します。」 こう言って松永は電話を切った。 「岡田。頼まれてくれないか。」 「なんですか?」 「古田の代わりに佐竹の警護をしてくれ。」 「は?」 「古田と片倉には捜査を詰めてもらわないといけない。あいつらが警護をやっていると身動きが取れなくなる。だから、あいつの車を渡す時にそのことを古田に告げてくれ。」 「は、はい…。しかし、誰からの命令でと言えばいいんでしょうか。」 「本部長と言っておけ。」 「本部長って、朝倉本部長ですか?」 松永は呆れた顔で岡田を見る。 「お前らの本部長は朝倉本部長以外に誰がいるって言うんだ。」 「まさか、今の電話は…。」 「そうだよ。朝倉本部長だよ。」 「本部長もご存知なんですか。理事官のこと。」 松永は頷いた。 「いいか岡田。今が踏ん張りどころなんだ。明日の朝にはガサを入れる。それまで耐えてくれ。」 松永はこう言うとモニターに目をやった。関が再び様子を伺いに来たようだ。松永は岡田を見ると彼は頷いてその場に横たわった。 「失礼します。」 関がドアを開くと息を切らして髪を振り乱した松永が目の前にあった。視線を落とすと彼の足元にうずくまって唸っている岡田がいた。関は岡田のそばに駆け寄って彼の身を起こした。 「せ、関さ…ん…。」 岡田は酷くえづいた。 「おい、しっかりしろ〓︎」 「ああ、関…。こいつはダメだ…。こいつは今後、出入り禁止だ…。」 「り、理事官…ちょっと…やりすぎでは…。」 「ああぁん〓︎」 松永の凄まじい形相に関はたじろいでしまった。 「お前、いまビビったろ。あ?ビビったろ〓︎」 詰め寄る松永に関は腰を抜かしてしまった。 「そんなだから熊崎からロクな情報も引っ張れないんだよ〓︎」 この松永の叱責に関の動きが止まった。 「何だ関。」 「お前のせいだ…。」 「あ?」 「お前のせいだ松永〓︎」 岡田をそっと横にした関は立ち上がって松永に詰め寄った。 「あんたのせいで俺は捜査から外された。」 「は?」 「仁熊会に聴取に行ったせいでお呼びだしですよ〓︎」 松永は首を傾げた。 「お前なに言ってんの?」 「俺の人生ももう終わりだ…。」 「おいおい、どうしたんだよ関。」 「さっき察庁から連絡がありました。」 「何て?」 「捜査は県警に任せて我々に撤収せよと。」 関のこの言葉を受けて松永は密かに口元を緩めた。 「本日18時をもって察庁スタッフは撤収。以降、朝倉本部長が指揮を取ります。」 「…俺もか?」 関は歯を噛み締めて拳を握りしめた。 「いえ…松永理事官は朝倉本部長の指揮の下、引き続き帳場で捜査されたしとのことです…。」 「そうか…。」 松永はそう言うと関の肩を軽く叩いた。 「お疲れさん。」 「何でですか…理事官…。何で、俺が外されるんですか…。」 関の肩越しに松永を見ていた岡田は唖然とした表情で2人を見ていた。 「お前が宇都宮の間者だからだよ。」 「な…。」 「心配すんな。お前に直接的なお咎めはない。お前みたいなエリート官僚はエリートらしく本庁で背広着て仕事してろ。」 「あ…。」 「でもな、派閥抗争に肩入れすんのはよろしくねぇぞ。警察ってのは常に公正中立の立場にたって行動せねばならん。まぁお前も運が悪かったんだ。何かとちょっかいを出す宇都宮なんかに気に入られちまったからな。」 「り、理事官…。」 「でもな、そこで断る勇気が必要だった。会津神明館にもあるだろう。ならぬものはならんって。法も大事だが、その立脚するところの個人の良心ってもんに従う従順さをお前は見失った。そうなったら警察はお終いだよ。」 関は言葉を失った。 「人間誰しも強いものには弱い。それは何故か分かるか。」 「…い、いえ…。」 「相手が強いから自分が弱いんじゃない。自分が弱いから相手が強く見えるんだ。」 「自分が弱い…。」 「だから自分を強くもたなければならない。その強さの源泉はすべて意思からくる。」 「意思…。」 「お前には意思が足りなかった。だから宇都宮の圧力に屈せざるを得なかった。」 松永は自分に携帯を取り出してその中にある一枚の写真を表示し、関に見せた。 「こ、これは…。」 「大きな荒波が打ちつけてもびくともしない意思を持つのは並大抵の人間にはできない。しかしそれを実現させる重要な要素がある。」 関は松永から手渡された携帯電話を持って、その写真を食い入るように見た。岡田も横からそれを見た。彼も関同様、衝撃を受けた様子だった。 「仲間だ。」 表示される写真には松永と方を組んでいる複数の男たちがあった。松永の隣には一色の姿があった。 「年齢こそ違うがあいつは友だ。あいつが連続殺人を行うなんてあり得ない。俺はそう確信している。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
70,12月21日 月曜日 15時40分 本多善幸事務所
70.mp3 「村上は外出中です。」 「何処に?」 「わかりません。しばらく戻らないと言って出て行きました。」 「分かりました。失礼しました。」 古田と片倉は急ぎ足で事務所を後にし、素早く車に乗り込んだ。エンジンをかけた片倉は切り出した。 「やっぱりあいつ。なんか知っとるぞ。」 「行き先も告げんと外出。俺らが来るのをどっかで察知したな。」 片倉はヘッドレストに自分の頭を預けた。 「なぁトシさん。マルホン建設と仁熊会、警察上層部って言う構造的なものよりも、この村上っていう男の存在が一色の捜査に二の足を踏ませたんじゃねぇのか。」 「高校時代の同期やしな。」 「しかし、こうも高校時代の交友関係が尾を引くもんかな。」 「いや普通ない。」 「今も頻繁に連絡を取り合っとる親密な間柄ならわかっけど、そうじゃねぇやろ。」 「おう。佐竹と村上は今も親交があるが、他の連中は疎遠やしな。」 「そんな関係で一気に繋がりが出てくるもんかなぁ。」 古田はしばらく考えた。 「ひょっとすっと、俺らには計り知れん何か特別な人間関係があるのかもしれん。」 「特別な人間関係?」 「鍋島は残留孤児三世。あいつの母親は高校入学後しばらくして中国に戻ってしまい、祖父母と生活することになる。年老いた祖父母が生活を支えるほどの稼ぎができるわけもなく、鍋島は働きながらギリギリの生活や。しかしそんな中でも鍋島はちゃんと卒業し、部活じゃインターハイで優勝さえしとる。こんな大変なこと、並の人間にできることじゃねぇ。きっとその剣道部の連中の支えもあったはずやろう。」 「なるほどな。」 「ほやから、あの五人の中には俺らには分からん絆みたいなもんがあると思うんや。」 「確かにトシさんの言うとおりや。しかしその深い絆によって結ばれた男たちが、どこでどう転んだか対立関係になった。」 「全ては六年前の熨子山の事故に見せかけられた事件からくる。事件の背景にはマルホン建設と仁熊会。それに警察が絡んどる。そしてその事件で消された人物が赤松忠志。この時、赤松家と接触しとったのが鍋島やった。」 「どうして鍋島がむかし世話になった家とこんな形で接点を持つようになったんやろうか。」 「ほうやなぁ、鍋島って奴の正体はよくわからんが、仁熊会の人間じゃない。それだけははっきりしとる。」 「とするとフリーの便利屋か。」 「まあそんなとこかな。」 「ほうやからって仕事を請け負うか請け負わんかはあいつ自身が決めることやろ。なんでそんな胡散臭い事件の交渉窓口なんてもんをあいつは請け負ったんや。」 「わからん。わからんが、村上ならそのことを知っとるかもしれん。」 片倉は眼前の本多事務所を眺めた。 「マルホン建設、仁熊会、県警を握る本多善幸。その地元担当責任者、村上隆二か。」 「六年前の熨子山の事件のステークホルダーに共通して関わりを持つのが本多善幸。その選挙区担当秘書が当時の事件の事情を知らんってことはないやろう。ひょっとすっとこいつ自身が鍋島の発注元なんかもしれん。」 「村上が鍋島を使って、忠志の口を封じさせようとしたが、上手くいかんくて口封じのために殺したか。」 古田は腕を組んだ。 「片倉。あの五人の間には俺らには分かりきれん何かがある。そいつがせめてもの罪滅ぼしっちゅうことで、再び500万の現金を赤松の家に送りつけさせたって考えられんか。」 「なるほど。結果的に友人の家庭を巻き添えにしてしまった詫びってことか。」 古田は頷いた。 「そうなるとあいつにはちょっとは良心ってもんがあるってことになるか。」 「まぁあくまでも仮定の話やけどな。」 「しかし村上を黒幕に据えると話がうまいこと展開するな。」 「ああ。4年前の病院横領殺人事件もガサ入れ情報を何処かで入手した村上は、鍋島を使って証拠をでっち上げた。仁熊会の直接的な関係者ではない男のため警察はマークが薄かった。その後、一色がマルホン建設、仁熊会、警察の関係性をある程度把握。その事実がまた警察内部の何処からか漏れて村上の耳に入り、穴山と井上っちゅう仁熊会の下っ端を借りてあいつの交際相手をレイプ。」 「なぜそこまでの徹底した対応を村上がしたか。」 「一色の行動は警察上層部のタブーだけじゃなく、マルホン建設とか仁熊会、お役所、そして間に入っとる金沢銀行の全ての闇の部分が、世の中の耳目にさらされる事態に発展する恐れがあった。」 「トシさん。金沢銀行もか?」 「ああ。金沢銀行の専務は本多善幸の弟の慶喜っちゅう奴なんや。ワシは二課やさかい、金関係の情報は入ってくる。この金沢銀行の慶喜は20年前にベアーズに確かでけぇ金を融資しとった筈や。この実績がもとで慶喜は今の専務の地位に登りつめたと言われとる。」 「金沢銀行っていうと、佐竹の勤務先やがいや。」 「ほうや。金沢銀行は佐竹。警察は一色。マルホン建設は間接的に村上。仁熊会も間接的に鍋島。これらの結びつきを何らかの形で発見したのがアサフスの忠志であり、その息子は赤松剛志。佐竹・一色・村上・鍋島・赤松の五つが線を作って結びつく。」 「全部繋がった…。」 「片倉、話を元に戻すぞ。これらの関係が世の中に知れ渡ることで直接的に損するやつは誰や。」 片倉はしばし考えた。 「村上や。マルホン建設を出身母体とする本多善幸の秘書。村上隆二や。」 「ほうや。」 「あいつは本多善幸の選挙区担当秘書。本多が政治家である限り、あいつの手となり足とならんといかん。しかしスキャンダルがきっかけで雇い主が政治家でなくなったら秘書として失職するのはおろか、その後の人生も大きく狂うことになる。その逆も然り。」 「そうやな、うまいことすれば働きぶりが評価されて、次期選挙の有力候補者にすらなれる。ハイリスクハイリターンってやつや。」 二人はお互いを見合った。そして古田は続けた。 「自分の目的を達成するために友人の父親を謀殺し、さらに病院事件の証拠をでっち上げる。」 「そしてその真相を暴こうとした友人の恋人を反社会勢力の末端の人間を利用してレイプさせ、操作を撹乱させた。」 「さらにそれでも矛先が鈍らん一色を連続殺人事件の容疑者にしたてあげる。」 「手段を選ばん男や。高校の同期の鍋島を使って、同じ高校の同期を嵌める。」 「やばい。やばいぞ片倉。そうやそれなら今までのこと、辻褄が合ってくる。」 「村上がそういう人格の男だとすれば…。」 片倉は目を瞑った。そして独り言を呟き始めた。 「俺は目的を達成するためには手段を選ばん。俺に不利益をもたらす存在はどんなことをしても消す。そうだ。それが例えどんな繋がりがあろうとも…。」 片倉はハッと目を開いた。 「トシさん。」 「なんや。」 「佐竹と赤松が危ない。」 片倉はそう言うとアクセルを踏んで勢い良く車を走らせた。 「村上がそんな男やとすっと、次は佐竹か赤松を狙うはずや。マルホン建設とか仁熊会は組織的な繋がりがあっから、口裏合わせも容易や。ほやけどただの友人は利害関係なし。素の人間関係や。こいつらは警察に過去のことをべらべら喋る可能性が高い。ほやから何とかしてここを口封じさせんといかん。」 「まさか、村上が佐竹か赤松を殺すとか。」 「あいつには鍋島がついとる。その気になれば同時に2人を消すことができる。」 「わしらが同時に佐竹と村上を聴取したように、せーのでって事か。」 「おう。まずい。」 「よし片倉、俺を金沢銀行で降ろせ。お前はこのままアサフスに行け。張り込むぞ。」 「わかった。トシさん。」 「本当なら警備部に依頼すればいいんかもしれんが、マルホン建設と仁熊会が絡んでくるんなら、上層部にはあんまり情報が漏れん方がいい。」 「トシさん。上層部とその関係やけど…。」 「おう。」 「本部長はどうなんや。トシさんなんも知らんがか?」 「…あの人は大丈夫やろ。」 「本当か。」 「ああ、あの人はああ見えて刑事魂の塊みたいなお人や。そうでもせんとわしらにこのヤマを独自でやれって言わんわ。それにわざわざ俺らと検察を合わせるような事もせん。むしろあの人よりも、取り巻き連中の方が用心せんといかんわ。」 片倉は俊敏にそして軽快に車を走らせる。 「おそらく、本部長は何か知っとる。何か知っとるからこそ、事件発生直後にワシに電話をかけてきた。察庁の意向を無視して記者会見したり、松永とは別に捜査しろって指示を出すとか県警タブーを引きずる男がすることじゃねぇわ。」 「そうやな。」 「本部長は本部長でサツとしての筋を通したいんやろう。」 そうこうしている間に、車は金沢銀行駅前支店についた。時刻は16時40分をまわっていた。古田はすぐさまシートベルトを外した。 「トシさん。これからどうする。」 「わしは佐竹と接触する。あいつは今晩空けてあるはずやから、先ずは朝の続きを聞き出す。その後は佐竹自身が自宅へ安全に帰るまで見届ける。」 「じゃあ俺もトシさんと同じように赤松を見張るわ。」 「片倉。気を抜くな。何かあったらすぐに連絡しろ。」 「わかった。」 「そうや。」 そう言うと古田はズボンのポケットから鍵を取り出した。 「お前、岡田に言って俺の車をここまで持ってくるように言ってくれんか。」 「岡田にか?」 「俺は身動きが取れん。ほやから俺ん家から俺の車を持ってきて欲しいんや。」 「わかった。トシさんも気をつけろや。」 古田は車から降りて片倉と別れた。そして彼は眼前の金沢銀行駅前支店が入居するビルを仰ぎ見た。築年数は30年と言ったところか。古ぼけたビルであるが、金沢銀行がテナントで入る一階部分だけは真新しい作りである。その金沢支店のシャッターは閉められていた。15時を回った銀行はATMコーナーだけが開かれ、そこにだけが近隣で働く者たちを定期的に吸い込んでいた。 「金沢銀行か…。」 古田はそう呟いて、道路を隔てて向かい側に建つホテルの一階にある外の様子が見える喫茶店へと足を進めた。ここならば金沢銀行の人の出入りが手に取るようにわかる。 「一色よ。お前は今、何処におるんや。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
69,12月21日 月曜日 14時50分 フラワーショップアサフス
69.mp3 「いいか。絶対に何とかしろよ。おめぇだけじゃねぇんだ。長官にも先生にも迷惑がかかる。」 こう言ったそばから運転席の窓をノックする音が聞こえたため、村上は電話を切って窓の外に目を向けた。そこには見覚えのある笑顔があった。村上はドアを開けて男と向かい合って立った。 「久しぶりだな。赤松。」 「やっぱり村上か。」 「おう村上だ。」 「お前何しとらん、こんなところで。」 「いや…ちょっとな…。」 「こんなところやと何やし、うちにでも寄ってけ。」 「いや、ここでいい。」 「何言っとらん?水くせェな。」 「あぁ、じゃあドミノでってのはどうだ。」 「ドミノ?はははは。」 赤松は頭を掻いて笑い出した。 「何だよ。」 「すまんすまん。いやな、ここ2日ほど俺はドミノばっかりなんやわ。」 「何で。」 「あの事件があったから。」 「そうか…。」 「で、お前何かわかったんか。」 「は?」 「佐竹から聞いたわ。お前ら今も随分と仲がいいそうやな。あいつはどっちかって言うと一色は他人のようなものだから、無視しときゃいいってスタンスみたいやったけど、お前は違えんろ。」 村上は佐竹から赤松と接触したことは聞かされていなかったため、この発言を受けて戸惑った。 「違うが?」 「…遠くない。」 「なんねん。そのはっきりせん言葉。」 「あいつ…お前に何話してたんだ。」 凍てつく風が2人に吹きつけた。そのため赤松は身をすくめた。 「暫くなら時間が取れる。ウチに入ってくれ。風邪引くぞ。」 「…いや、ここでいい。赤松、車に乗れよ。」 「何やいや。ウチの母さんも喜ぶぞ。久しぶりの村上やしな。お前、ウチに来ていっつもゲームしとったいや。母さんもたまにお前のこと気にかけとれんぞ。」 「すまない。ちょっとそんな気分じゃないんだよ。」 村上は文子のことを話す赤松と目を合わせずに、赤松に車内に入るよう促した。赤松は勧めに応じて助手席に乗り込んだ。 「おーこれいい車やね。」 「そうか。」 「お前、本多の秘書やっとるんやって?佐竹から聞いたぞ。」 「あ、ああ。」 「いつから?」 「…そうだな…もう12、3年になるか。」 「大変ねんろ。政治家の秘書って。」 「まあな。」 「でもその分、稼ぎもいいんやな。こんな車乗れるんやし。」 「何言ってんだ。お前は社長。俺はただの雇われリーマン。泥水すすりながら地べた這いつくばって、その日その日をなんとか生きてる底辺だよ。これは精一杯の背伸び。俺はおまえの足元にも及ばない。」 「おいおいなんだなんだ。お前ってそんなに謙虚な男やったっけ?」 「え?」 「はっはーやっぱり政治家の秘書って奴は、誰にでも謙虚に接さないといかんげんな。」 村上は苦笑いした。 「赤松さ。佐竹と何話したんだ。」 「どうした?喧嘩でもしたか。」 「いや、喧嘩ってほどのことでもないけどちょっとな…。」 「お前も変わらんな。昔っからお前は佐竹と喧嘩すると、こっそりあいつの情報を聞き出す癖がある。今でもそうねんな。」 「俺にそんな癖なんかあったか?」 「あるある。」 「マジか。」 村上は天井を仰ぎ見て両手で顔を覆った。その様子を見て赤松は笑い出した。 「やめてくれ。そんなに俺変わってないか。」 「ああ、見た目はパリッとしたやり手のサラリーマン風やけど、話すと昔と何にも変わっとらん。」 「そうか…。」 こう言って村上は暫く両手で顔を覆う体制を保った。 「佐竹はな、怖いんや。」 「なんだそれ。」 村上は何度か顔を両手でこすって、赤松と顔を合わさずに窓の外を眺めながら受け答えをした。 「熨子山の事件は一色の犯行やって言われとる。あいつとは高校の同級やけど疎遠な間柄。ほやから他人やって決め込みたい。けど一応、一度は同じ釜の飯を食った間柄。何かの拍子であいつも事件に巻き込まれそうな感じがして不安で仕方がないんや。ほやからお前とちょっとした口論にもなった。」 「不安か…。」 「分からんわけでもない。俺も去年の6月にあいつと会っとっしな。他人事とは思えん。」 「何だって?」 「俺の親父の事故死のことを母さんに聞きに来とったようねんわ。」 「そ、そうだったな…お前の父さんは事故で亡くなったんだったな…。その時は弔問にも行けずにすまなかった。」 「いいよいいよ。北高の連中は誰も来てない。事故やしひっそりと内輪で葬式してんわ。」 村上は再度赤松に向かって済まないと頭を下げた。 「やめてくれま村上。別にお前が悪いわけじゃねぇやろ。」 「…そうだけど。」 「ただな…。」 「なんだ?」 「お前、鍋島のこと知らんけ?」 「鍋島?」 「ああ。」 「鍋島がどうかしたか?」 「…いや、知らんがやったらいい。」 「まてよ赤松。どうしたんだよ。」 「いや、いい。」 赤松はこのことは忘れてくれと言って話を続けた。 「容疑者はかつての友人。殺された女の子はウチで昔バイトしていた子。まぁ俺のウチはいま大変なんやわ。」 「なに?」 「ほら、殺された中に桐本って子おったやろ。あの子、むかしウチでバイトしとった近所の子ねんわ。」 「な…なんだって…。」 「ほんと訳がわからんくなる。そこに来て事件の聞き込みって警察も来るし。」 赤松は村上を見た。彼の顔からは血の気が無くなっていた。 「おい、どうした。村上。」 「あの娘が…赤松の…。」 「おい大丈夫か、村上。」 「まさか…何てことだ…。」 「おいしっかりしろ〓︎」 村上は身体を震わせ始めたため、赤松は即座に彼の身体をさすった。そして何度か大きな声で彼の名を読んだり、頬を平手で叩いた。しかし彼はそのまま気を失ってしまった。 うっすらと開いた目の前には和風の飾り付けがされた照明器具が見えた。この瞬間、村上は自分が仰向けになって寝ていることに気がついた。彼はゆっくりと身を起こした。畳敷きの部屋に布団が敷かれ、その上に自分は毛布と羽毛ぶとんをかけられて横にされていたことに気づいた。 「あっ気づいたんですね。」 声をかけられた方向に彼は体を向けた。そこに座っていた若い女性は襖を開けて誰かを呼んだ。しばらくして奥から赤松と文子が部屋に入ってきた。 「ここは…。」 「俺のウチや。」 「村上君、大丈夫?」 「俺は…。」 「お前疲れとるんじゃないが。車の中で震え出したと思ったら急に気絶してん。」 村上は自分の前に座る赤松と文子の顔を呆然として見た。 「村上君。久しぶりやね。何年ぶりかねぇ。ゆっくり休んでってね。」 「お母さん…。」 村上は文子の顔を見て我を取り戻した。そしてすぐさま左腕を見た。しかしそこにはいつも身につけている時計はない。 「ああっこれ。」 山内が部屋の隅に置かれていた腕時計を手渡してくれた。 「ありがとう。」 村上は時計を見た。 「4時〓︎」 彼は即座に立ち上がった。 「おいおい。大丈夫か。急に動いたらまた倒れるぞ。」 「すまん。俺といったら仕事中のお前に迷惑をかけてしまって…。」 「心配せんでいいわ、村上君。ウチは月曜定休なんよ。」 文子が笑顔で答えた。 「そうですか…。」 村上は山内の顔を見た。彼と目があった山内は頭をたれた。村上は赤松の方を見て言葉をかけた。 「奥さん?」 「ははっ。こんな若い娘が?」 「まさか…娘さん?」 この村上の言葉にその場にいた一同が声を出して笑った。 「そんなわけないやろう。バイトやってバイト。」 「バイト?」 「そうバイト。」 「って、今日は休みなんじゃ…。」 「ああ、休みやけど仕事熱心な娘でね。休みのときも普段片付けられない仕事をしにときどき出とるんやわ。」 「そうなんだ…。」 「ウチのカミさんはちょっと具合が悪いから今は休んどる。」 「すまん。本当にすまなかった。」 村上は皆に向かって深々と頭を下げた。下げた頭を上げると部屋の隅にある仏壇が目に入った。そこには忠志の遺影が置かれていた。 「お父さん…。」 村上はおもむろに仏壇の前に座った。そして合掌した。 「すいませんでした。」 彼はこう言って忠志の遺影に向かってまたも頭を下げた。 「おいおい。何でお前が親父に謝るんだよ。」 「そうやわぁ、お父さんも村上君の顔見れて喜んどるわよ。」 これには村上は返事をしなかった。彼はただ黙って忠志の遺影を見つめていた。 携帯電話が震える音が聞こえた。どうやら山内のものからによるもののようだ。彼女は部屋を出て行った。 「本当にお世話になりました。」 「ゆっくりしていけばいいんやよ。」 「すいません。僕も仕事中ですんで。」 「また来いや。」 赤松がかけたこの言葉には村上は笑みを浮かべるだけだった。 村上は部屋を出た。廊下には携帯電話も持ってメールを打つそぶりを見せる山内がいた。 「ありがとう。」 「あ、いえ…村上さんもがんばって下さい。」 「え…俺も?って…」 「村上さんって佐竹さんとお友達なんですよね。いくつになっても仲が良い関係っていいですね。」 「佐竹…か…。」 見送りのため廊下に出た赤松は、この村上と山内のやりとりを見て笑みを浮かべた。 「村上、あんまりこの娘にちょっかい出すんじゃねぇぞ。」 「何だよ。そんなんじゃねぇよ。」 「その娘に何かしたら、それこそお前佐竹と大変なことになっしな。」 村上は山内の顔を見つめた。村上にとっても魅力的な容姿をしている彼女は、顔を赤らめて俯いてしまった。その彼女の初心な仕草を見て村上は微笑んだ。 「君、名前は。」 「…山内です。」 「そっか。頑張れよ。」 そう言って村上はアサフスを後にした。自分の車に乗ってアサフスがバックミラーから消えるのを確認して、彼は独り言をつぶやいた。彼の表情は浮かないものだった。 「あの熨子山の女が赤松の家と関係があったのか…。」 「…あの家にはまた、申し訳ないことをしてしまった。」 「警察は赤松のところまで来ている。」 「毒を食らわば皿まで…か…。」 何か覚悟を決めた顔つきで村上はコーナーを曲がった。 「それにひきかえ佐竹の奴、なに浮かれたことやってんだよ。」 村上の表情は豹変し、不敵な笑みを浮かべた。 「山内ね。こりゃあいいネタになるな。」 彼はアクセルを思いっきり踏み込んで、高らかに笑いながら車を走らせて行った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
68,【後編】12月21日 月曜日 15時45分 金沢市街
68.2.mp3 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
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オーディオドラマ「五の線」リメイク版
68,【前編】12月21日 月曜日 15時45分 金沢市街
68.1.mp3 佐竹は当てもなくただ社用車を走らせていた。 「どこで知り合ったんか分からんが、俺に紹介したいって連れてきたんや。」 「は、はぁ。」 「何でも警察キャリアの大層おできになる男みたいでな。なんか鋭い目つきで眼鏡かけとっていかにもって感じで、俺は正直好かんかったんや。でも、久美子がやたらあいつの事を庇うっていうか、持ち上げるっていうか、何しゃべるにしてもあいつの事を会話の中に入れてくるんやて。ほんで、こりゃあ相当惚れてしまっとるなと思ったんや。」 「そうですか…。」 「カミさんにもあの男どう思うって聞いたんや。あいつは相手が公務員なら間違いないっちゅうて久美子の援護をする。まぁひとりの成人した女がこの男がいいって言い張るんやから、俺がダメ出しするこっちゃない。そんなこんなで婚約したんや。あの写真はその時のやつや。」 佐竹の運転する車は金沢港に近くにあった。山県はそこの適当なところに車を止めるよう指示を出した。 「変に頭がいい奴っちゅうのはコミュニケーションの部分でどこか難があったりすっけど、別にそんなこともない。何回か話すと初めは取っ付きにくい感じの男やと思っとったけど、自然と慣れてくる。いつの間にか時々俺とサシで飲みにも行っとった。ほやけど、俺の中には何か引っかかるもんがあったんや。」 「引っかかるもの…ですか…。」 「そう…。あいつが警察やってところや。」 山県はポケットに手を突っ込んでその中をまさぐった。彼が取り出したのは捻り潰した空のタバコのケース。佐竹はそれを見て自分のものを差し出した。山県は受け取りを躊躇った。 「大丈夫です。ストックはありますので。」 そう言って佐竹は後席のカバンからもう一箱のタバコを取り出して見せた。山県はすまんと言って佐竹から一本拝借し、それに火をつけた。 「ふーっ。やめようと思ってもそんなに簡単にいかんな。」 「支店長にタバコやめられたら、俺と次長の肩身が狭くなるじゃないですか。」 「そうやな…。」 山県は左手で自分の頭を掻いた。 「警察ってのは危険な仕事や。俺はその時までは一色に何かの事があれば、久美子が悲しい目に遭う。そればっかりを気にしとったんや。」 山県は黙りこんだ。何かを考えている様子だった。 「俺はだらやった…。何がなんでも久美子にあいつを諦めさせるべきやった…。」 連続殺人事件の容疑者が自分の娘の婚約者。山県の世間的な対面もそうだが、彼自身の娘を思う心情を考えると、佐竹はかける言葉を見出せなかった。 「久美子は犯された。」 「え…?。」 「俺はだらや。警察なんて仕事しとったら、下手すればその周辺も巻き添いに遭うかもしれん。ほんなことにも気が付かんかったんや。」 山県は悔しいというか不甲斐ないというか、えもいわれぬ複雑な表情を見せて肩を震わせていた。 「平和ボケやな…こんなこといくら言ってもあとの祭りや…。」 「え…そんな…。」 「佐竹、お前、北高の剣道部で一色と同じ釜の飯を食った仲やったやろ。」 「え?」 「あいつから聞いとる。」 「あ、は、はい…。」 佐竹は混乱した。山県は自分の娘の婚約者が連続殺人事件の容疑者になってしまったことに衝撃を受けているのか、娘が犯されたことの憤りを感じているのか。それが佐竹には分からず、彼はなにも言葉が出なかった。 「一色は嵌められた。」 佐竹は山県が何を言っているのか分からない。 「あいつは人を殺すような人間じゃない。絶対にそれはない。だからお前は絶対にあいつを疑うな。信じてやってくれ。」 「な、何を言ってるんですか…。」 「あいつは俺と誓った。」 「誓った?」 「久美子に辱めを与えた男。こいつらを引き摺り出して相応の罰を与えると。」 「罰?」 「現在の法体系では集団強姦でもせいぜいで5年の懲役。これでは割に合わん。それに裁きを与えるには、公判でその強姦の内容が再び明らかになる。仮にあいつらがその罪を否認するならば、その度に娘は当時の様子を掘り起こされ、人前で何度も犯されることになる。強姦事件の裁きっちゅうもんはむしろ被害者をさらに痛めつけることになるんや。」 「…支店長、しかし我が国は法治国家です。法の裁きしか現状は手立てがありません。」 「確かにお前の言う通りや。法治国家である以上、罪は法によって裁かれるべきや。しかし、その量刑が現実世界のものと乖離しとるとするならば、条文にすがる意味がない。」 「支店長の気持ちはよく分かりますが、他に手立てがあるとでも言うのですか。極論ですが法律そのものを変えないことにはどうにもなりません。」 「あいつは俺に言ったんや。方法はあると。」 「何ですか…。」 「その全貌は俺にもわからん。ただひとつだけ言えることがある。」 「何でしょう。」 「今、報道で被害者が公表されとるやろ。熨子山の事件。」 「…って…まさか…。」 「あの中の穴山と井上って奴が、久美子を犯したクソ野郎や。結果的に犯罪者は処刑された。」 「…そんな…それならますます一色がやった事ってなるじゃないですか〓︎」 「だら〓︎佐竹〓︎言ったやろ。あいつは絶対にやっとらん。穴山と井上以外の人間は久美子とは全く接点がない奴や。あいつは全く関係のない人間を殺めるようなキチガイめいた奴じゃない。理性はしっかりともっとる男や」 山県は鬼の形相で佐竹を睨みつけた。 「何なんですか、支店長。支店長の言うことがさっぱり分かりません〓︎」 「いいか、佐竹。木を見て森を見ろ。ひとつの事柄の背景には無数の事象がある。目の前の現実も大事やが、その背景にあるものをもっと見ろ。」 「支店長…。」 「しかし…。」 「マルホン建設の融資でもそうや。目先の利益確保ばかりを求めず、企業の成長を支援するための長期的視点に立った融資が銀行にとっては最も大事なことや。そうお前もそう思ったやろう。」 「…はい。」 「俺はそれと同じことを言っとるだけなんや。」 佐竹は正直なところ、未だ山県の真意を汲み取ることができないでいた。 「お前はマルホン建設が反社会勢力と繋がりがあるということを知っとるか。」 「反社会勢力?どうしたんですか支店長。何なんですか、って…ま、まさか…。」 「仁熊会。」 「そんな…」 「代々の担当者の重要引き継ぎ事項や。」 「え…ちょっと待ってください支店長。…私は前任の次長からそのことは引き継がれていません。」 「俺が橘にお前にはその事を引き継ぐなと言ったからや。」 「なんでですか…」 「お前の人となりは一色から聞いとる。一見平凡そうに見えるが、あるところに火が付くと、急に覚悟を決めたかのように捨て身の行動を取ることがある。それが勝つか負けるかわらからんというのにや。よく言えば思いっきりがいい。悪く言えば山師や。そんな人間に何でもかんでも引き継ぐと、どっかで暴走するかもしれん。ことを起こす前にお前が何かの突拍子もない動きをすると、相手側に俺らの企てが露見するかもしれん。俺はそれを恐れてお前にその事を話さんかった。」 「何なんですか企てって…。って言うか、あいつ、そんなことまで…。」 佐竹は気に食わなかった。一色が自分の性格分析まで山県に教える必要はないはずだ。自分と一色は高校時代だけの繋がり。その時の体験だけを元に自分の人となりを判断されるのは心外だ。 「佐竹、お前面白くないげんろ。」 「い、いえ…。」 「顔にでとる。」 「そんなことありません。」 山県はまあいいと言って話を続けることにした。 「マルホン建設は仁熊会と蜜月の関係や。それも20年前からな。」 「20年前…ですか…。」 「話せば長くなる。ほやから細かい話はまた今度や。とにかくあの二つは切っても切れん関係。そこに風穴を開ける。そしてクソみたいな関係を断ち切る。それが俺の企てやった。」 「ですが善昌以外の役員を総取っ替えするだけで、仁熊会の影響は消すことができるんですか。」 「おう。マルホン建設と仁熊会の繋がりを作ったのは本多一族や。正確に言うと善幸世代の連中や。つまりその事を知らんのは善昌だけ。他はみんな仁熊会と繋がっとる。石川一のゼネコンがヤクザとこねこねっちゅうのは誰が見ても不味い話や。ほやけど今までに築かれた関係は簡単に絶つことはできん。何せ相手はヤクザやからな。それに身内ばっかりの関係やとどうしても傷の舐め合いになっから、思い切った改革はできん。そこに付け込まれて仁熊会にどんどんしゃぶられる。」 「だから外の人間である支店長がその関係を断ち切ったんですか。」 山県は佐竹の問いかけに答えなかった。 「仁熊会とマルホン建設だけの話なら、俺やって首は突っ込まん。しかしこれにうちの会社と俺個人の事情が絡んでくっと話は別や。」 「何ですか、ウチの会社って。それに支店長個人の事情って。」 山県はそう何でも焦って聞くなと佐竹を諭した。順を追って話すと言って彼は再び佐竹から一本の煙草を恵んでもらい、それに火をつけた。 「佐竹、20年前の駅前支店長は誰や?」 「分かりません…。」 「専務や。」 「本多専務…。」 「専務は当時、20億の大型融資を実行した。それ以降一気に金沢銀行の出世街道をひた走った。…なんか分かってこんか?」 「…まさか、その20億の融資先が仁熊会って言うんじゃないでしょうね…。」 「当たり。」 「そんな…。」 がっくりと肩を落とした佐竹だったが、しばらくして拳を強く握りしめて肩を震わせ始めた。 「融資先はベアーズデベロップメントっちゅう不動産投資会社や。ほやけどここは仁熊会のフロント企業。この反社勢力企業に専務は多額の融資をし、自分の実績を作ってとんとん拍子に出世したって訳や。」 「何なんですか…それ…。」 「付け加えると、ベアーズデベロップメントっちゅう会社はもう無い。あの債務はある時点で完済される。それと同時に姿を消した。」 「返済原資は?」 「用地取得費用。田上の区画整理と北陸新幹線のな。」 「税金。」 「そう。血税。」 「用地取得なんて不確な計画を当てに融資実行ですか?いつも融資の際にコンプライアンスとか、保全とか返済とかガチガチに査定されるのに、専務は見通しがザルの、しかもヤクザに金を貸したんですか。」 「あのな、これは出来レースなんや。」 「まさか善幸が役所に口利きしたとか。」 「それに近い。」 「馬鹿な〓︎」 佐竹はダッシュボードを叩いた。 「ふざけやがって…あの野郎。絶対に許さん。」 「お前、やっぱり一色の言っとった通りやがいや。」 佐竹は凄まじい形相で山県を見た。 「やれやれ。俺はお前にそんな目で見られることはしとらんぞ。少しは落ち着けま。」 山県のなだめに我を取り戻した佐竹は煙草を取り出してそれに火をつけた。 「まぁそんな専務も時期だめになる。」 「…マルホン建設の社外取締役を解任されるからですか…。」 「いや、あいつはそれだけでは足りん。もっともっと償ってもらうことがある。そのためには先ずは制裁を与えんとな。」 「制裁?」 「それは俺のやることじゃない。別の人間がきっとやる。」 「他の人間とは?」 「俺もわからん。だが、きっとそうなる。」 「どうしてそんなことが言えるんですか。」 「佐竹、実はこいつはあいつのシナリオどうりなんや。」 「あいつ?あいつって誰のことですか。」 「一色や。」 「一色?なんで一色なんかがウチの事情にまで首突っ込んでくるんですか。それにあいつは連続殺人事件の容疑者ですよ。それに今も逃亡中。」 「嵌められたんやって。」 「なんでそう言い切れるんですか。」 「俺には分かる。」 「何がです。」 「あのな。仮にこの連続殺人事件の犯人が一色やったとしよう。これで得するのは一体誰だ?」 「…私にはわかりません。」 「久美子を蹂躙したのは確かにあの2人や。一色があいつらを殺して一体何になる。捜査の段階で警察は一色の動機を探るために久美子を聴取するやろう。そしたら久美子は当時の忌まわしい過去を再び見知らぬ奴に話さなければならんくなる。しかも婚約者は殺人者。久美子が全く救われんやろ。」 「確かに…。」 「得るものがなく、失うものばかり。そんな無駄なことはあいつはせん。あいつは目には目の直接的な報復措置をとるよりも寧ろ、あの穴山と井上っちゅうだらどもの背後にあるもんを一気に崩壊せしめようとした。」 「何ですか、その背後にあるものって…。」 「仁熊会とその周辺や。」 「仁熊会?」 「おう。あの2人は仁熊会の関係者なんや。」 「そんな…」 「一色が重大事件の犯人になれば、得をするのは穴山と井上の背後に控える仁熊会や。俺の娘を犯した厄介もんを消すこともできるし、ついでに一色も合法的に抹殺できる。」 「…となると、一色は一体…」 「だから嵌められたんやって。」 「もしも…支店長が言ってることが本当だとすると、あいつは恋人の無念を晴らすために、背後に潜む巨悪の真相を暴いて、それを一気に正そうとした…。」 「そう。奇襲や。しかし決行直前であいつは反撃を受けた。」 「支店長。一色と連絡はとれないんですか。」 「ほんなもん俺やって何回も電話しとる。ほやけど電源は切られとる。」 「くそっ〓︎」 「佐竹。俺はお前にひとつだけ言いたいことがある。」 「…なんですか。」 「お前、女おれんろ。」 「まだそこまでじゃないですが…。」 「気をつけろ。」 「は?」 「念のため気をつけろ。俺は久美子とカミさんを事件の後から別の場所に匿っとる。もし何かのことがあるとヤバいからな。」 「というと?」 「あいつら何をすっか分からん。俺もお前もマルホン建設に引導を渡して、仁熊会と手切れさせようとしとる当事者やからな。」 「窮鼠猫を噛むですか。」 山県は頷いた。 「ほやから、お前が守れ。」 「は、はい…。」 「いいか、絶対にお前が守るんやぞ。犠牲者をまた出すことだけは絶対に阻止しろ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM 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5 years ago
12 minutes

オーディオドラマ「五の線」リメイク版
ある殺人事件が身近なところで起こったことを、佐竹はテレビのニュースで知る。 容疑者は高校時代の友人だった。事件は解決の糸口を見出さない状況が続き、ついには佐竹自身も巻き込まれる。石川を舞台にした実験的オーディオドラマです。現在初期の音源のリメイク版を再配信しています。 毎週木曜日午前0時配信の予定です。 ※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。