
第6回は現代アート作家の谷口洸さんにお越しいただきました。谷口さんの多才な一面、かつて学生時代を過ごした三河の地や現在お住まいの手賀沼のこと、都心に住んでいた時に感じた違和感、画材のこと、作品を描く際のアプローチ、そして谷口さんのこれからを語っていただきました。
周りの環境がご自身の画風に大きな影響を与えるとおっしゃっていました。自然に対する感受性の高さ、それを谷口さんとの収録で感じました。これからどんな作品を描くのか、楽しみにしています!
谷口さんのInstagram☟
https://www.instagram.com/k10600570akira/?hl=ja
松坂屋名古屋店本館8階ART HUB NAGOYAで開催した展覧会情報☟
https://www.matsuzakaya.co.jp/nagoya/garou/exhibition/youga_bgn_taniguti_2501/
エピソード内で紹介した谷口さんの文章はこちら☟
展覧会に寄せて
中高時代は愛知県の三河湾に面した全寮制の一貫校に通っていた。自由外出などはそうそうできず、勉強ぐらいしかやることがなかったその6年間は、少ない遊び時間とは別に、海景だけは大きいものを与えられていた。思えば僕はその頃から水辺の景色に惚れ込み、未だに水辺の美しい自然現象に魅了されている。
そうは言っても三河湾は決して綺麗な海ではない。渥美半島と知多半島にまるで両腕でぎゅっと抱き締め付けられたようなその湾は、ある年のある調査では全国で水質が最も悪い湾として選ばれるなど、成績の悪い海域なのだ。確かに三河湾はいつも青茶色く濁っていて、初夏の頃などは強烈な磯の香りが海辺の町全体に重たくのしかかってきて大変不快だったことを思い出す。そんな閉鎖的な湾に僕は良い意味で多大な影響を受けている。なんとも不思議なものである。
確かに三河湾は水質が良くないものの、それでも美しい出来事はたくさんあった。例えば水深の浅い内海であったため大きな波が立たず、いつも静かで穏やかあった。そのせいで春の湿度の高い晴れた日などは、細い波にぼんやりと太陽の光が乱反射し優しい波音と相まってまるで白昼夢を見ているようだった。秋は夕暮れがよかった。渥美半島の向こう側に沈んでいく夕日の光を、風のない三河湾の湿気が包み込んで空がにじんだようにピンク色に染まる瞬間があるのだ。真冬の朝はまた格別に美しく、海景を背にして海鵜の大群が眼の前をざあっと横切っていくのだ。黄色い朝日に包まれた学校の前の松並木、銀色の海と、真っ黒な海鵜の群れのコントラストが眩しく圧巻であった。他にもまだまだ美しい瞬間があって、枚挙に暇がない。それらが僕の脳裏に焼き付いていて、ふとした瞬間に思い起こされ、とてつもなく懐かしい気持ちになる。僕は東京の大学を卒業した後も関東に住んでいるが、それでも今も水辺の町に住んでいる。手賀沼という小さな湖がある、千葉県の奥の方の町である。三河湾ほど壮大な自然はないものの、そこはかつて志賀直哉や嘉納治五郎が居を構えた奥ゆかしい景勝地だ。より大きな制作場所を求めて近々引っ越そうかと悩んでいるが、それでも僕は海か湖の町を選ぶだろう。
穏やかな水面、優しい風、目の端でちらっと光る太陽光、そういった毎日の美しさが僕の制作の動機であり、モチーフだ。生き物は太古の昔から生まれ、老いて、死ぬ流れを繰り返す。人々は抗えないその潮流に時に焦り、時に哀しくなったりして、幸せを取りこぼしてしまうことがある。ただそんな時こそなんてことのない日々のきらめきが、立ち止まった人間の目を潤すのだ。
日常のちょっとした自然の美しさを僕の絵の中でも感じていただけたら幸いである。