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オーディオドラマ「五の線2」
闇と鮒
100 episodes
9 months ago
【1話から全部聴くには】http://gonosen2.seesaa.net/index-2.html 熨子山連続殺人事件から3年。金沢港で団体職員の遺体が発見される。他殺の疑いがあるこの遺体を警察は自殺と判断した。相馬は、その現場に報道カメラのアシスタントとして偶然居合わせた。その偶然が彼を事件に巻き込んでいく。石川を舞台にしたオーディオドラマ「五の線」の続編です。※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org
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【1話から全部聴くには】http://gonosen2.seesaa.net/index-2.html 熨子山連続殺人事件から3年。金沢港で団体職員の遺体が発見される。他殺の疑いがあるこの遺体を警察は自殺と判断した。相馬は、その現場に報道カメラのアシスタントとして偶然居合わせた。その偶然が彼を事件に巻き込んでいく。石川を舞台にしたオーディオドラマ「五の線」の続編です。※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org
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Episodes (20/100)
オーディオドラマ「五の線2」
129 【お便り紹介】
おたより.mp3 五の線2終了直後(2017年)に頂いていたお便りに今更ながらの返信です…。 よかったらお聞きください。 成田ナオさん/hachinohoyaさん/踊る屍さん
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6 years ago
15 minutes

オーディオドラマ「五の線2」
128.2 最終話 後半
126.2.mp3 「12月24日お昼のニュースです。政府は24日午前、2015年度第3次補正予算案を閣議決定しました。今回の補正予算は今年10月に国家安全保障会議において取りまとめられた「日本国の拉致被害者奪還および関連する防衛措置拡充に向けて緊急に実施すべき対策」に基づいた措置を講じるためものです。 この予算案では先ごろ国内で発生したツヴァイスタンの工作員によるテロ未遂事件を受けてのテロ対策予算の拡充として500億円。ツヴァイスタンに拉致された疑いがある特定失踪者の調査費として28億円。近年日本海側で脅威となっている外国船の違法操業対策および外国公船の領海侵入対策として海上保安庁の予算を新たに1,000億円追加します。あわせてツヴァイスタン等によるミサイルの脅威に対抗するため、新たに5兆円の防衛予算を措置します。防衛予算においては国際標準である対GDP比2%の達成を継続的に維持するため、来年度の本予算においては今回の補正予算の5兆円を既に盛り込んだ10兆円とする予定です。これで今回の補正予算における予算額は合計で5.1兆円となります。これはリーマンショック以降の補正予算としては過去最大規模のものとなり、政府はこの内の5兆円を赤字国債の発行によって財源を捻出します。 また、政府は今回の安全保障政策の拡充を図る財政政策を積極的に行うことで、現在の日銀による金融緩和政策と連携して、デフレ脱却の起爆剤にすることをひとつの目標としています。 それでは今回の補正予算についての総理のコメントです。」 テレビの電源を切った片倉は立ち上がった。 「もう行くん?」 「ああ。やわら行かんとな。」 「次はいつ家に戻って来るん?」 「そうやな…。」 「新幹線は3月14日に開通するらしいわよ。」 「あ…そうか…その手があったか。」 「2時間半で東京やし、私もいつでも行こうと思ったら行けるわね。」 「ふっ…来ても相手出来んかもしれんぞ。」 「別にいいわいね。あなたが相手できんがやったら若林さんと一緒にお茶でもするわ。」 「え…。」 片倉は絶句した。 「嘘よ嘘。あの人つまんない人なの。」 「どこが。」 「だって少しは不倫しとる感じださんといかんから、手でも繋ごっかって言ったら、ボディタッチだけは勘弁してくれって。後で変な誤解が生まれたらあなたにどつかれるって。」 「ふっ…。」 「ぱっと見韓流スターみたいで素敵なんやけどねぇ…。」 「やめれ。」 「あ怒った。」 「怒っとらん。」 そう言って片倉は妻を抱きしめた。 「京子は?」 「ほら、またあなた忘れとる。」 「何が。」 「今日はクリスマスイブやよ。」 「あ…。」 「相馬くんとデートでもしとるんやろ。」 妻の肩越しに片倉は笑みを浮かべた。 「え?東京に?」 「うん。」 相馬と京子は昭和百貨店の一階にある喫茶店にいた。 「なんでまた。」 「知らんわいね。」 プリンを食べ終わった相馬はナプキンで口を拭った。 「あれ?」 「なに?」 「ちょ…京子ちゃん…。」 遠くを呆然として見つめる相馬に京子は怪訝な顔をした。 「だから何ぃね。」 「ほら…あそこ…。」 相馬が指す方を京子は振り返って見た。 「え…。」 そこには山県久美子が猫背の男と向かい合って座っていた。 「東京に行かれるんですか。」 「ええ。」 「どうしてまた。」 男は胸元からハンカチを取り出した。 「あ…。」 「覚えてらっしゃいますか。これ。」 「ええ。」 「こいつを渡してこようと思いましてね。」 「たしか…娘さんでしたっけ。」 「おお、よく覚えてますね。」 「だって古田さんみたいな人がウチの店にひとりで来るなんて、普通ないシチュエーションですから。」 「あ、やっぱり。」 2人は声を出して笑った。 「それにしてもあれから随分と日が経ってますけど。」 「ええ、ちょっと立て込んどってなかなかあいつのところまで行けんかったんですわ。」 「そうですか。」 「まぁあんたとこうやってここで茶を飲めたのも何かのご縁やったってことですわ。」 「そうかもしれませんね…。」 そう言ってコーヒーを口に運んだ時のことである。久美子の動きが止まった。 「どうしました?」 笑みを浮かべた久美子は古田の後ろを指さした。彼はそれに従って振り返る。 「あ。」 「そう言えば今日はクリスマス・イブでしたね。古田さん。」 ポリポリと頭を掻いた古田は苦笑いを浮かべた。 「はいもしもし。はいええ…。ですからブログ記事の出版はお断りしてるんですよ。え?どうやって取材?知りませんよ。おたくも出版社ならそこら辺のノウハウあるでしょ。ええ…はい…ですからそれはできません。」 黒田は眉間にしわを寄せながら電話を切った。 「...ったく...あいつら何なんだよ。なんで俺がブログ書いた人間だってわかるんだよ。」 「すごいっすね。黒田さん。あれから半年も経ってんのに、まだ出版社からバンバンオファーがあるじゃないっすか。」 「あん?」 「俺は思ってましたよ。黒田さんはできる男だって。」 「なんだよ三波。お前気持ち悪いぞ。」 「いや。黒田さんこそジャーナリストっす。会社の他の記者連中にも爪の垢煎じて飲ませてやりたいっすよ。」 「キモい。」 「黒田さん。実は俺いまネタに困ってるんですよ。何か旨いネタありませんかね…。」 「ない。自分の足で稼げ。」 「そんなこと言わずに。」 そうこうしている間に黒田の携帯が鳴った。 「はい。…え?金沢銀行と高岡銀行の合併!?マジですか!?」 電話を切った黒田は急いでノートパソコンをリュックにしまった。 「ヤスさん!」 「何だよ。」 「ヤスさん。今から金沢銀行です。」 「えぇ…今日は定時で帰らせてくれよ。」 「駄目です。スクープです。」 「そんなこと言わずたまには三波にも譲ってやれよ。お前が出張ると必然的に俺がカメラ回すことになるんだからさ。」 「そうですよ黒田さん。安井さんの言うとおりですよ。黒田さんも安井さんも働きすぎです。」 「つべこべ言わないで下さい安井さん。行きますよ。」 「嫌。」 「なんで!」 「だってお前口臭ぇもん。」 安井は鼻を摘んだ。 「うるさーい!」 「年内に医者行ってなんとかするって言ってたじゃん。」 「それとこれ何の関係あるんですか!」 「…ねぇな。」 笑みを浮かべた安井はカメラを取りに控室へ向かった。 昭和百貨店を出た相馬たちはバス停でバスを待っていた。 「今日はお休みなんですか?」 「うん。」 「だってクリスマスやし、店混んどるんじゃないんですか。」 「いいの。今日はちょっとゆっくりしたいの。なに?京子ちゃんウチの店手伝ってくれるの?」 「え?今日?」 「うん。」 京子は相馬を見た。彼はしょうもない顔をしている。 「ははは。嘘よ。そんなことしたら相馬君が怒っちゃう。」 「う…うん…。」 「あのね今日はお墓参りに行こうと思ってるの。」 「あ…。」 「最近忙しくってなかなか行けなかったから、あの人のところに行こうと思ってね。」 「一色さんですね。」 久美子は頷いた。 「熨子山行きのバスは後30分後ですね。」 「うん。」 「それにしても古田さんも水臭いですね。」 「え?」 「あとは若いもんでクリスマスイブの楽しい時間を過ごしてくれって行って帰ってしまった。」 「あ…何かあの人、東京の方に行くらしいよ。」 「え?東京?」 「うん。だから私にお別れを言いに来たみたい。」 相馬と京子の表情が変わった。 「京子ちゃん。」 「周。」 「なに二人とも。」 「これってアレじゃねぇが。」 「周もそう思う?」 「おう。」 「何よ2人揃って…。」 困惑した久美子をよそに相馬と京子は何やらブツブツとお互いの意見を交換しているようだった。 「久美子はこれから熨子山の一色の墓に行くみたいです。」 「そうか。」 「ワシはこれからあいつを付けます。」 「頼む。なにせ鍋島の特殊能力の影響を受けて存命する数少ない人間のひとりだからな。」 「はい。しかし石電の警備員が自殺とは…。」 「鍋島の妙な力のメカニズムが解明されないことには、あの事件は本当の意味で解決したことにはならないからな。」 「片倉から聞いています。都内でもなんや常識じゃ考えられん殺しが起こっとるって。」 「そのための片倉招集だ。」 「休む暇なしですな。松永理事官。」 「あーあ本当だよ。古田、お前も片倉と一緒にこっちに来いよ。こっちは猫の手も借りたいんだ。」 「勘弁してください。ワシはここで片倉の代わりに久美子を監視することに専念させて下さい。わしも年で正直身体が言うこと効かんくなっとるんですわ。」 「撃たれてもまだ久美子の監視に従事してんのに?」 「ははは。まぁあとわし結婚式も出んといかんですから。」 「あー佐竹のか。...えっとあれはいつだったっけ。」 「明日ですよ。」 「明日!?マジか。」 「マジっす。」 「...そいつは良かったな。おめでとう。」 「一色の同僚警官からのお祝いの言葉、あいつにしっかりと伝えますよ。」 古田はクリスマスの電飾光る香林坊の並木道を眺めた。コートなどの防寒着に身を包んだ通りを行き交う者たちは皆、一様に笑顔である。 「あ。」 「何だ。」 「そういやぁ理事官もやわらご結婚っちゅう歳...。」 「うるさい。構うな。」 「なんか良い人おらんがですか。」 「その話はもうするな。俺は恋などとうに忘れた。」 「それ...どこかで聞いたような...。」 「切るぞ。後は頼んだぞ。」 一方的に電話を切られた。 「なんだかんだ言ってワシはまだまだおもろい奴らと仕事できとるわ。」 ポケットに手を入れた古田の頭に冷たいものが当たった。ふと空を見上げるとそれははらはらと舞い降りてくる粉雪たちであった。 「えーっと明日の挨拶どうすっかな...。」 完
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8 years ago
18 minutes

オーディオドラマ「五の線2」
128.1 最終話 前半
126.1.mp3 コミュの会場となった会館前には複数台のパトカーが赤色灯を灯して駐車していた。会館には規制線が敷かれ関係者以外の立ち入りは厳禁となっている。週末金沢駅の近くということもあって、このあたりで仕事帰りに一杯といった者たちが野次馬となって詰め寄せていた。規制線の中にある公園ベンチには、背中を赤い血のようなもので染め、遠くを見つめる下間麗が座っていた。 「ついては岡田くん。君にはこの村井の検挙をお願いしたい。」 「罪状は。」 「現行犯であればなんでもいい。」 つばを飲み込んで岡田は頷いた。 「よし。じゃあ君の協力者を紹介しよう。」 「え?協力者?」 奥の扉が開かれてひとりの女性が現れた。 「岩崎香織くんだ。」 岩崎は岡田に向かって軽く頭を下げた。 「岩崎…?」 ーあれ…この女、どこかで見たような…。 「近頃じゃネット界隈でちょっとした有名人だよ。」 「あ…。ひょっとしてコミュとかっていうサークルの。」 「正解。それを知っているなら話は早い。そのコミュってのが今日の19時にある。そこにはさっきの村井も共同代表という形でいる。」 「村井がですか?」 「ああ。」 「君には岩崎くとにコミュで一芝居うって欲しい。」 「芝居…ですか。」 「ああ。芝居のシナリオはこちらでもう用意してある。君はその芝居に一役噛んだ上で、流れに任せて村井を現逮してくれ。君らが演じる芝居が村井の尻尾を出させることになるはずだ。」 「大任ですね。」 「お疲れさん。」 彼女の横に座った岡田がミネラルウォーターの入ったペットボトルを差し出した。それを受取った麗は何も言わない。 「迫真の演技やったな。」 「…。」 「それにしても村井の奴、お前が刺されて倒れとるっていうげんに、お前んところに駆け寄ってくることもなく、淡々と参加者を煽っとった。」 「…。」 「薄情なもんやな。」 「…そんなもんですよ。」 「ん?」 「私はいつもそういう役回りだった。みんなロクに新規の参加者の獲得もせずに、能書きばっかり垂れてる。私は自分が唯一人より優れている外見を活用して新規の参加者を獲得してるのに…。私自身は全く評価されなかったわ。」 「ほうか…。」 「何かの度に私をヴァギーニャとか言って持ち上げるくせに、楽屋裏では私に対する妬みばかり。挙句の果てに私が色仕掛けしてまで参加者を獲得しているなんてデマまで流して…。」 「酷ぇな。それ。」 麗はペットボトルに口をつけた。 「…でも、兄さんはいつも私のことを心配してくれた。」 「兄貴ね…。」 「コミュの皆をまとめるために、時には周りと同調するようにあの人は私のことを責め立てた。でもその後直ぐにフォローの電話をしてくれた。お前には辛い思いをさせているがもう少しの辛抱だって。」 「妹思いの兄ってやつか。」 「でもその兄さんも、お父さんもあなた達に捕まってしまった。」 「麗。お前の話は本部長からひと通り聞いたわ。」 「そう…。」 「はっきり言うけど俺はお前に同情はせん。」 岡田は麗を断じた。 「さっきも放っといたらヤバいことになっとった。コミュの連中を原発まで動員してあそこで騒ぎを起こす傍ら、俺を片町のスクランブル交差点にトラックごと突っ込ませて、テロをする予定やったんやからな。」 麗は黙って岡田を見た。 「そんなもんを企てとったお前の兄貴と親父は法によって裁かれる。これはこの国では至極当たり前のことや。俺らはその当たり前のことを実行するために居るんやからな。」 「兄さんとお父さんはこれからどうなるの。」 「わからん。こっからは俺ら警察の管轄じゃない。」 「そう…。」 岡田は一枚の紙の切れ端を取り出してそれを麗に渡した。 「なに?…これ。」 「本部長が言っとった約束のあれや。お前が捜査に協力してくれれば母ちゃんの面倒をお前が見れるようにさせるって。」 「何よこれ…住所が名古屋じゃない…。お母さんは都内の病院にいるって言ってたわよ。」 「ほうや。お前の母ちゃんは都内の病院や。こいつは入管の住所。」 「入管?」 「入管にも話し通してあるってよ。麗。まずはお前はここで難民申請をしてこい。申請してこの国の方に則って、晴れてこの国で誰にもはばかることなく下間麗として暮らせ。」 「え…。」 「んで母ちゃんの看病をしてやれ。」 麗はメモに目を落とした。 「俺らは下間麗なんて人間のことは何も知らん。」 「岡田さん…。」 「ほんじゃあ、お前のことを待っとるやつが居るから、俺はここでお別れや。」 「…。」 「晴れて日本で暮らせるようになったら、いつでも俺を訪ねて来い。」 メモには携帯電話の番号が書いてあった。 「そこに突っ立っとる主演男優と一緒にな。」 そう言って岡田は彼女に背を向けた。 規制線の外に出た岡田はそこに立っている男の肩を叩いた。肩を叩かれた男は駆け足で麗の方に向かって来た。 「長谷部君…。」 麗の側まで駆け寄った長谷部はなにも言わずに彼女を抱きしめた。麗の瞳から涙が溢れ出した。 「麗…。ごめん…力強すぎた…。」 抱きしめながら麗の背中を擦る長谷部の様子を、相馬と京子の2人は遠巻きに見つめていた。 冨樫は何も言わずに机の上に古ぼけたカメラを置いた。 「下間。これは何や。」 「何って…カメラだ…。」 「見覚えは?」 下間は首を振る。それを見た冨樫は落胆した表情になった。 「何だ。」 「…これはな。仁川征爾の持ちもんなんや。」 「仁川…。」 「お前の息子がお前に言われるがままに背乗りした、仁川征爾のな。」 「…そうか。」 「お前やな。征爾の両親を事故に見せかけて殺したんは。」 下間は頷く。 「なんでほんなことしたんや。」 「愚問だ。俺らには仕事の選択権はない。上の言うことはすべてだ。上が指示を出したからやった。以上だ。」 「上とは。」 「執行部。」 「朝倉は。」 下間は苦笑いを浮かべた。 「関係ない。当時はまだあいつは公安だったはずだ。俺らとあいつはむしろ対立関係にあった。」 「じゃあその執行部とは。」 「本国だ。」 「ツヴァイスタン本国。」 「そうだ。」 下間はため息をついた。 「でなんだ。そのカメラ。」 「あいつの両親を世話したおっさんがまだご存命でな。このカメラ持ってずっと征爾の帰りを待っとる。んでな、そのおっさんがこう言うんや。もしも征爾が生きとったらこいつで写真撮って自分のところにそれ送ってくれ。もしも征爾が死んどったらこのカメラを墓にでも供えてくれって。」 「そうか…気の毒なことをした。」 下間は天を仰いだ。 そして口をつぐむ。 「…冨樫とか言ったな。」 「…おう。」 「それは随分と古いカメラみたいだが、ちゃんと動くのか。」 「あ?ああ…。動作確認はできとる。」 「じゃあそのおっさんに仁川の写真撮って送ってやれ。」 「え…?。」 「仁川征爾は生きている。奴はツヴァイスタンに拉致された。」 取り調べの様子を記録している捜査員の手が止まった。 「なに?」 「言っただろう。仁川はツヴァイスタンにいる。」 「お…お前…そいつは…本当のことか…?」 「ああ。お前ら警察は掴んでたんだろう。」 冨樫は口をつぐんだ。 「ツヴァイスタン工作員による拉致は掴んでいたが何もできなかった。なぜならそれがセンセイ方の意向だったから。」 「…。」 「拉致問題があると言って、日本はツヴァイスタンに拉致された国民を奪還する術はないからな。」 「現状はな。」 こう言った冨樫の顔を見た下間はニヤリと笑った。 「本気なのか。政府は。」 「ワシはただの末端公務員。政府中枢の思惑はわからん。」 「今回の手際の良い警察の動きを見る限り、俺には伝わってくるよ。」 「そうか。」 「ふっ…。これで少しはまともな国になるかもな。」
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8 years ago
14 minutes

オーディオドラマ「五の線2」
127.2 第百二十四話 後半
125.2.mp3 7時間前 12:00 「1512室ですか?」 「はい。」 「失礼ですがお名前をお願いします。」 「岡田と言います。」 「岡田様ですね。失礼ですがお名前もいただけますか。」 「圭司です。」 「岡田圭司様ですね。しばらくお待ちください。」 ホテルゴールドリーフのフロントの女性は受話器を取って電話をかけはじめた。 「フロントです。ロビーにお客様がお見えになっています。はい。ええ男性です。岡田さんとおっしゃるそうです。ええ。はい。かしこまりました。それではお部屋までご案内致します。」 女性は電話を切った。 「私がご案内いたしますので、一緒に来ていただけますか。」 「え?どこか教えてくれれば自分で行きますけど。」 「当ホテルのスイートルームになりますので、私がご案内いたします。」 「スイート?」 エレベータを5階で降りそのまま廊下をまっすぐ奥に進むと、いままであった部屋のものとは明らかに作りが違うドアが現れた。重厚な作りの観音扉である。女性はインターホンを押した。暫くしてその扉は開かれた。 「おう。」 「え?」 扉を開いたのは数時間前まで捜査本部に岡田と一緒にいた、県警本部の捜査員だった。 「え…なんで?」 「まあ入れま。」 豪華な作りの玄関を抜け、いよいよ部屋の中に入るという時に岡田は異変を感じ足を止めた。 「あれ?おいどうした。」 「あの…なんか騒がしくないですか。」 「ほうや。訳あって大所帯になっとる。」 捜査員が部屋の扉を開くとそこはくつろぎの空間というより会議室だった。上座中央には最上が座り、その隣に土岐が座っている。 「よく来たね岡田くん。」 「本部長これは一体。」 「土岐くんは君に紹介するまでもないね。」 「え…ええ。」 「じゃあこちらから紹介しよう。まずは県警本部警備部公安課の神谷警部。」 最上の紹介にあわせて神谷は頭を下げた。 「え?公安?」 「次に同じく警備部公安課の冨樫警部補。」 「冨樫です。よろしくお願いします。」 「そして冨樫くんの前に座っているのは…。」 岡田は思わず目をこすった。 「み…三好…さん?」 三好は岡田を見て笑顔で会釈をした。 「なんで…。」 「岡田くん。まぁ掛けてくれ。」 最上に促されて岡田は席についた。 「岡田くん。君をこの席に呼んだのはほかでもない。先程も言ったように君には最後の仕上げをして欲しいんだ。」 「あの…本部長。」 「岡田くん。君は「ほんまごと」の記事が真実に迫るものがあると言った。」 「あ、はい。」 「その根拠は君が信頼する人間が紹介してくれた奴が、あの記事を書いているからと言った。」 「はい。」 最上は立ち上がった。 「その君が信頼する人間ってのは片倉くんだ。」 「え?」 「県警警備部公安課課長、片倉肇くんだよ。」 「公安課課長?」 「そうだ。民間企業の営業マンじゃない。彼はれっきとした警察官だよ。」 片倉は警察をやめ警察OBが経営する会社の営業になった。この情報しか持ち合わせていなかった岡田は最上の言葉がにわかには信じられない。 「岡田くん。ほんまごとを読んだだろう。あれは片倉くんによる公安警察の捜査内容そのものなんだ。病院横領事件、一色の交際相手の強姦事件、熨子山事件、鍋島の生い立ち、村上殺害の謎、ツヴァイスタンの工作活動実態、背乗り、金沢銀行の不正プログラムなどなど、あの全てが片倉くんによって黒田にリークされた。」 「ほ…本当ですか。」 「本当だ。」 岡田は唾を飲み込んだ。 「初見であの記事を完璧に読み解くのは困難だ。なにせ情報量が多すぎる。記事自体は衝撃的な内容が目白押しだが、熨子山事件をずーっと追っている人間ぐらいしか読み解けない内容になっている。だが長年デカをやっている勘のいい君はあれを読み解いたんだろう。」 「…警察の中にもツヴァイスタンの協力者がいる。」 「…さすがだね。」 「居るんですか。」 「正確に言うと居た。」 「居た?」 「ああようやくパクったよ。ついさっきね。」 「ひょっとして…その協力者は…。」 「朝倉忠敏。」 「…やっぱり。」 「朝倉はついさっき片倉課長の手で逮捕されたよ。」 「どこでですか。」 「公安調査庁の中で。」 「公調の中で?」 「うん。」 後ろ手に組みながら最上は部屋の中をゆっくりと歩き回る。 「本件捜査はチヨダ直轄マターでね。極秘裏に進められていた。本件捜査のコードネームはimagawa。」 「イマガワ…。」 「imagawaは朝倉を中心としたツヴァイスタン関係者を一斉検挙するのが目的の捜査だ。その詳細は話せば長くなるからここでは君に説明しないよ。それよりもだ。」 「はい。」 「実はこのimagawaはまだ終結していないんだよ。」 「本丸の朝倉がパクられたと言うがにですか?」 最上は頷く。 「ほんまごとの中に村井という人物の名前が出てきただろう。」 「村井?ですか?」 「ああ。<Sと少年>という行に出てきている。」 岡田は記憶を辿った。 「あ…ありました。Sの調査助手をしとるとか言った…。」 「そうだ。その村井をその目で見た男がここに居る。」 何かに気がついたのか。岡田は席上の一人の男を見た。 「そう。Mこと三好元警備課長だ。」 こう言って最上は再び席についた。 「ついては岡田くん。君にはこの村井の検挙をお願いしたい。」 「罪状は。」 「現行犯であればなんでもいい。」 「どうやそっちは。」 「スタンバイOK。」 岩崎がステージの中央に立った。そして参加者に対して一礼すると会場は割れんばかりの拍手で覆われた。 「香織っ!」 ステージとは対極にあるホールの入口が開かれ、ひとりの学生風の男が突然現れた。 「香織…こんなところで何やっとれんて…。」 男は力なくステージに向かう。彼が進む先の参加者の群衆は2つに割れ、岩崎への道を作り出した。彼はその道をゆっくりと進む。壇上の岩崎は戸惑いを隠せない。 「何なんや…。これ…。お前こんなキモい会の運営なんかやっとったんか。」 男のキモいというフレーズに会場内は凍りついた。 「最近連絡が取れんと思っとったら、こんなとこでお前は不特定多数の男連中に色目使ってチヤホヤされとったんか.。」 「おい何だあいつ。」 村井がスタッフに尋ねた。 「...わかりません。ヴァギーニャって彼氏とかいましたっけ?」 「いや聞いたことがない。」 「追い出しますか。」 「ああそうしろ。」 複数のスタッフが男を取りおさえるために駆け寄る。すると男は壇上めがけてダッシュした。 そして岩崎を背後から羽交い締めにした。 「おい!何やってんだ!」 男の手にはサバイバルナイフが握られている。彼はそのナイフを岩崎の背中に突きつけた。 「あ…。」 会場は凍りついた。岩崎は男によって人質に取られたと会場の全員が理解した瞬間だった。 「お前らふざけんな。香織は俺のモンや。香織はオメェらみたいなキモオタなんか眼中にねぇんだよ!」 「おい落ち着け。」 村井が男に声をかける。 「あん?」 「落ち着け。ひとまずその物騒なものを置け。」 「あんだテメェ。なんで俺に命令なんかすれんて。」 「命令じゃない。ナイフを床においたらどうですかって提案してるだけだ。」 「気に食わん。」 「じゃあどうしろと?」 「香織を殺す。」 「え?」 「香織は俺のモンや。オメェらにはぜってぇやらん。」 「ちょ…待て。」 村井が声を発する前に男が持つナイフの刃が岩崎の背中に入り込んだ。そしてそのまま岩崎は床に倒れた。 今まで見たこともない状況が目の前で起こった。会場の全員は状況をまったく飲み込めない。ただ沈黙が流れる。しかしそれはある参加者の悲鳴で解かれることとなった。コミュの運営スタッフは全員で男を取り押さえた。 「へ…へへへ…ざまぁ。」 ヘラヘラと笑いスタッフに連行される男とは対象的に岩崎はピクリとも動かない、ようやく運営スタッフが彼女に駆け寄り声をかけた。しかし反応はない。何度も何度も声をかけ体を擦るも反応はない。その様子を見ていた参加者たちがここで感じたのは岩崎の死だった。 「みなさん!落ち着いて!」 村井が声をあげた。 「皆さん落ち着いて下さい。いま救急車が来ます。僕らはそれに望みを託すしかありません。」 岩崎の側のスタッフは諦めずに彼女の名前を呼び続ける。 「男はこちらで取り押さえました。既に警察に通報しました。これも救急車同様もうすぐ来るでしょう。ですが…」 村井は言葉に詰まった。 「…なんで…なんでこんなことが起こってしまうんだ…。彼女は前から警察に相談していたはずだ…。」 村井の言葉に会場はざわつく。 「みなさん。岩崎は以前から警察に相談をしていました。ストーカーに付きまとわれていると。ですが警察はそれを取り合ってはくれませんでした。その結果がこれです。そしてこの結果を作り出した警察がこの事件の捜査をおこなうんです。なんなんでしょうか!?泥棒が泥棒を捕まえるってまさにこのことじゃありませんか?こんな職務怠慢が放置されていていいんでしょうか?良い訳ありません。絶対に撲滅するべきです。」 そうだそうだと村上に同調する声が上がった。 「岩崎はヴァギーニャです。我々の女神です。この女神に危害を加えさせることになった警察の不手際は不手際という簡単な言葉で片付けられていいんでしょうか?」 会場のものたちは首を振る。 「そうです。そんな言葉で許されるわけがないのです。第一考えても見て下さい。あの警察機構というのは権力そのものです。権力は絶対的に腐敗します。この事件はその腐敗もここまできていると言うことの証左でもあります。」 みな村井に同調している。 「我々は既得権者や権力者から数々の迫害を受けています。彼らが私たちにこういった仕打ちをするのは、裏を返せばそれだけ奴らにとって我々は都合が悪い存在だということを示しています。都合が悪いと思われるのは我々が一定の影響力をもっているからです。奴らは我々を脅威に思っているのです。それは翻って言えば我々は強いということです。我々は強い。強い我々は奴らを打倒するために今こそ行動を起こさなければなりません!」 会場から歓声が上がった。村井の演説が会場を一体化させた。 「ヴァギーニャの命に変えても革命を成し遂げる!我々は今こそ立ち上がるときだ!我こそはと思うものだけが私に続け!私の考えに同調しないものは、今すぐこの場から去れ!」 村井の言葉に殆どの参加者が賛同していたが、中にはやはりこの異様な空気についていくことができずに会場を後にするものもいた。しかし彼らはことごとく会場外で運営スタッフに止められ別室へと連れられていった。 「村井さん!」 参加者の一人が声を上げた。 「なんですか。」 「村井さんのおっしゃるその革命はどうやってなし得るんですか。」 「聞きたいですか。」 「ぜひ。おそらくここにいる皆も聞きたいと思っています。」 参加者は村井を見つめている。彼は深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。 「暴力によってのみ革命は成し得る。」 「暴力?」 「ええ。」 「…村井さん。詳しく聞かせてくれませんか。」 「残念ながらここにいる皆にとはいきません。」 「じゃあ私にだけ聞かせてください。」 「君だけに?」 「はい。」 参加者たちからブーイングが起きた。村井はそれを制止する。 「どうして君だけに?」 「今川さんから言われています。」 「今川…。」 村井の表情が変わった。 「ぜひその任を私に。」 「あなたの名前は?」 「岡田です。」
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8 years ago
22 minutes

オーディオドラマ「五の線2」
127.1 第百二十四話 前半
125.1.mp3 金沢駅近くの会館。この一階の大ホールに大勢の人間が集まっていた。コミュの定例会である。参加者は先日のものより数段多い。これも岩崎香織が電波に乗った効果なのだろうか。 「みなさん。こんばんわ!」 司会者が参加者に向かって大きな声で挨拶をするとそれに参加者は同じく挨拶で応えた。 「いやー今日は随分と参加者が多いですね。特に男性の方がいつもより多い気がします。」 彼がそう言うと参加者はお互いの顔を見合った。 「やっぱりなんだかんだと言ってテレビの影響力ってすごいんですね。試しに聞いてみましょうか。今日始めてここに来たっていう人手を上げてみて下さい。」 半数が手を上げた。 「なるほどー。じゃあ今手を上げた人たちにもうひとつ聞いてみましょうか。岩崎香織を見てみたいって人は手を上げてみて下さい。」 全員である。 「いやー岩崎人気はすごいですね。」 ステージの裾の方にいた村井は腕時計見目を落とした。そして側にいたスタッフに声をかける。 「インチョウは。」 「駄目です。携帯の電源が切られてます。困りましたね。」 「…何なんだよ。こんな大事な時に。」 「連絡が取れんがですから。仕方が無いっすよ。村井さんがインチョウの代わりにこの場を仕切るしかないっす。」 「俺がか?」 「ええ。そのための共同代表っしょ。」 「まあな…。」 こう言って村井はステージ袖の奥にひとり佇む女性の側に駆け寄った。 「岩崎。」 「あ…はい…。」 「おまえインチョウのこと知らいないのか。」 「はい。」 村井は舌打ちした。 ーそれにしてもあの今川さんが直々に俺に電話をしてきたってのが気になる…。 昨日 「え?明日のコミュでインチョウと岩崎の身に危険が?」 「そうだ。とある情報筋から入手した。だからあいつらの周辺には常に目を配れ。」 「はい。」 「ただお前らがいくら目を光らせたところで、相手がプロの場合はどうにもならない。もしものことがあれば村井、お前がコミュを引っ張るんだ。」 「俺がですか。」 「ああ。明日は決起の日だろ。」 「はい。手始めに夜の片町のスクランブル交差点にトラックを突っ込ませます。」 「週末金曜の夜に酒を飲んでごきげんな奴らを轢き殺すのはわけもない。コミュに来ているようなリア充憎しの連中にはもってこいの対象だな。」 「原発の爆発事件で世間がそっちに向いている中、ソフトターゲットを襲うことで市民の恐怖感を増幅させます。ソフトターゲットのテロを頻発させることで恐怖は警察や警察などの統治機構への疑念にかわっていきます。そうやって日本国人の分断を図ります。」 「もしも。もしものことだが、インチョウや岩崎に何かがあればそれを利用しろ。コミュは迫害を受けていると。そうすることでコミュの団結力も増すはずだ。」 ーまぁインチョウが来られないんだったら、とりあえずあの人の安全は確保できるってわけだ。ただもしもこの岩崎に何かがあったら…。今日これだけの人数が集まったのも岩崎をひと目見たいってだけのただのミーハーばっかり。アイドルの追っかけみたいなキモい連中ばっかりだ。もしも岩崎が今川さんが言うような危険に晒されるようなことがあったら、こいつら爆発しかねない。 「村井さん?」 「あん?」 「どうしたんですか顔色が悪いっすよ。」 「気にすんな。」 ーまてよ…。そのミーハー達の怒りを利用すればいいか。 「テレビをご覧になられた方はご存知かと思いますが、私達コミュでは数名のグループに分かれて話し合います。そこでグループメンバーの意見をすべて受け入れて、その後に自分の思いの丈を語る。ですからお目当ての人と同じグループになれるかどうかは保証できないんです。」 司会者がこう言うとご新規さん達の表情が途端に曇った。 「ですが今日はじめてコミュに来られた方にだけ特別な措置を講じようと思います。」 会場はざわついた。 「それはコミュの代表からご説明させていただきます。」 司会者がこう言うと、既存メンバーからインチョウの登場を期待する歓声が上がった。 「それでは代表よろしくお願いします!」 ステージの袖から村井が現れた。 いつもとは違う人物の登場に既存メンバーの周辺はざわついた。 「みなさんこんばんは。」 参加者は村井に応える。 「いまほど司会が言ったように、今日はたくさんの方に来ていただいて僕も本当にうれしいです。私、コミュを運営する村井といいます。よろしくお願いいたします。」 村井は深々と頭を下げた。 「本来なら共同代表のインチョウも一緒にご挨拶させていただくところですけど、残念がらインチョウはどうしてもはずせない急用ができまして本日コミュに参加できません。寛容な精神をお持ちの皆様ですので、その辺りはぜひともご理解いただけることと思います。」 他者の意見を受け入れることが前提のコミュにおいて、この村井の一言は参加者に響いたようだ。参加者たちは一様に頷いて村井に理解を示している。 「さて、今日は普段よりご新規さまが大勢お越しのようです。そのご新規の皆さんのお目当ては他でもない当方の運営担当の岩崎であると、先程判明しました。」 既存メンバーからかすかな笑い声が起こった。 「僕がこういうのも何なんですが、岩崎に目をつけた皆さん。お目が高い。彼女はこのコミュではバギーニャと言われています。バギーニャとは女神を指す言葉です。どうして女神と言われるか。見た目の美しさも去ることながら、彼女はありとあらゆる悩みや意見を本当に分け隔てなく聞き入れる力を持っているからです。」 古株の参加者たちは村井の言葉に頷く。 「本当に今日は多くの方がお越しになられています。なので今日は特別にはじめてのみなさん全員を岩崎のグループにセッティングしようと思います。岩崎のグループということはみなさんは皆平等に彼女との接点を持てるということです。」 この発言に新規メンバーから歓呼の声があがった。 「さあ私の挨拶はこれぐらいにして、皆さんお待ちかねの方に登場してもらいましょう。バギーニャ!」 ステージ袖から岩崎がゆったりとしたBGMにのせて静かに登場した。会場の参加者たちは彼女の美貌に思わずため息をついた。先程、岩崎と平等な接点を持てるということで湧き上がっていた新規メンバーたちもこの時は皆彼女の佇まいに静かに見入った。 「堂々としたもんですね。」 「慣れとるんや。」 「多分こうやって岩崎目当てで来た連中を釣って、上手に取り込んで勢力を拡大させてんでしょうね。」 「今日だけの特別措置とかもったいぶっとるけど、おそらくこれはいつものことや。」 「そうでしょうね。」 耳に装着したイヤホンから聞こえる声に、コミュの参加者に混じる岡田が応えた。
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オーディオドラマ「五の線2」
126.2 第百二十三話 後半
124.2.mp3 「若林くん。朝倉部長に聴かせてあげろ。」 「はい。」 携帯電話を取り出した若林もまた、応接机の上にそれを置いた。 「工夫しろ若林。」 「あまり事を荒立てるなといっただろう。」 「ですが、あまりに突然のことでしたので。」 「その後の工夫が足りんと言ってるんだ。」 「はっ。もうわけございません。」 「しかしお前は籠絡だけは上手い。」 「ありがとうございます。」 「だが程々にしておけよ。あまり深入りすると足がつく。」 「何せ公安の奥方ですからね。」43 音声を聞いた片倉の表情が変わった。 「公安の…奥方…?」 「なんだ若林。」 「今もまだベッドでぐっすり寝ていますよ。そろそろ帰らないといけないんですが。」 「くくく…。」 「いやぁ40しざかりって本当なんですね。」 「そうか…。そんなにか。」 「ええ。ちょっとこっちが引くくらいでした。」 「はははは。この下衆男め。」 いつになく朝倉の表情が豊かである。 「部長。これは仕事です。」 「ああわかっている。からかってすまなかった。」 「こっちも必死なんですよ。何とかして奮い立たせないといけませんから。」 「ふふふ...今日のお前は愉快だな。自分の思い通りにアレを制御できるってのは俺にとって羨ましい限りだ。若さだな。」 「若さですか?」 「いや、特殊能力といったところか。」 「特殊能力?何のことですか?」 「…あ…いや…なんでもない。」 「お褒めの言葉として受け止めれば良いでしょうか。」 「ああ。最大級の褒め言葉だ。なんだこの下衆なやり取りは。ふふっ。」 「では旦那の方は部長のほうでよろしくお願いします。」 「ああ、慰めてやるよ。」83 「酷いですね。朝倉部長。あなたは片倉課長の家族問題を案じるがために、今日この場に彼を呼び寄せた。それがどうでしょうか。このやり取りを聞く限り、どうもあなたが若林くんを唆して(そそのかして)問題の火種をつくっているようにも思えます。」 「わ…若林…貴様…。」 朝倉の震えは怒りから失望によるものに変わっていた。 「朝倉部長。あなたは人間を駒としてしか見ていない。だからこんな非道な手法を私に強いた。」 「な…何を言っている…貴様…。片倉!ほ・ほら…貴様の奥方を手篭めにした男がここに居るぞ!こいつだ。こいつが貴様の悩みの元をつくってるんだ。」 「言ってねぇよ。」 「え…。」 「言ってねぇって。朝倉。」 「な…なに?貴様、何呼び捨てしてんだ…。」 「言ってねぇって言っとんじゃ!」 片倉は凄みに思わず朝倉は一歩引いた。 「その録音に俺の嫁なんて言葉は出てねぇぞ朝倉。ほれなんになんでオメェは公安の奥方って言葉だけで、俺の嫁を指すってわかったんや。」 「う…。」 「あのな…。いい加減気付けや。」 「な…に…。」 「はじめから俺らはお前をマークしとったんや。」 「え…。」 片倉を見ていた朝倉は直江を見た。彼は冷たい眼差しを浴びせる。振り返って若林を見ると彼も同様だ。 「き…きさまら…。」 「本件捜査のコードネームはimagawa。朝倉。お前はこのコードネームを俺らが狙うホンボシと勘違いしとったようやな。」 「な…。」 「直江はお前に救われたわけじゃねぇんだよ。潜入だよ潜入。」 「な…なんだと…。」 「若林署長は松永理事官の潜入。」 「くっ…!」 「俺は一色からの潜入だよ。」 「い…一色…だと…。」 部屋のドアが勢い良く開かれ男が現れた。 「ま…松永!」 「若林署長。お務めご苦労だった。」 「はっ。」 「岡田課長が最後の仕上げに選抜されたよ。」 「そうですか。彼ならきっとやり遂げてくれることでしょう。」 若林の労を労った松永は一転して朝倉に冷たい視線を浴びせる。 「朝倉忠敏。往生際が悪いぞ。」 「ま…待て…これは何かの間違いだ…。そうだ!長官は…。」 慌てふためくように朝倉は自席にある電話に手を伸ばした。 「無駄だ。朝倉。」 「え?」 松永の背後から一人の人物が姿を現した。 「げぇっ!」 それは波多野であった。 「あ…あ…あ…。」 驚きのあまり朝倉は言葉を失った。 「聞かせてもらったよ。朝倉くん。」 「あ…。」 「残念だよ。君が黒幕だったとはね。」 「先生…違います…違うんです!」 「違わない。」 「え…。」 「官邸にいるころから分かっていたよ。君のこと。」 「え!…ま・まさか…。」 「そうだよ。本件imagawaは私による絵だよ。」 「…と…言うことは。」 「そうだ。君を県警からこちらに抜擢したのも私の絵だ。公安調査庁長官もその辺りはすべて了承済みだ。」 朝倉は膝から崩れ落ちた。 「俺は…はじめからあんたに…。」 「本当は熨子山事件の時にすべてを解決するつもりだったんだがね。」 「熨子山事件の時に?」 「ああ。君の不審な動きをあの事件の時にあぶり出して、一気にツヴァイスタン側の目論見を潰そうと考えた。だが一色くんが鍋島によって殺害されたために、それが困難になった。だから方針転換して村上の件だけを解決する通常の捜査本部の動きにした。松永くんを派遣してね。」 「あ…あ…。」 「君を含めたツヴァイスタン側の目論見を潰すためには、警察組織の内部に浸透している君自身を欺かなきゃいけない。一色くんには悪いが、熨子山事件はあれで一旦終止符を打った。けれども君はそうとも知らずにその後も今川らと妙な動きをしている。ここで僕はimagawaの実行を決意したわけだ。」 「く…くそぉっ!」 朝倉は拳で地面を思いっきり叩いた。 「くそっくそっ!」 「片倉課長。」 松永が片倉の名前を呼んだ。 「はい。」 松永は手錠を片倉に渡した。 「お前がワッパをかけろ。」 「はい。」 手錠を手にした片倉は朝倉に向き合う。 「朝倉忠敏。」 「…なんだ。」 「あんたはかつてスパイ防止法成立に尽力した。」 「…ふふふ。なんだ今更。」 「その時のあんたの我が国の治安を思うまっすぐな行動は警察内部で賞賛された。」 「…。」 「しかし残念ながらその法案は政治の力で廃案にされ、その手の法案は未だ未整備や。」 「そうだ。政治の馬鹿どもが自分らの利権をいかに守るか、いかに作り出すかで綱引きをしている間に、敵国の浸透工作は進んでいる。あいつらは自分の利権や保身のことしか考えていない。そういう既得権益をぶち壊して、本当のあるべき社会を作り出すには暴力による革命しかないんだよ。」 「革命ね…。」 「そうだ革命だ。」 「…朝倉。ここは日本だぜ。」 「だから何だ。」 「天皇陛下がいらっしゃられる。」 「天皇?」 「あんたがシンパシーを受ける共産国家と日本は根本的に違う。あんたの思想は絶対にここ日本では受け入れられん。マッカーサーでもできんかった2600年の国体の破壊をお前ごとき元警察官僚ができるはずもねぇやろ。」 「片倉…。貴様…。」 「日本の治安を守るために必要な法案がくだらん政治家の思惑だけで潰される。確かにそれは残念なことや。けどな。それがこの国の現実なんやって…。平和ボケしたこの国の現実なんや。それを現実として受け止められればあんたは警察官僚としてまだ進むべき道はあったはずや。」 「…なんだ…それは。」 「まどろっこしいけど、防諜の重要さを国民に喚起させるための啓蒙活動。」 「はっ…ばかばかしい。そんなものどこのマスコミに話しても一蹴される。」 「朝倉。もうそんな時代じゃねぇんだよ。」 片倉は携帯電話を見せた。そこには「ほんまごと」が表示されていた。 「ここには熨子山事件の全てが書かれとる。ほんでその背景にツヴァイスタンの工作活動があると書いてある。」 「…なんだこれは…。」 「今はこの手のネットの情報がマスコミのフィルタを通したもんよりも受け入れられつつある。ネットの記事を読んどる連中は分かってんだよ。既存のマスコミの情報にはバイアスがかかっとるってな。重要やと思われたネタはSNSで一瞬で拡散される。」 「拡散…だと…。」 「ああ。この「ほんまごと」は絶賛拡散中。これを読んだ連中はツヴァイスタンがどういった手を使って、この国に浸透工作を行ってきとるんかを知り始めとる。知って我が国の防諜体勢の不備に疑義を唱え始めとる。」 「なんだと…。」 「残念やったな朝倉。あんたのスパイ防止法は時代を先取りしすぎた。いまのタイミングであんたが動いとったらあの法案も国会で通っとったかもしれん。」 「ばかな…。」 片倉は朝倉に手錠をかけた。 「朝倉忠敏。殺人教唆の疑いで逮捕する。」 「殺人教唆だと?」 「ああ。」 「ふっ…その罪状には疑義があるな。」 「なんで。」 「確かに俺は直江に古田の始末を言った。だが直江がそれを行った形跡は見えん。」 神妙な面持ちで片倉は朝倉を改めて見た。 「鍋島は死んだよ。」 「なに!?」 「悠里に頭を撃ち抜かれてな。」 朝倉は言葉を失った。 「あんたが今川に指示を出し、それが下間芳夫に下りる。んでそいつを下間悠里が実行する。これであんたの殺人教唆は成立や。」 「と…言うことは…。」 「悠里はいま北署で取調中。残念ながらきょうのコミュには出席はできんよ。」 がっくりと肩を落とした朝倉はそのまま床に倒れ込んだ。 「おいおいこれぐらいでくたばってんじゃねぇよ朝倉。」 そう言うと片倉は部屋の中にあるテレビの電源を入れた。 画面には記者会見の模様が写し出されている。質疑応答のようだ。 「すいません。もう一度お伺いします。いまの加賀専務のご説明ですと、そのドットメディカルの今川がツヴァイスタンの工作員で、それの行内協力者が橘融資部長ということでいいんですか。」 「な…に…。」 呻くような声で朝倉は反応した。 カメラは加賀の冷静な表情を抑える。 「はい。概ねその認識で結構かと思います。つまり業者を装って当行のシステムに物理的に入り込み、周到な細工を施して特定の層に便宜をはかっていたということです。」 「どうしてそのような対象だけに融資が実行されるようなプログラムを、ドットメディカルは施したんでしょうか。」 「それは今後の捜査の進展によって明らかにされることと思いますので、ここではコメントを差し控えさせていただきます。」 突然記者会見の様子が来られスタジオに戻された。 「えー今入ったニュースです。先程警察の発表でドットメディカル納入のI県警のシステムにおいても金沢銀行同様の不正なプログラムが施された疑いがあるということで、今日の午後に記者会見を行う予定のようです。繰り返します。本日明らかになった金沢銀行の顧客情報システムに、納入業者であるドットメディカルが特定の対象者にとって有利に融資が実行されるシステムを組んでいたことが、金沢銀行の内部調査によって明るみになりました。そしてつい先程、金沢銀行同様の問題が発覚したとの発表がありました。警察はこの件については本日午後記者会見を行う予定です。」 片倉はテレビを切った。 「とりあえず今は殺人教唆。ほやけどこれからあんたの関連する悪ぃことがわんさと出てくる。ほんでも現在の法体系の限界ちゅうもんにぶち当たる。そうすりゃ流石に国民も『ほんなんで本当に日本の防諜体制は大丈夫か?』ってなるやろ。そしたらすこしはスパイ防止法の芽も見えてくるよ。」 朝倉の顔から表情がなくなっていた。
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オーディオドラマ「五の線2」
126.1 第百二十三話 前半
124.1.mp3 ドアをノックする音 「来たか。」 朝倉はドアに向かって部屋に入るよう言った。 長身の男がドアを開け、ゆっくりとした動作で部屋に入ってきた。 「え…。」 片倉の存在に気がついた男は思わず立ち止まった。 「なんでお前がここに…。」 「これは…どういうことなんや…。」 「部長。これはどういうことですか。」 男は不審な顔で朝倉を見るが彼は意に介さない。 「片倉。この男に見覚えがあるだろう。」 「…え…。」 「紹介しよう。直江首席調査官だ。」 朝倉は直江に片倉に挨拶をするよう促した。 「…直江真之です。いつぞやはお世話になりました。」 「直江…やっぱりあん時の…。」 「朝倉部長。これはいったいどういうことですか。」 直江の顔には朝倉に対する不信があからさまに出ていた。 「貴様の代わりだよ。」 「え?」 「モグラは退治しないとな。」 「モグラ?」 朝倉のこの発言に片倉は絶句した。 「え…。」 「調査対象であるコミュに調査員を派遣させるも、奴らは常にそれを察知していた。」 「なんやって…。」 「公調の動きがどうも奴らに筒抜けになっている。そう考えた俺は警察を装って内密に金沢銀行にコンドウサトミの捜査事項照会書のFAXを送った。」 「…。」 「俺は敢えて週末の業務時間終了後にFAXを送った。それが関係部署の人間の目に止まるのはおそらく週明け月曜の朝。その間、銀行は閉まっている。だがすぐさまその情報は今川らに周った。だから金沢銀行であんな事件が起こった。守衛と警備責任者である小松が消され、コンドウサトミの捜査事項照会書もコンドウサトミの顧客情報もすべて鍋島によって消されるというな。」 「…。」 「俺がFAXを送ってから半日も立たないうちに事件は起こった、この迅速さをどう説明するんだ。ん?直江。」 直江は何も言わずに朝倉を睨みつけている。 「熨子山事件で本多を摘発するなどして有能だった貴様が、組織内部の権力闘争に巻き込まれて閑職に追いやられているのが俺は見るに耐えなかった。だから長官に進言して貴様をここに引っ張った。そして俺の側で働いてもらった。それなのに貴様はあろうことか公調の調査対象そのものにネタをリークしていたわけだ。」 「…。」 「一体いつからだ?直江。いつから今川のイヌになった。」 淡々と話す朝倉、黙って彼の発言を聞いている直江。その両者のただならぬ緊張感に片倉は身動きすらとれない。 「貴様がどういう意図で奴らと接点を持っていたのかは知らん。しかし貴様の目論見は潰(つい)えたぞ。」 「どういうことですか。」 「今川も江国も下間もみな県警にパクられた。」 「…下間もですか。」 「あぁ。芳夫な。」 この瞬間、片倉の方直江がちらりと見たような気がした。直江は大きく深呼吸をして重い口を開いた。 「残念だったな。」 この直江の言が部屋にしばらくの沈黙をもたらした。 「…なに?」 「言いたいことはそれだけですか。朝倉部長。」 「何だ貴様…開き直りか。」 直江は胸元からおもむろに携帯電話を取り出した。 「あなたの都合のいいストーリーを聞くのはもうごめんですよ。」 そう言って彼は携帯を操作して、それを応接机の上に置いた。 「我が公調においてツヴァイスタン工作要因として従前より最重要監視対象であるこの今川が、下間芳夫という別の工作員を介して、あの事件後も尚、鍋島に資金を提供していることが明るみになるとあなたにとって非常に都合が悪い事態となりますね。」 「鍋島惇は死んだと判断したのは俺だ。この俺の判断が間違っていたということになる。」 「当時の事件の重要参考人です。例え不作為であろうと間接的にあなたは鍋島の逃走を幇助したことになる。それはあなたの責任問題にもなりかねない。」 「確かにな。」 「今川はコミュというサークル活動を仁川をして組織させ、そこで反体制意識の醸成を図っている。鍋島がその今川の子飼いの部下であったとなると、これまたあなたは不作為であるにせよ間接的に今川を利する判断をしたことになる。」74 「き…貴様…。」 朝倉の表情が変わった。 「まだあります。」 「ふっ...いいだろう。お前は優秀だ。誰かさんと違って物分かりが良い。」 「部長がおっしゃる誰かというのがいまひとつピンときませんが。」 「直江、俺の協力者になれ。」 「人事を握れ。」 「その後は。」 「古田を消せ。」 「直江ぇ!貴様!」 絶叫して朝倉は直江の胸ぐらをつかんだ。 「え…。いま何て…言った…。」 突然の展開に片倉は動揺している。 「貴様!何でっち上げてるんだ!俺はこんなこと言っていない!」 「部長。落ち着いてくださいよ。まだあります。」 机の上に置かれた携帯電話から音声が再生され続ける。 「察庁は何をやっている。」 「さあ。」 「松永は無能か。」 「そうかもしれません。」 「直江、少しはフォローしたらどうだ。」 「いえ。フォローのしようがありません。」 「お前も酷い男だな。」 「ですが、この一件で警察内で明るみになった事があります。」 この言葉に朝倉は15秒ほど沈黙し、ゆっくりと口を開いた。 「コンドウサトミこと鍋島惇の生存か。」 「はい。奴の生存が察庁内で明るみになったということで、熨子山事件に関わった人間の聴取が始まることでしょう。」 「それはお前の方でうまい具合に調整をつけておけ。」 「どのように?」 「知らぬ存ぜぬでいい。」 「と言いますと?」 「鍋島は七尾で村上よって殺害されたと判断するのが当時の状況から最も合理的な判断だった。それ以上でもそれ以下でもないと。」83 「一旦は熨子山事件の自分の判断ミスと間接的に今川らを利することを行った事を認めていたはずなのに、この時点ではそのもみ消しを図っている。」 「知らん!俺は知らんぞ!直江…貴様…そんな録音…どうにでもでっち上げられるだろうが!」 「録音?」 「ああ…。」 「おかしいですね。部長。私はこれを録音なんて一言も言ってませんよ。」 「ぐぐぐ…。」 朝倉は肩を震わせた。 「なんだ貴様は!俺をおちょくってるのか!」 朝倉は直江に殴りかかった。だがそれは片倉によって制止された。 「離せ!離せ片倉!」 「離しません。」 「離さんか!」 朝倉は片倉の腕を振りほどいた。 「はぁはぁはぁはぁ…。」 「朝倉部長。確かにわたしの録音だけだと証拠不十分かもしれません。ですがもうひとつあるとすればどうでしょう。」 「なに!?」 「おい!入れ!」 直江が声を上げると部屋のドアが開かれた。 「…わ…若林…。」 ガッシリとした体格にも関わらず、顔はほっそりとした制服姿の若林が現れた。
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オーディオドラマ「五の線2」
125 第百二十二話
123.mp3 霞が関合同庁舎の前に立った片倉は、登庁する職員に紛れていた。皆、言葉も何もかわさずただ黙々と歩き続ける。立ち止まった彼はおもむろに携帯電話を取り出して電話をかけた。 呼び出し音 「片倉です。おはようございます。」 「おはよう。いまどこだ。」 「公庁の前です。」 「なに?予定は15時だぞ。」 「なにぶん不慣れな東京です。昨日の夜金沢出て車で休み休み来ました。」 「車?」 「はい。これがあと半年先ですと北陸新幹線で2時間半とちょっとでここに来ることができたんかもしれませんが。」 「北陸新幹線な…。」 「まぁ部長との予定の時間まで随分ありますから、それまでどっかのネットカフェで休憩でもとります。」 「待て。せっかく来たんだ。俺の部屋まで来い。」 「え?」 「こっちも遠路はるばるお前が来るから、何かおもてなしをしないとと思って、その準備をしようとしていたところだ。」 「そんな…気を遣わんでも…。」 「こんな時間にまさか貴様が来るとは思わなかったから、何の準備もできていないが、空調が効いた部屋にいるほうがお前も疲れがとれるだろう。」 「あ…いいんですか?こんな田舎のいちサツカンが部長の部屋で休憩をとるなんて。」 「いい。俺の部屋は治外法権だ。」 「ふっ…。」 「なんだ。」 「じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。」 「話を通しておく。そのまま庁舎に入って受付に案内してもらえ。」 「はい。」 携帯を切った片倉は拳を握りしめた。 「治外法権ね…。」 片倉は部長室のドアをノックした。 「おう。ちょっと待ってくれ。」 部屋の中から朝倉の声が聞こえた。暫くしてドアが朝倉の手で開かれた。 「良く来たな。片倉。」 「すいません。こんな早い時間に。」 「まぁ入れ。」 「失礼致します。」 部屋に通された片倉は備え付けの応接ソファに腰を掛けた。 「金沢からどれくらいかかった。」 「ノンストップなら6時間もあれば着くんでしょうが、本当に休み休みで来たんで結局10時間ぐらいかかりましたよ。」 「そうか…。ご苦労さん。」 そう言うと朝倉は缶コーヒーを片倉に差し出した。 「すまんな。まだ庶務の人間が登庁してないんだ。なんでも急に子供が熱を出したとかでな。俺はお茶出しとかの気の利いたことはできん。だからこれで勘弁してくれ。」 「そんな…ありがとうございます。」 そう言って彼は缶コーヒーを開けて口をつけた。 「手際が良いじゃないか。片倉。」 「え?何のことですか。」 「今回の捜査のことだよ。」 「と言いますと?」 朝倉は呆れた顔で片倉を見た。 「何言ってんだ。県警の捜査から離れたと思ったら、その後釜の人間が一気にホシを検挙。」 「あ・あぁ…それですか。」 「見事だよ。今川は土岐部長によってパクられ、奴の上司に当たる七里も外注先のHAJABの江国も一気にパクった。」 「…それは俺の部署とは直接的な関係はありませんよ部長。」 「なに?」 「そもそも俺はチヨダの人間です。表向きは俺は土岐部長の直属の部下ですが、実際のところは察庁の松永理事官の指揮下にあります。チヨダマターは土岐部長には何の関係もありません。けど俺らが追っとった今川は情報調査本部の土岐部長の手でパクられた。俺はむしろ手柄を土岐部長にかっさらわれたわけですわ。」 朝倉は無言になった。 「第一うちのチームは鍋島も下間も誰もとっ捕まえとりません。それどころか鍋島に原発に入り込まれて爆発事故まで起こしとるんです。俺ん所は全然駄目です。犯罪を水際で食い止めるのが俺ら公安の仕事。ほやけど最近は水際どころか表に出てきとる。こうなると俺ら公安の存在意義がどんどんなくなっていきます。」 「片倉。自分を責めるな。」 「普通の仕事はなにかがあったらそれにどう対応するか。どう営業成績をあげるか。これが評価の対象です。ですが公安の仕事は違う。俺らは出版の校正マンみたいなもんです。世の中に出回る本は誤字脱字がなくて当たり前。当たり前の状況を作り出すことが校正の仕事です。もしも誤植があれば一大事。問題が発生することそのものが校正マンにとってはあってはいけない事です。つまり目に見える事が起こることがマイナス評価。他人の目に触れることがない仕事をしとるわけですから、評価なんかされにくいですわ。」 朝倉は片倉の語りに耳を傾ける。 「最近は何やっても鍋島や下間に裏をつかれるし、ほんで手柄は身内にかっさらわれる。」 「鍋島はどうなんだ?」 片倉は首を振る。 「未だ行方知らずか。」 「はい。」 「挙句、貴様の家庭は問題を抱えたまま…か。」 「そうです。もう俺は踏んだり蹴ったりなんですわ。」 朝倉はため息をついた。 「片倉。」 「はい。」 「貴様は自分の能力を過小評価している。俺は貴様を評価しなかったことは一度もない。」 「部長…。」 「ただ今の貴様は精神的に相当参っているようだ、電話でも言ったように今の貴様には休息が必要だ。先ずは休んで心を落ちつけろ。そして家庭に向き合うんだ。」 「はい。そのつもりです。」 「足元をしっかりと固めてからでいい。それまで俺は待つ。それから共に仕事をしよう。」 片倉の瞳に熱いものがこみ上げた。 「お・そうだった。」 そう言うと朝倉は時計を見た。 「片倉。ちょうどよかった。貴様に紹介したい人間がいる。」 「え?」 「あとしばらくでここに来る。どうだ会ってみないか。」 「あの…どういった人間で?」 「モグラだ。」 金沢銀行殺人事件捜査本部の本部長席に座った岡田はモバイルバッテリーを刺した自分の携帯電話を見ていた。 ーこの「ほんまごと」、情報の確度が高すぎる。これが黒田の記事ってやつか…。ほんでもネタ元が片倉さんやとすっと、あの人なんでこんだけのネタ持っとらんや…。あの人はサツカンから足洗ったはずねんけど…。 「岡田課長。」 若手捜査員が岡田の名前を呼んだ。 「何や。」 「最上本部長がお呼びです。別室までお願いします。」 「本部長が?」 岡田は携帯を持ったまま離席した。 部屋に入ると先日同様、テレビに最上の姿が写し出されていた。 「おはよう岡田くん。」 「おはようございます。」 「発生署配備を解除してくれ。」 「え?」 「藤堂豪こと鍋島惇は死んだ。」 「ええ!?」 思わず岡田は大声を上げた。 「こらこら…朝からそんな大きな声出すと、びっくりして僕の血圧が上がってしまうよ。」 「え…申し訳ございませんが私には本部長がおっしゃっていることが全く飲み込めません。」 「説明は割愛させてもらうよ。これは君に対する報告だ。」 「でも…。」 「とにかく金沢銀行殺人事件捜査本部が追う被疑者鍋島惇は死亡した。よってこの帳場は解散だ。」 「しかし…。」 「しかし何だね。」 「…その…仮に鍋島が死亡したとしても、金沢銀行顧客情報が何らかの形で置き換わった件はどうするんですか。」 「解決済み。」 「え?」 「OS-Iとかドットメディカルの今川とか、HAJABの江国の件だろう。」 ーえ…なんで本部長はそこまでのネタを把握しとるんや。俺はこの話、若林にしか話しとらんぞ。 「別働隊が関係者を全て検挙した。」 「え?別働隊?」 「うん。」 「え…どういうことですか。」 「別件でドットメディカルの今川を捜査していた。そこで芋づる式に金沢銀行のシステムの話も出てきてまとめてパクった。簡単に説明すればこういうことさ。」 「あ…そうなんですか…。」 「ところで岡田くん。」 「何でしょうか。」 「君が教えてくれたSNSで拡散されているブログ記事の件。僕も読ませてもらったよ。」 「あ。」 「君はあの記事を率直にどう思ったかね。」 しばし黙り込んだ岡田はゆっくりと口を開いた。 「…真実に迫るものがあると思います。」 「真実に迫る…。」 「はい。」 「どうしてそう言えるんだ。」 「おそらく私はこの記事を書いとる人間と直接会ったことがあります。」 「ほう。」 「その著者が信頼に足る人間かどうかは、正直私はわかりません。ですがその著者と思われる人物を紹介してくれた人間は信頼できる人間です。」 「…そうか。」 最上は目を伏せた。 「はい。」 「岡田くん。」 「なんでしょう。」 「君もやはりそのクチか。」 「え?」 最上の口元がやや緩んでいるように見える。 「頼めるかね。」 「あの…本部長…。」 「最後の仕上げを君に頼みたい。」 岡田はキョトンとした。 「ホテルゴールドリーフ。ここに今から来てくれ。」 「え?」 「そこに来れば全てが分かる。」 こう言って最上はまたも一方的に通信を遮断した。
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オーディオドラマ「五の線2」
124 第百二十一話
122.mp3 「下間確保しました。」 「了解。」 「これからマサさんと下間の通信手段を抑えます。」 「わかった。くれぐれもホンボシに感づかれないように注意しろ。」 「了解。」 土岐は無線を切った。 「いい流れだね。」 「はい。」 県警本部長室の中には各種無線機が並べられ、数名の捜査員が詰めている。その中で本部長の最上と警部部長の土岐は向かい合うようにソファに掛けていた。 「七里君は?」 「安全なところに匿っています。」 「江国は?」 「情報調査本部の取調室です。今川逮捕と橘刑事告発の話を聞いてシステム改竄についてすぐにゲロしました。」 「ほう。」 「今川から県警システムの受注話を聞いたときから、鍋島の指紋情報を都合よく改竄できるよう細工を施していたようです。」 「そうか。」 「HAJAB成長の鍵を握っていた今川を抑えられ、金沢銀行システムの斡旋窓口だった橘がやられたとなると、流石に江国もどうにもならずに早々に敗北を認めたというところですか。」 「そういうところだろうな。」 「それにしても一色貴紀という男をとりまく人物のその…絆とでも言うんでしょうか…。どうしてここまで人を動かすんでしょうか。」 「七里君の件か?」 「はい。七里は熨子山事件当時、一色の車に搭載されていたGPS発信機を自分の車に載せるよう自ら一色に進言。朝倉に対する陽動作戦を決行しました。作戦は功を奏し朝倉は独断で熨子山事件の犯人は一色であると決め、帳場を設置。捜査の早期終結を図る方針を打ち出して自らの企みをもみ消そうとしました。ですが一色本人が鍋島によって殺害されていたため、捜査の方向性を少しずつ調整し、奴にとってイヌである三好元課長を難癖をつけて更迭。事件の主犯である村上も鍋島を使用して殺害。一色の策略は朝倉の前に破れ去りました。それから3年の時を経て、再びあの汚名を晴らさんと今回も七里自ら今川の監視役を買って出てくれました。」 「そうだね。おかげで今回はうまくいった。」 「七里にとっては今川が逮捕となり、金沢銀行や県警のシステムに不正を働いていたことが世間に公表されればドットメディカルという会社にとって不利益しかもたらしません。それなのに七里はこの役を自ら買って出てくれました。」 紙コップに入った温かいお茶を飲んで最上は口を開いた。 「土岐君。」 「はい。」 「君はいま一色の策略は朝倉の前に敗れ去ったと言ったね。」 「え…はい…。」 「その言葉、ちょっと違うよ。」 「え?」 最上は大きな体を起こして立ち上がった。そして窓側に移動して土岐に背を向けた。 「一色貴紀という人材を亡くしたのは警察にとって本当に痛手だった。でもね、それも今考えてみれば必要な犠牲だったのかもしれない。」 「え?あの…本部長…。」 「3年前の熨子山事件。そして今回のimagawa。これらは全て波多野元内閣官房長官による絵だ。」 「え…。」 「つまり一色貴紀をとりまく諸状況はあくまでもミクロの話。マクロでは波多野さんが全て絵を書いていたわけだ。」 「え…。」 土岐は絶句した。 「本部長。松永理事官からテレビ電話がつながっています。」 無線機の前に座っている捜査員が最上に報告をした。 「うん。回してくれ。土岐部長も同席してくれ。」 「え…はい…。」 部屋の壁に置かれた50型のテレビに映像が写し出された。そこには松永の姿があった。 「あ…。」 土岐は思わず声を発した。そこには松永とともに白髪頭の老人が臨席していた。 「は…波多野元長官…。」 最上はテレビに向かって敬礼を行った。同席してる土岐も最上に合わせて同じく敬礼をする。 「ご苦労様です。最上本部長。こちらにも報告は入っています。」 「面目次第もありません。」 「たしかに鍋島死亡は残念です。ですがツヴァイスタン関係の人間を一斉に検挙できているんです。ですから良しとしましょう。」 「ありがとうございます。」 「七里捜査員は。」 「安全な場所で休息をとっています。」 「そうですか。」 このやり取りに土岐は言葉を失った。 「え…。七里は潜入?」 「土岐部長。」 「は・はいっ!」 「ご苦労さまでした。十河捜査員と神谷捜査員との見事な連携。おかげで今川と下間はなんなく検挙できました。」 「はっ!過ぎたるお褒めの言葉です。」 「朝倉を騙すために日章旗を踏みにじるなんて、屈辱にもよく耐えてくれました。」 「いえ…。」 「息子さんの件はご心配なく。彼は何もやっていません。朝倉子飼いのサツカンが適当な罪名をでっち上げて息子さんを署まで引っ張ってきただけです。あなたの出世などには一切響きませんので、従来通り職務に励んで下さい。」 「と言うことは、朝倉は。」 「まだです。」 「え?」 「朝倉には然るべき人間が然るべき引導を渡します。」 「松永理事官。」 最上が口を開いた。 「今後の指示をお願いします。」 画面の松永は頷いた。 「県警警備部はコミュの村井をマークして下さい。本日19時コミュが開かれます。そこで村井を現行犯で検挙します。」 「現行犯ですか?」 「はい。罪状はなんでもいいです。とりあえず検挙してから村井への対応は考えます。」 「承知致しました。人選はこちらで行って良いですか。」 「はいお任せします。」 「かしこまりました。」 「最上本部長。土岐部長。」 今まで黙っていた羽多野が口を開き自分たちの名前を読んだため、2人に緊張が走った。 「盆には間に合わなかったが、明日あらためて一色の墓に線香を上げさせてもらう。」 「はっ。」 「その際には君も一緒に来てくれ。」 「勿論です。」 画面の波多野は穏やかな顔で頷くだけだった。 午前三時の金沢銀行の専務室は明かりがついていた。 「明日10時の記者会見の準備はひと通り完了しました。」 入室してきた常務の小堀が加賀に報告した。 「ご苦労さまでした。検察は?」 「橘の身柄とひと通りの資料を持っていきました。」 「外部に気づかれていませんね。」 「はい。この事実を知る人間は総務部の一部の人間と取締役会のみ。検察側の人間もマスコミに嗅ぎつけられないよう相当気を遣って隠密に動いていました。」 「そうですか。」 加賀は椅子に身を委ねた。 「しかし専務。」 「うん?」 「私は少し解せんがです。」 「なんですか。」 「あまりにも検察の動きが早すぎます。こっちからこうこうこんな事があったって電話で通報したら、ものの20分ほどで数名の職員が来たんですよ。ほんで聴取も短時間。立件に必要な書類に目星をつけるのも一瞬。あいつら随分前から橘の悪さをマークしとったんじゃないですか。」 「…そうかもしれませんね。」 「ちゅうとこの行内に検察のスパイがおったとも考えられます。」 「スパイね…。」 「はい。」 「居るんじゃないんですか。」 「え?」 「まぁそんな人間のひとりやふたり居ないと、常務が仰るように検察はこうも迅速な対応はできませんよ。しかもこんなに隠密理にね。」 「専務…。」 「常務。検察のスパイ探しはやめましょう。仮にスパイが行内に居たとしても、実際橘は悪事を働いていたんです。それに司直の手が伸びるのは当たり前のことと言えば当たり前のことです。」 「…はい。」 「あとは私が責任をとればいいだけの話です。」 「え?」 加賀は席を立った。 「長かった…。」 「あの…専務?」 「でもこれは入り口に過ぎない。これからが本当の闘いになる。」 「専務。どうしたんですか?」 加賀は小堀と目を合わせずに窓の外を眺めた。 「見届けさせてもらいますよ。政治家と官僚の本気を。」 「え?」
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8 years ago
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オーディオドラマ「五の線2」
123 第百二十話
121.mp3 「ご苦労さん。トシさん。今どこや。」 「病院や。」 「傷は。」 「幸い大した事ない。」 「…良かった。いきなりガサッっていってトシさんうめき声出すんやからな。」 「ふっ。ワシも長いサツカン人生で撃たれたのは初めてやわいや。こんでしばらく手は上がらん。」 「痛いんか。」 「あたりめぇや。だらほど痛いわ。」 「ほんだけ元気があるんやったら、すぐにでも復帰できそうやな。」 片倉は煙草を咥えた。 「トシさんを撃って、すぐさま鍋島の頭を撃ち抜く。悠里のやつここまでの腕を持っとったとはね。」 「あぁ得物はVSSらしい。」 「VSS?」 「あぁワシはその手の重火器についてはよく分からんが、SATの詳しい奴が言うにはロシア製のもんらしい。なんでも開発時に要求されたんは「400メートル以内から防弾チョッキを貫通する完全消音狙撃銃」。(出典https://ja.wikipedia.org/wiki/VSS_(狙撃銃))悠里が狙撃をしたんは丁度400メートル離れたマンションの屋上。そこから射程ギリギリの標的を見事狙撃するわけやから、あいつの腕は恐ろしいもんやと。」 「ほうか…。」 「こんだけの腕をもった連中がツヴァイスタンの秘密警察にうようよしとる。そう考えると背筋が寒くなるわ。」 片倉は煙草の火をつけた。 「まぁ便利な世の中になったもんや。」 「あん?」 「ワシはネットのこととかよく分からんけど、ワシの目の前で起こっとる状況を音声だけとは言え、こんだけお前に伝えることができるんやからな。」 「何言っとれんて。トシさんの携帯、通話中のまんま放置しただけや。携帯電話の技術の進歩のおかげ。」 「喋っとるワシの声だけじゃなくて、周りの音まで聞こえとってんろ。」 「ああ。SATが発砲したんはきれいに聞こえた。ほやからなんの音も聞こえんがにトシさんが倒れたような音が聞こえた時は、まさかSATがトシさんを間違って撃ってしまったんじゃねぇかって焦ったわいや。」 「それやったら大事やったな。」 「まあな。」 「ところで片倉。お前今どこなんや。」 片倉は窓の外を眺めた。 「駒寄(こまよせ)のパーキング。」 「駒寄?どこやそれ。」 「群馬。こっから霞が関までは約2時間てところか。」 車の時計表示は2時40分である。 「ほんまごとはどうなんや。」 「あぁひととおり喋るだけ喋った。いまごろ黒田のやつひぃひぃ言って記事にまとめとると思うよ。」 「どこまで喋った。」 「それは記事を見てくれればトシさんも分かる。」 「勘弁してくれま。ワシやって手負いなんやぞ。こんな状態でパソコンの画面なんか見れんわいや。」 「熨子山事件については俺が知りうること全部話した。当時の本多、マルホン建設、仁熊会、警察の癒着の流れ。ほんでその事件の背後に警備課長の更迭があったこと、村上警備担当が不審死を遂げとったこと、村上が鍋島に操られとった可能性があること、鍋島の背後にツヴァイスタンがあるちゅうこととかみんなや。」 「鍋島の妙な力は。」 「伏せた。これはカク秘や。」 「ほうか。」 「んで最近の事件についてもある程度喋った。」 「どんなこと喋った。」 「長尾が公安のエスやったってことは伏せた。その代わり長尾と三好さんの接点については喋った。」 「小松の件は。」 「それも伏せた。小松がツヴァイスタン側のエスやって世間にばらしたら、それこそ金沢銀行の信用問題を大きくしてしまう。ただでさえ金沢銀行はかちゃかちゃや。こんなにぞろぞろ不審を買う材料が出てしまうとあの銀行は破綻しかねん。」 「確かにな。ほんで小松は自殺としての処理のまんまか。」 「佐竹の部下の真田と武田っちゅうドットメディカルの出向社員が小松の自殺は疑わしいと言っとる。ほやからいずれ岡田んところの帳場と連携とってコロしの線で再捜査になるやろ。」 「そこら辺で小松とツヴァイスタンの関係性が浮上したらどうするんや。」 「潰す。」 「潰す?」 「ああ。加賀たっての希望や。」 「なんで。」 「小松は金沢銀行の役員連中にも人望があったしな。こいつが敵国スパイの協力者やってなると、行内に動揺が走る。金沢銀行は熨子山事件はじめ守衛殺しの事件で信用が落ちてきとる。ほんで橘の不正や。ここに小松の件が加わるとガタガタになる。ほやからせめて行内だけはしっかりと統率を取らせてくれってな。」 「他ならぬ強力なエスからの頼み事や。しゃあねぇな。」 「とりあえず今は金沢銀行内の調査と岡田んところの帳場の行方を見守るのが得策と判断した。」 「ほやけどどうやって潰す。」 「カク秘。」 「ふっ。」 片倉は座席を倒した。 「トシさんさ。」 「なんや。」 「どうやったけ…。」 片倉は両腕を伸ばして大きく伸びた。 「鍋島の最後。」 古田はしばし無言になった。 「…あっけねぇわ。」 「ほうか…。」 「正直ひとが撃たれる現場っちゅうもんを生で見たことなかったし、一瞬何が自分の前で起こっとるか理解できんかったわ。」 「俺もひでぇ現場見てきたけど全部事後の現場や。」 「片倉。人間ちゅうもんは瞬時に肉塊になるんやわ。」 「そうか…。」 「戦争体験談とかで目の前で仲間がばたばた倒れていくっていうのは聞くけど、多分今回のような状況が常態化するんやろうなと思うと気がおかしくなるわ。」 「そんなにか。」 「あぁ。ついさっきまで意思を持って言葉を発しとったもんが一瞬でただの肉の塊になる。形をかえた肉の塊にな。」 片倉は無言になった。 「あぁほうや。」 「なんや。」 「その鍋島について興味深いネタが上がっとる。」 「興味深いネタ?」 「おう。」 「なんねん。」 「なんでも鍋島の財布の中から一色の社員が見つかったらしいんやって。」 「一色の写真?山県久美子の写真じゃなくて?」 「おう。」 「なんじゃ…それ…。」 「普通、財布の中に自分が忌み嫌うもんを入れっか?」 「いや。」 「そこで佐竹は興味深い説を打ち立てた。」 「どんな。」 「鍋島バイセクシャル説。」 「バイ?」 思わず片倉は大きな声を出してしまった。 「あぁ…ここからは想像の域を超えんけどな。聞くか?」 しばらく片倉は黙った。 「…トシさん。俺…いいわ。」 「うん?」 「ホンボシの鍋島は死んだんや。五の線ついてはもうあいつら自身に任せようぜ…。」 「なんや興味ないんか片倉。」 「興味ないことなんかねぇ。でもな…いまは俺は正直そこまで考えが及ばん。」 「そうやな…。」 「俺は俺のやることをやり遂げる。その後にゆっくり聞かせてくれ。」 「…わかった。」 電話を切った片倉は車の天井を見つめた。 「生まれながらにして社会的マイノリティやった奴が性的マイノリティか…。」 こう呟いた彼はそっと目を閉じた。 深い夜の時間にも関わらず、石川大学の下間研究室の明かりは点いていた。 研究室のソファに横なった下間は目を開いて壁にかけてある時計を見た。時刻は3時を回っている。 ー今日のコミュまでにあと16時間。悠里は大丈夫だろうか。 大きく息を吐いて再び目を瞑るも眠ることが出来ない。下間は身を起こして窓側に移動した。ブラインドの隙間から外の様子を窺うと、自分の研究室と同じように明かりがついている他学部の研究室も見えた。 携帯のバイブレーションが作動した。 彼は咄嗟にそれを手にする。 「今川…。」 件名のないメールであった。 ーこの時間に連絡…。何か嫌な予感がする…。 下間の鼓動が激しくなった。それによって携帯を手にする指が僅かながら震える。 ー任務完了の報告は悠里から直接あることになっている…。悠里じゃなく今川からてこの時間に私に連絡となると…。 荒くなってきている息遣いを落ち着かせるように、下間はわざとらしく深呼吸をした。そして意を決して今川からのメールを開いた。 「悠里が…警察に…。」 メールには悠里が鍋島を追う過程で警察に取り囲まれた。その際悠里の車の中からVSSが発見されたため緊急逮捕となったと書かれていた。 「終わった…。」 下間は呆然とした。 暫くして再び今川からメールが届いた。下間は力なくそれを読んだ。 「キャプテンの力で悠里をどうにかできないか掛け合ってみる。お前は俺に悠里とのやり取りが分かるように簡単にまとめて今すぐ送れ。鍋島についてもキャプテンに再度指示を仰ぐ。」 「今川さん…。」 下間の目に力が宿った。パソコンの前に座った彼は直近の悠里とのやり取りを箇条書きに記した。  ・鍋島の殺害指示を悠里へ伝達  ・殺害期日を悠里へ伝達  ・警察から尾行された悠里からそれを巻いた報告あり  ・案外警察のマークが厳しい。そのためコミュの件を慎むよう悠里からの進言  ・鍋島殺害は上からの命令があるため実行を確認 これを下間は直ぐに今川に返信した。 「悠里の忠実さを打ち出して、朝倉の同情を買うしかないか…。まったく…非科学的な組織だ…。」 下間は頭を抱えた。 「頼む…今川…なんとかしてくれ…。」 研究室のドアをノックする音が聞こえた。 ー誰だこんな時間に…。 「下間先生。細田です。」 「え?」 「気分転換にキャンパスの中を歩いてたら、先生の研究室に電気がついていたのでちょっと来てみました。」 パソコン周りを片付けた下間は研究室の鍵を空けた。そこには白髪姿の細田が立っていた。 「先生も今日は徹夜ですか?」 「最近、家には帰っていないんですよ。」 「それはそれは…なんですか学会発表か何か?」 そう言うと下間は細田に研究室の中に入るよう促した。 「この日のために。」 「え?」 突如細田の背後から神谷が現れ、彼は細田を隠すようにその前に立った。 「下間芳夫。」 「なんだお前は。」 「警察だ。」 神谷は警察手帳を開いて下間に見せる。 「下間芳夫。下間悠里による鍋島惇の殺人幇助の疑いで逮捕する。」 「なに!?」 下間は神谷によって瞬時に後ろ手に手錠をかけられた。 「ま…まて…。」 手錠をかけられる間、下間は細田と目があったが彼は何の反応も示さなかった。 「残念だったな。下間。細田はこっち側の人間だ。」 「な…。」 「鍋島は死んだ。鍋島を殺した悠里は我々の手で抑えた。」 「え…。」 そう言うと神谷はスマートフォンを取り出した。そしてその画面を下間に見せる。すると下間は膝から崩れ落ちた。 神谷が手にするスマーフォンの画面には、先程下間が書き出した箇条書きのテキストが表示されていた。 「今川も確保済みだ。」 数名の男が下間と男の間を割って、研究室に入った。 床に手をついた下間はそのまま力なく地面を見つめた。 「下間確保しました。」 無線に向かって神谷は口を開いていた。
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8 years ago
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オーディオドラマ「五の線2」
122 第百十九話
120.mp3 「こいつとお前を殺す。」 銃口を向けられた古田は微動だにしない。 「…心配するな一瞬だ。」 「ふっ…。」 「なんだ。」 「最後の最後でチャカか。あ?鍋島。」 「なんだてめぇ。」 「お前は散々人を殺めた。その手口は全て絞殺もしくは刺殺。チャカは使わん。そんなお前がここにきてチャカを手にした。」 「だから何なんだ。」 「相当切羽詰まっとれんな。」 「うるさい。」 古田は右拳を鍋島に向けて突き出した。 「あん?」 「鍋島。これに見覚えがあるやろ。」 そう言うと古田は握りしめていた右手を開いた。 それを見た鍋島の動きが一瞬止まった。 「村上が使っとったジッポーや。」 「それがどうした…。」 「お前が目指した残留孤児の経済的自立。それを支援しとった村上のな。」 「言うな。」 「お前が金金言うとる横で、村上は仕事を斡旋したり本当の意味でのあいつらの自立支援に取り組んどった。自分の金を持ち出してな。」 「…。」 「熨子山の塩島然り、相馬然り。村上の世話になった人間は数しれん。」 「相馬…だと…。」 「それがどうや。お前はそんな村上を殺した。それがもとで相馬は会社を厄介払いされた。そん時あいつは誓ったよ。たとえそれが誰であろうと、村上を殺した人間は絶対に許さんとな。」 「…。」 「お前は相馬に間接的に経済的援助をしとったつもりなんかもしれんが、どんな理由があれそれこそ偽善。エゴや。お前は今川や下間によって設計された人間や。ほやけどそんなお前でも、お前はお前の力で判断できたはずや。」 「何をだ…。」 「何が正しくて何が間違いか。人間として最も基本的な判断のことや。」 ー鍋島のやつ…ここで銃を取り出してこいつらを撃ち殺そうっていうのか…。しかしこんな住宅が密集している場所で発砲なんかすれば、直ぐに警察が駆けつける。そうすればさすがの奴もお縄だ。 心のなかでこう呟いた悠里だったが、ここで一旦動きを止めた。 ー警察? 「待て…。」 悠里は咄嗟に暗視スコープの倍率を上げ、北高の屋上あたりを舐めるように覗いた。 「あ…。」 そこには物陰に身を潜める人間が何人も居る。 「まずい…。」 こう呟いたときのことである、屋上に身を潜めていた人間の内ひとりがこちらの存在に気がついた。 「しまった。」 屋上の人物は何やらサインのようなものを別の人間に送っている。 「くそが…。」 「こちら狙撃支援班。」 「何だ。」 「先程のマンションの屋上に人影らしきものあり。」 「なにっ!」 関は立ち上がった。 「おい。さっきの捜査員と繋げろ。」 「はっ。」 指揮班の人間は手際よく無線を繋いだ。 「私だ。今どこだ。」 「マンションの手前30メートル。」 「屋上に居る。」 「え?」 「今、狙撃支援班が確認した。…できるか。」 「…やってみます。」 「頼むぞ…。」 グラウンドの様子を映し出すモニターを眺めながら関は祈るような声を出した。 「ふっ…何が正しくて何が誤りか…か。」 「ほうや。」 「それは勝った者が決めることだ。」 「お前は勝てん。」 「俺は勝つ。負けるのはお前だ。」 鍋島は引き金に指をかけた。 「村上…。やっぱりこいつは言っても分からん奴やったわ。」 こう呟いた古田は手にしていたジッポーライターに火を点けた。そしてそれを天空めがけて突き上げた。 「合図です。」 狙撃支援班からの無線を聞いた関は間髪入れずに返答した。 「よしやれ。」 ライフル音 「ぐあっ…。」 鍋島の右太ももを銃弾が貫通した。不意を打つ狙撃であったため、彼はその場に崩れ落ちた。すかさず古田は鍋島に駆け寄る。そして鍋島の右手を渾身の力で蹴り上げた。 鍋島が手にする拳銃は彼の手を離れ、宙を舞った。 「確保!」 こう叫んだ古田は咄嗟に鍋島の腕をきめ、彼を地面に伏せさせた。鍋島が動けば動くほどその締りはきつくなる。 「ぐっ…くっ…。」 屋上からロープが垂らされた。 「鍋島。お前のために警視庁からわざわざSATに出張ってもらったんや。ありがたく思え。」 「SATだと…。」 「ああ。」 「クソが…。」 「ここでワッパかけたいんやけどな。残念ながらワシはもうサツカンじゃあねぇ。ここは現役諸君にお任せするわ。」 「何だ…あっけないぞ鍋島…。」 暗視スコープを覗き込む悠里は呟いた。 ー鍋島…。これがお前が俺に見せたかったものなのか?…。 悠里は深呼吸をした。 ー俺に足を洗えとか言いながら、お前はこうも無様に警察のお縄にかかる。…こんなもんを見て何が分かるっていうんだ? 「くそ…どうする…。このままあいつが警察の手に渡ったら俺の任務はぱぁだ…。」 北高の屋上に潜んでいた人間たちが一斉にロープを伝って地上に降りはじめた。 ー残念だが俺だって自分の命が惜しい。そして家族の命もだ。俺がやらなければ父さんや麗も粛清される。もちろん母さんも…。 生ぬるい風が悠里の頬に吹き付ける。 悠里は再び大きく息を吐いた。そして風を計算して照準を合わせ直す。 ー生きてさえいれば何とかなる。俺は生きるためにお前を撃つ。 「待てや!!」 「え…。」 鍋島の腕を決める古田の姿をみていた佐竹は絶句した。 古田が鍋島に覆いかぶさるように倒れ込んだのである。 それと交互して地面に伏せられていた鍋島は右足を庇いながら立ち上がった。そして倒れ込んだ古田を見下ろすと、彼は息を切らして肩を抑えていた。 「ぐうっ…。はぁはぁはぁはぁ…。」 古田のベージュのカメラマンジャケットが赤く染まりだしていた。 地上に降り立ったSAT隊員たちは状況を目の当たりにして一瞬立ち止まった。 「これが…お前の答えかよ…。悠里…。」 「ゆ…悠里…?」 刹那、鍋島の頭が撃ち抜かれた。それにともなって彼の頭部の肉片と脳漿が辺りに飛び散った。 「え…。」 鍋島はそのまま地面に倒れた。 「な…鍋島…。」 「鍋島…。」 「おメぇぇぇ!!」 マンションの屋上でライフルを構えていた悠里に突進した捜査員は、彼を背後から羽交い締めにした。 「ぐっ…。」 「何やっとんじゃ!このボケがぁ!」 「はぁはぁはぁはぁ…な…なんだお前は…。」 「警察や!」 「け・警察…。」 捜査員は悠里を後ろ手にしてそれに手錠をかけた。 「はぁはぁはぁはぁ…班長…。屋上の男逮捕しました。」 「…ご苦労だった。」 「現場は…。」 「…古田負傷。鍋島は死んだ。」 捜査員は力なくその場に座り込んだ。 「…無念です。」 「やむを得ない。」 職員室に待機していた捜査員たちがグラウンドに集合した。それぞれが現場の状況の記録をとっている。 「大丈夫ですか。」 関が古田の様子を覗き込んだ。 「あ…あぁ…多分…。」 「出血がひどいです。もうすぐ救急車が来ます。それまでなんとか我慢してください。」 「すまん。」 「いえ。謝る必要はありません。鍋島を生きて捕らえられなかった私の責任です。」 止血措置を施される古田はうつ伏せに倒れる鍋島を見つめた。 「鍋島を撃ったんは。」 「下間悠里のようです。確保済みです。」 「…悠里か…。」 「麗には悠里のことは伏せてあります。」 「…あぁそのほうがいい。それにこの現場の状況もあいつらには見せんほうがいい。」 「はい。」 変わり果てた鍋島のもとに佐竹が力なく近寄る姿を古田は見ていた。 「鍋島…。」 彼の頭部に手を伸ばすとそれは捜査員に制止された。 「現場の保存にご協力下さい。」 手を引っ込めた佐竹は呆然として鍋島を見つめた。 悠里が発射した弾丸は鍋島の後頭部に命中した。倒れる彼の頭部は弾丸によって一部が破裂している。 「どうせ悲惨な終わりしかないなら、劇的な終わりを俺は望むよ。」 「これが…。」 佐竹はその場に座り込んだ。 「これが…お前が望んだ終わりかよ…。鍋島…。」 憎しみの念しか抱いていなかったはずなのに、佐竹の瞳から涙が溢れ出していた。 「なんで…なんでだよ…。なんでこんなことになったんだ!」 彼の悲鳴にも思える絶叫がその場を静まり返させた。 「なんで…お前は…ここまで…突っ走っちまったんだよ…。」 「佐竹さん。」 関は佐竹に近寄って声をかけた。 「ひょっとしたらこれ…関係あるかもしれません。」 白手袋をはめた関の手にはチャック付きのポリ袋があった。 「え…それ何ですか。」 「鍋島の財布の中から出てきました。」 それを手渡された佐竹は息を呑んだ。 「え?どういうこと…ですか…」 「見ての通りだと思います。」 「え…。」 「一色貴紀の写真ですよ。」 ポリ袋の中には証明写真サイズの一色貴紀の写真があった。写真の彼は若くそして珍しく笑顔であった。 「な…んで…?」 「…わかりません。ですがこの写真だけが鍋島の財布の中に入っていた。」 「これだけ?」 「ええ。」 関は自分の財布を取り出した。 「見てください。これが僕の財布です。中には数枚の紙幣と硬貨。そして何枚かのカード類しか入っていません。」 「え・ええ…。」 「だけどこれ。」 そう言うと関はメモ帳の切れ端のようなものを取り出した。 「なんですかそれは。」 「これはうちの子供が書いてくれた僕なんです。」 「関さんですか?」 関は苦笑いを見せた。 「はい。下手くそでしょう。特徴らしいものをちっとも掴んでいない。でもなんだか見ていると愛着が湧いてくる。ほら自分はこんな仕事しているでしょう。子供と会える時間も限られているんで、せめてこれを財布の中に入れて持ち運ぶことで間接的に一緒な時間を作るようにしているんです。」 「え…。」 鍋島は一色の存在を忌み嫌っていた。その忌み嫌う存在を常に財布に入れて持ち歩くとはどういうことだろうか。臥薪嘗胆の薪や胆の役割をこの写真に求めたのか。いやもしもそうならば、一色を葬った鍋島にとってこの写真は無用のものであるはずだ。 「佐竹さん。これは僕の邪推なんですが。」 「な・なんでしょう。」 「鍋島は一色に特別な感情を抱いていたなんてことはありませんか。」 突拍子もない関の問いかけに佐竹は動揺した。 「まさか…ははは…そんなわけない…。」 瞬間、佐竹の脳裏に先程の鍋島とのやり取りが浮かんだ。 「…じゃあ…なんで…。」 「なに?」 「じゃあなんで…一色や村上をお前は…。」 「…。」 「なんで一色の彼女を…。」 「それ…聞く?」 「え?」 「野暮だぜ…。佐竹。」 「まさか…。まさかな…。」 「何か思い当たる節でも?」 「いや…仮にそうだとしても…。久美子の件はどうなるんだ…。」 「佐竹さん?」 額に手を当てて独り言をつぶやく佐竹の顔を関は心配そう覗き込んだ。 「待て…。そう思い込むから辻褄が合わないんだ。」 「え?」 「そうだ…。発想を変えれば逆に見えなかったものも見えてくる。」 佐竹ははっとして顔を上げた。そして関の方を見る。 「関さん…。」 「はい。」 「ひょっとして…鍋島は…。」 「…多分、いま佐竹さんが考えていることと僕が考えていることは同じだと思います。邪推の域を出ませんが。」 「バイセクシャル。」
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8 years ago
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オーディオドラマ「五の線2」
121.2 第百十八話 後半
119.2.mp3 「えっ?何やいまの声…。」 職員室の応接ソファーに座っていた相馬が声を上げた。 「追い詰めとるんや。」 「え?」 相馬達の輪の中にひとりの中年男性が居た。ぱっと見は社会科の先生のようである。 「佐竹と古田。この2人が鍋島の頭ン中を引っ掻き回しとる。」 「頭ン中を引っ掻き回す?」 「ああ。鍋島は普通じゃねぇ。普通じゃねぇ奴を相手にすっときはこっちも普通じゃねぇ感じでいかんとな。」 「でも…。」 相馬はあたりを見回した。物々しい無線機材が並び、スタッフが何かの指示を出している。 「あん?これか?」 「ええ。これだけ警察の人らがおればどんな人間でも手も足もでんでしょ。」 「まぁな。」 「でもなんで刑事さんらがここで待機しとるんですか。」 「さっさと鍋島確保しろってか。」 「え…あの…。」 「そりゃいつでもできる。けど佐竹も古田もオトシマエつけんといかんって言っとるんや。ここまで来るにはあいつらの力もでかかったからな。それくらいはあいつらの好きなようにさせんとな。」 「そのオトシマエって何なんですか?」 「知らん。お前さんこそ知らんがかいや。」 「あ…ええ…。」 「まぁ話があるんやろ。話してどうこうなるもんじゃねぇけど、なんちゅうか話して自分の気持を本人にぶつけんことにはどうにも収まらん。そんなところやろ。」 そう言うとこの捜査員は装着しているイヤホンに指を当て眉間にしわを寄せた。 すっくと立ち上がった彼はそのまま窓の方に向かった。背伸びをして首を回しながら外の様子を窺う。あくびをして鼻の付け根を指で抑えながら踵を返した彼は、無線機が並ぶ方に向かって、三つ揃えのスーツを着た男に耳打ちした。 「関班長。ここから400メートル先に6階建てのマンションがあります。あそこは大丈夫ですか。」 「どこです。」 「ここです。」 机に広げられた地図のある箇所を指差すと関は腕を組んで考えた。 「指揮班。」 「はい。」 関の隣に座る男が応えた。 「狙撃支援班から周囲には気になる箇所はないとの報告だったが。」 「はい。ひととおり暗視スコープで周囲を監視。不審な動きは確認できていません。」 「ここはどうだ。」 スーツ姿の男はマンションを指差した。 「…確認します。」 指揮班の男は無線で狙撃支援班に連絡をとる。 「そこから2時の方向にある6階建てのマンションが見えるか。」 「…はい。」 「人影らしきものは。」 「ちょっと待ってください。…いえ…なにも見えません…。」 「何も確認できないようです。」 指揮班の報告に関はまたも腕を組んだ。 「ふうむ…。」 「班長。自分確認に行きます。」 「…気になりますか。」 「はい。勘ですが。」 「人員の関係上、応援はつけられませんよ。」 「承知の上。」 「県警本部の課長さんに何かがあったらどうするんですか。」 「班長の調整力でなんとかしてください。」 「ふっ…。」 関は呆れた。 「いいでしょう。あなたは帰宅する職員に成りすまして校舎から出て下さい。」 「それでは。」 課長と呼ばれる捜査員は職員室を後にした。 関と捜査員のやり取りを見ていた相馬は思わず彼に声をかけた。 「あの…。」 「自分で考えて自分ができることを全てやりきる。そういうことだよ。」 「どういうことですか。」 「君らは君らなりのできることをやり遂げた。僕らは僕らのできることをやりきる。佐竹も古田もそうだ。そしてさっきまで君らの話し相手になっていたあの男もね。」 「…。」 「いま君らが見ているこの光景は、きっとその後の人生にプラスになるものだと思うよ。」 気のせいか関の口元が緩んだ。 「僕もはじめてだよ。こんなに気持ちが高ぶるのは。」 「何だ。今の声は。」 かすかに聞こえた声に反応した悠里は暗視スコープを覗き込んだ。 ーくそ…鍋島のやつ、どこに行った…。 悠里は鍋島を見失っていた。 「あ…。」 グラウンドの中央に男が立っている。 「なんだあいつ…。学校のグラウンドで煙草なんか咥えて何やってんだ…。」 悠里はしばらくその男の姿を観察した。 「なに…サングラスをかけているのか…あいつ…。」 画面に映る人物は一方だけを見て誰かと話しているようだ。 暗視スコープの視点をグラウンドの中央に立つ男が見る方向に移動させる。 「え…。」 そこには頭を手で抑えて座り込む男の姿があった。 「あれは…な…鍋島…。」 咄嗟に悠里は暗視スコープの倍率を下げ、グラウンドを広くおさえた。 「な…もう一人居るのか…。」 鍋島と思われる人物が座り込む中、その側には棒のようなものをもったこれまたサングラスをかけた人物がいる。グラウンドの中央にいる人物も、この人物も互いに鍋島に向かって何かを話しているように見える。 「何者なんだ…あの2人は…。こんな真っ暗な夜になんでふたりともサングラスをかけてるんだ。」 「はぁはぁはぁはぁ…。」 鍋島はニットキャップを脱ぎ捨てた。そして滝のように流れる汗を服の袖で拭う。 「スキンヘッドか。なるほどかつらでも被れば、それなりに別人に成り済ませる。」 月明かりに照らされた鍋島の頭部には、手術か何かの縫合の跡が見えた。暗闇の中で目を凝らしてみると、その縫合の跡のようなものが、彼の耳の下辺りから顎にかけても見える。 「ツギハギだらけじゃないか鍋島。」 「うるせぇ…。」 「首から上をそんんだけいじってたらそりゃ昔の面影なんかなくなるだろうよ。」 「けっ。」 「なんでそこまでして俺らを破滅に追い込みたいんだ。」 「ムカつくんだよ。」 「…。」 「俺の身近には年老いたジジイとババアしか居なかった。このジジイとババアはろくに日本語も喋れない。コミュニケーションが取れない人間を抱えた俺は、この2人の生活を何とかしなければならなかった。高校生にも関わらずバイトをして自分の食うものも減らして、何とか生活した。毎日毎日働いた。お前らが学校から帰って家で惰眠を貪る間、俺は寝ずに働いた。空腹と睡眠不足でときにはぶっ倒れたときだってあった。金さえあれば俺はこんなことをやる必要はなかった。その内情を知らずにお前らはたまには遊ぼうぜとか言って、俺を誘う。んなもんできるかよ。それを断ると愛想が悪いやつとか、やっぱり日本に馴染めないとか陰口を叩く。これがムカつくって言わなくて何なんだ!」 「…。」 「ムカつくんだ。お前らが。この世に生を受けながら社会の底辺で生きていくことを余儀なくされた俺に対して、生きるか死ぬかの瀬戸際も経験したことがないお前らが、まるで世の中をわかったかのような正論を俺にあーだこーだと説く。しかも憐れみの目でな。ふざけるんじゃねぇ。」 「…。」 「いいか。金なんだよ。あの時俺が本当に欲しかったのは日本語の習得でも、勉強でいい成績を収めることでも、剣道で優勝することでもない。地獄のような俺の環境を改善させてくれる金。これなんだよ。」 雄弁に語る鍋島を佐竹と古田は黙って見つめる。 「俺が睡眠を削ってバイトをしても、その稼ぎはたかが知れている。これならいっそ高校を辞めてさっさと仕事をして、経済的な問題を解決してしまおうと思ったさ。でもな…。」 鍋島は北高の校舎を見つめた。 「クソでムカつくが…お前らが北高に居た…。」 「鍋島…。」 「クソなんだよお前らは。ムカつくんだよお前らは。でもな…一応お前らは俺に声をかけてくれた。一色は先輩連中に俺のことをバカにするなと食って掛かった。そんとき思ったよ。クソ野郎ばっかの高校だけど、ここを去れば俺はまたひとりになる。」 「…。」 「別にお前らに頼ろうとは思っていなかった。ただ心の何処かでお前らという存在に少しは救われていたのかもしれない。だから高校を辞めようとは思わなかった。」 思わず佐竹は手にしていた木刀を落としてしまった。 「…じゃあ…なんで…。」 「なに?」 「じゃあなんで…一色や村上をお前は…。」 「…。」 「なんで一色の彼女を…。」 鍋島は大きく息を吐いた。 「それ…聞く?」 「え?」 「野暮だぜ…。佐竹。」 そう言うと鍋島は佐竹に背を向けて古田の方に歩み始めた。 「な…鍋島…。」 「俺はツヴァイスタンからの金というシャブに手を出した。シャブに手を出した人間の末路は俺は知っている。」 「お…おい…。」 自分の方に向かってくる鍋島を見て、古田は煙草を地面に捨てた。 歩きながら鍋島は腰元に手を当てた。 「どうせ悲惨な終わりしかないなら、劇的な終わりを俺は望むよ。」 そう言って彼は一丁の拳銃を取り出して、それを古田めがけて構えた。 「こいつとお前を殺す。」 「な…。」 静寂に包まれていたグラウンドであったが、この時一陣の風が吹き始めた。
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オーディオドラマ「五の線2」
121.1 第百十八話 前半
119.1.mp3 「さ…さたけ…。」 鍋島の後方2メートルで木刀を手にした佐竹はサングラスをかけている。 「頭が痛いか?鍋島。」 自身の頭部を手で抑える鍋島を佐竹は遠い目で見つめた。 「別に…。」 「まぁ…お前に破滅に追い込まれた人間に比べれば、その痛みはクソみたいなもんだから我慢しろ。」 「て…てめぇ…。」 「その頭、昔っから出来が良かったよな。」 「あ…ん?」 「出来が良すぎて、一色の教えることすんなり覚えて、日本語も上達して、俺らなんかより難しい本読むようになって、テストでもいつも俺らより良い点取ってた。」 「…お前らのような愚民とは構造が違うんだ。」 「確かに構造が違う。普通の人間なら自分の邪魔をする存在すべてを、この世から消し去るなんて発想はできたとしても実行に移すなんてことはできやしない。お前は頭の構造も行動力も身体能力もおれら凡人のものとは違う。」 「ほう。珍しいな佐竹。お前が俺を褒めるなんて。」 「褒める?」 「あぁ。」 「勘違いすんなこのクソ野郎。」 「あん。」 「俺はお前を褒めてんじゃねぇんだよ。」 「けっ意味わかんねぇ。」 「そんだけすげぇ能力を持っていながら、その使い道を明後日の方に使ってしまったお前自身はクソだって言ってんだ。」 「なにぃ…。」 佐竹はポケットから折りたたみ式の古い携帯電話を取り出した。 「これ一色の墓の側に落ちてたぞ。」 「落ちてたじゃねぇだろ。着信あって赤松と二人してびびってたくせに。」 「ああビビった。」 「そういや赤松はどうしたんだよ。佐竹。なんで赤松がここに居ないんだ。」 「ここにあいつ連れてくるわけにいかないだろ。」 「なんで。」 「あいつも既にお前の妙な力に操られてんだから。」 グラウンドの中央に佇む古田は煙草を吸い始めた。 「ほう…どこで気がついた。」 「美紀だよ。」 鍋島は舌打ちした。 「俺と赤松が夜の熨子山に行った次の日から赤松が俺の動きを美紀に聞いている。」参照71 「…。」 「これを見ろ。」 佐竹は現在使用している携帯電話を取り出した。そこには山内美紀からのメッセージがずらりと並んでいる。 「美紀はいま何をしているかって俺に何度も聞いてきた。俺は精神の病気を持っているから、美紀のそういった探りを入れるメッセージには慣れている。だけどこの頻度は尋常じゃない。俺は美紀に聞いた。なんでそんなに俺の行動を監視するようなことをやるんだって。そしたら赤松が聞いてくるって。」 「クソが…。」 「ピンときたよ。俺の行動を監視する役を赤松が担っているって。」 「…。」 「会社じゃ橘さん。プライベートは赤松。そりゃ俺の動きが逐一お前に伝わるわけだ。まぁどこでどうやってお前が赤松と接触したかわからないけどな。」 「…。」 「ここで俺が赤松を疑って、あいつに探りを入れだそうもんなら俺らは同士討ちを始めるようなもんだ。俺と赤松の関係がうまくいかなくなれば、美紀の立場も気まずいものになる。こうやって俺らの信頼関係をぐちゃぐちゃにしてやろうってのがお前の企みなんだろ?」 「ふふふ…。」 「なんだよ。何がおかしい。」 「( ´,_ゝ`)クックック・・・( ´∀`)フハハハハ・・・(  ゚∀゚)ハァーハッハッハッハ!!」 闇夜のグラウンドに鍋島の笑い声がこだました。 「相変わらず勘だけはいいな。佐竹。」 この言葉に佐竹は咄嗟に鍋島の胸ぐらを掴んだ。 「何だそのもの言いは。」 「熱くなんなよ。昔っからそうじゃねぇか。一色も言ってたぜ。あいつお得意の人物評ってやつだ。」 「一色が?」 「ああ。一色だけじゃない。村上も赤松も。」 「なに…。」 「あれこれ分析して科学的に何かを立証して適切な方法論を導き出す力にお前は劣る。それなのに何故かお前の勘による解はいつも最適解だ。」 「…。」 「厄介だよ。思考方法が読めない奴を相手にいろいろと策を張り巡らせるのは。結局、赤松とお前とを仲違いさせて消耗しきったところに絶望を与えてやろうと思ったんだが、その俺の策もお前の勘の前にあえなく崩壊したってわけか。」 鍋島は佐竹の手を振りほどいた。 「クソなんだよ。おめぇは。」 「なに…。」 「一色も、村上も、赤松も…どいつもこいつもクソだが、お前はそれ以上にクソだ。」 「なんだと…。」 「一色も村上はあからさまな正義感を振りかざす。それが目障りだった。一方、赤松にはそういった主張は特にない。いうなれば調整型の人間だ。だが調整役に回るってのは聞こえは良いが、誰からも悪く思われないように接するつまらん人間とも言える。」 「…。」 「そして佐竹。お前はそのどちらのクソなもんをちょうどいい塩梅で兼ね備えるクソの極みなんだよ。」 「なにぃ?」 「お前の人物評には続きがある。お前なりの絶対的な正義感を内に秘め決して表に出さない。しかし、もしその正義感に抵触するようなものを見つければお前は徹底的に処断する。そいつは普段から自分の主義主張をぶつける一色や村上よりもたちが悪い。なぜならお前がどこに価値の重きを置いているかわからないからだ。」 「何が言いたい。」 「いいか。お前はずるいんだ。一色とかよりもな。自分の立ち位置を普段から他人に見せないことで、自分のとった行為を正当化させる。後付の正義を振りかざしてな。」 「随分な言われようだな。」 「ああ。真実だ。」 「で。」 「で?」 「ああ。続きは。」 「けっ…。」 「何だよそれでおしまいか。」 「…それだよ、それ。そうやって他人にべらべら喋らせて、自分の保身を図れる場所を探してる。探してここなら大丈夫だって判断したら、正義の剣を振りかざす。その正義の剣を取り出すタイミングが絶妙だから、お前は打てば響くって評価を得られるんだ。」 「それがお前の俺の人物評か。」 「ああ。そうだ。そんなセコい生き方をしているお前が、大して頭も良くもないお前が、人よりちょっと直感が働くってだけで、平々凡々とした生活を送っている事が俺は許せん。」 「うるさい。このエゴの塊が。」 「な…に…。」 佐竹は手にしていた木刀を肩に担いで鍋島の周りをゆっくりと歩きだした。 「お前は単なる設計主義者だ。」 「あん?」 「自分の思い通りにすべて事を運ばせることにすべての意義を見出す。そのためには手段を選ばない。手段を選ばない結果、お前を取り巻く多くの人間が犠牲になった。さっき古田さんが読み上げた人間たちな。」 「お前に何が分かるよ。偽善を振りかざすお前に。」 「分からんよ。」 「何だと。」 「分からないし分かる必要もない。お前は結果的に多くの人間を殺めた。そこにどういった大義名分があろうと、この結果は決して受け入れられるもんじゃない。」 「けっ。」 「確かに俺はお前が言うようなクソ野郎かもしれない。でもな。このクソ野郎を信じて自分が死んだ後でも落とし前をつけさせようとした人間も居るんだよ。俺だけじゃない。自分と関わりを持った人間を信じて後を託した人間がな。」 「それが一色だとでも言いたいのか。」 「ああ。そうだ。」 「あっそ。」 「あいつはいつも最後の判断を俺たちに委ねた。自分はこうこうこう言う筋道でこう思っている。だからこういう方向で行こうと思う。だが実行するのは俺らだ。実行するかしないかは俺ら現場に任せるって具合に。」 「だからその回りくどいやり方が気に食わねぇんだよ。やれって言ったらやる。やるなって言ったらやらない。これで十分だ。」 「ほう。」 「なんだ。」 「じゃあ聞く。お前は一色がやれって言ったらやるのか?やるなって言ったらやらないのか?」 「…。」 「違うだろ。お前は設計主義者だ。お前はすべてを自分色に染めたい。そんなお前が他人の指図なんか受けるかよ。」 「…。」 「世の中いろんな人間が居る。百人百様の考え方を持っている。そんな中で自分の主義主張を他人に押し付けるなんてことをすれば、どこかに歪みが出てどこかでそれは爆発する。そんなことは一色は知っていた。知っていたからこそ判断は常に委ねた。俺らは高校時代、あいつの練習方法や作戦のレクを受けた。そしてあいつの音頭に乗った。確かに音頭を取ったのはあいつだが、それに乗ったのは俺らの自由意志によるところだ。お前もその中のひとりだろ。」 鍋島は無言である。 「俺もお前も赤松も村上も一色も、剣道を通して得るものとして自分の思い描くものは別々だったかもしれない。だけど目下の大会でいい成績を収めたいというのは共通認識としてあった。それを実現するには一色の案がベストではないとしてもベターだと判断した。だから力を合わせて練習に打ち込んだ。…鍋島…お前、回りくどいって言っただろ、いま。」 「ああ。」 「回りくどいもんなんだよ。世の中は。何かをしようと思えば何かが邪魔をする。その邪魔をいかに説得して、妥協を図るか。この連続なんだ。少なくともここ日本ではな。」 「俺はその手法が効率的でないと踏んだ。変化が必要な時、スピードが大切だ。その為には他人の言うことに耳を傾けている余裕はない。邪魔をするやつは力で排除しないといけない。」 「その最も効率的な方法が洗脳と暴力か。」 「そうだ。それでしか革命は成し得ない。」 佐竹はポリポリと頭を掻いた。 「やっぱり無理だな鍋島。」 「なに?」 「無理だよ鍋島。そんな設計主義のお前もお前のさらに上の設計主義者によって設計されている。」 「どういうことだ。」 「ツヴァイスタンや鍋島。」 グランドの中央に立って煙草をくゆらす古田が声を上げた。 「おめぇは自分なりのご立派な思想を持っとるんかもしれん。救済の手始めは金。どんなゴタクよりも金。経済的援助のない励ましはただの偽善。そうやよな。」 「なんだ…。」 「その金のありがたみをお前は下間芳夫というツヴァイスタンの工作員から教えてもらった。ツヴァイスタンこそ自分らのような恵まれん環境にあるもんを救ってくれる。口だけの援助はなんの足しにもならん。」 「そうだ。」 「その時点でお前は下間っちゅう設計主義者の下僕(しもべ)の下僕に成り下がっとるんや。お前はなんか勘違いしとる。お前は自分自身の考えを元に誰の力も借りずに、他人を自分色に染めてこの世の理想郷を作り出そうとしとるかのように振る舞っとる。しかしその実、その源流となるもんはすべて下間や今川、その背後にあるツヴァイスタンの設計思想からくるもんや。いまのお前の思想はツヴァイスタンなしには語れん。つまりお前は設計された人格やってことや。他人を設計しようと思っとるお前が、設計された人間。」 「なぁ鍋島…いい加減やめようぜ…。お前もツヴァイスタンっていうシャブにどっぷりハマっている。俺も本多っていうシャブにハマっている。シャブから足を洗おう。」114 鍋島は再び頭を手で抑えた。 「うっ…。」 「哀れやな鍋島。とどのつまりお前には自分の主義主張なんてもんは何一つないんや。他人の言ったことをそのまま忠実にこなすだけのただのマシーン。もはや人でもない。」 「自分の頭で考えて、自分の判断に責任を持つ。その重要性を一色は教えてくれていたにも関わらず、お前だけは最後までそれに気づかなった。気づかないどころか間違った方向に突き進んだ。」 「突き進んだ上で、最もやったらいかんことをしでかした。」 「法を破るって四角四面なもんじゃない。人としてやってはいけないことをやった。しかも立て続けに。」 「その行為がもたらすもの。」 「憎しみ。」 「憎悪。」 「やめろ…。」 「いまお前の心は人から向けられるその感情で支配されている。」 「や…やめろ。」 「ワシの頭ん中もそいつで一杯や。」 「くそぉぉぉぉぉぉぉ!!」
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オーディオドラマ「五の線2」
120.2 第百十七話 後半
118.2.mp3 北高の校門を潜ると、そこには職員のものと思われる車が何台か並んでいた。その中の一台の車を見て鍋島は動きを止めた。 ー佐竹の車…。 車のエンジンは切られ、中には誰もいない。 深呼吸をした彼は周囲を見回した。顔を上げた先に見える職員室には1時半という時間にもかかわらず、煌々と電気が付いている。 ー職員にバレないように学校の中に侵入なんてできっこない。あいつ...どこにいる…。 鍋島は物陰に身を潜めた。 ー深夜の学校で人目につかず待機できる場所…。グラウンド側から回りこんだクラブハウス周辺か…。 彼は校舎の壁に沿って最も闇が深い場所を伝うようにグラウンドの方に移動した。 ーん? 鍋島の視線はグラウンドの中央を捉えた。 ー本? サングラス越しに目を細めた彼はそこに落ちている一冊の本を見つめた。 ーいやまて...これもあいつなりの罠かもしれない。 視線を逸らした鍋島は足を進めた。 「おやおや。」 ーなんだ…。 「なんじゃいやあれ。」 男がひとり言を言いながらポケットに手を突っ込んでグラウンドの中央に向かっていく。鍋島は動きを止めて闇と同化し、男の背中を見つめた。 ー職員か? 「誰ぃや。こんなグラウンドのど真ん中に本なんか放ったらかして。」 ーひとり言が激しい奴だな。 男は本を手にとった。 「なになに...MKウルトラ異聞…。」 ーな…。 「なんじゃいMKウルトラって…。」 男は鍋島に背を向けたまま本をめくりだした。ブツブツと何かをつぶやきながら時折頭をポリポリと掻く。 「アメリカ中央情報局科学技術本部がタビストック人間関係研究所と極秘裏に実施していた洗脳実験のコードネーム...なんか知らんけど胡散臭い話やな…。オカルト本かこいつは。」 ーやっぱり…あのウルトラだ…。 「なぁ教えてくれま。」 ーえ? 「教えてくれって言っとるやろいや。」 ーなんだこいつ…。まさか徘徊老人か…。 「おい。聞こえとるやろ。」 ー…だめだ。本当にこいつボケている。 「お前この本、ここにおる時がっぱになって呼んどったんやろ。」 ーな…。 男は振り返った。彼の姿を見た鍋島は思わず息を呑んだ。 「ふ…古田…。」 「出てこいま。鍋島。ワシはここにおるぞ。」 「ぐっ...くっ…。」 歯を噛み締めた鍋島の額から汗が流れだした。 ーここに古田…。そうか…俺がここに来るだろうことを佐竹から聞いて、熨子山にあんな細工をしたのか…。クソが…。 「おーい、出てこいま鍋島。ワシは逃げも隠れもせんぞ。こんな爺にビビって何隠れとれんて。」 ークソが…。ここでまた昔の記憶を呼び起こさせやがって…。 鍋島は頭を抱えだした。 ーしかもサングラスまでかけやがって...用意周到じゃねぇか…。 「あらあら...60過ぎのジジイとアラフォー男子。どう考えてもこっちのほうが不利なんに、オメェは隠れてこそこそしかできんがか?」 ー馬鹿野郎。その手にのるかボケジジイ。ぐっ…。 頭を手で抑えた鍋島は膝をついた。 ークソが…頭が割れそうだ…。 「赤松忠志。」 ーな…。 「穴山和也。井上昌夫。」 ーぐっ…。 「間宮孝和。桐本由香。」 ーがっ…かっ…。 「一色貴紀。」 ーぐかぁああああ…。」 「村上隆二。」 「ゔがああああああ!!」 暗闇の中、鍋島は咆哮した。 「そこか。」 「う…うるさい…。」 「うるさいやと?ふざけたことぬかすな鍋島。お前がその手でこの世から葬り去った人間はまだまだおるわ。」 「言うな。」 「言う。」 「やめろ!」 「やめんわい!」 鍋島の言葉に耳を貸す様子は全く無い。 「病院横領事件にまつわる関係者、長尾俊孝、小松欣也、金沢銀行の守衛、その他にも多数。お前が殺めた人間は数えきれんわ!」 「はぁ...はぁはぁ…。」 「そしてお前は生きながらにして殺すっちゅう、畜生にも劣る所業もやった。」 「な…に…。」 「生きとる限り何度も繰り返してその人間を殺す、ゴミ糞みたいなこともやりおったわ。」 「ふっ…なんとでも言え。」 「鍋島…。ワシはな...はじめてなんや…。人をここまで憎たらしく思うんは。」 「あん?はぁはぁ…。」 古田は鍋島の方に向かって歩き出した。 「ここまで人を憎み、怒りに震えるようになったんははじめてなんや。」 「はぁはぁ...ほう…。」 「人を殺すって気分はこういうもんかのう。鍋島。」 「はぁはぁはぁはぁ…。は・ははは…ははははは!!」 頭を抑えながら鍋島は立ち上がった。そしてゆっくりと古田の方に近づく。 「老いぼれが俺にタイマン張ろうっていうのか?え?」 「タイマンじゃねぇわい。」 「あん?」 「鍋島。」 直ぐ側で自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。鍋島は咄嗟に振り返った。 「さ…さたけ…。」 「隙だらけだな。」 鍋島の後方2メートルの場所に木刀を手にした佐竹の姿があった。
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オーディオドラマ「五の線2」
120.1 第百十七話 前半
118.1.mp3 「思いっきり泣いて少しは気が済んだか。」 落ち着きを取り戻しつつある麗にこう声をかけると、彼女はかすかに頷いた。 「お前さんの扱いはワシの管轄じゃない。然るべき人間があんたを待っとる。」 そういうと古田は時計に目を落とした。時刻は1時15分である。 「佐竹さん。やわらやと思います。」 「いよいよですか。」 「この子らは安全な場所に移動させたほうがいいかと。」 佐竹は頷いた。 「相馬くん。」 「はい。」 「君らは今から職員室の方へ移動してくれないか。」 「え?職員室ですか?」 「うん。」 「え...でも…。」 「さっき古田さんが言ったように、君たちはこの北高にいれば安全だ。だけど万全を期すために職員室で待機していて欲しい。」 「って言ってもいつまで…。」 「鍋島とのケリがつくまで。」 「ケリがつくまで…。」 「何日も職員室にいろって言うんじゃない。また朝になればここはいつものように学生が来て授業が始まる。それ迄にはなんとかする予定だよ。」 「え…待ってください佐竹さん。ってことはやわら鍋島さんがここに来るってことですか。」 「…そうだ。」 「え...なんで…。警察が血眼になって探しとるはずの男が、なんでここに。」 「余計な詮索はやめてくれ。時間がない。君らは直ちに職員室へ向かうんだ。」 「大丈夫ですよ相馬さん。職員室にいけばなんとなく事情は掴めると思います。」 「え?」 「さあ早く。」 相馬は京子と長谷部の顔を見た。彼らなりに状況を理解しているようで、みな相馬に向かって頷いた。長谷部は麗を抱きかかえた。 「麗。」 古田が声をかけた。 「…。」 「母ちゃんを大事にせいよ。」 麗は無言で古田の方を見つめた。 「またお前の書いた絵、見せてくれ。」 うっすらと笑みを浮かべた麗は古田に背を向け、彼女たちは剣道場を後にした。 「さて…。」 古田はサングラスをかけた。それを見た佐竹もおもむろにサングラスを取り出した。 「佐竹さん。ひとつ聞いていいですか。」 「はい。」 「鍋島逮捕に警察は最善を尽くします。」 「お願いします。」 「そのために警視庁からの応援も配備済みです。」 「ありがとうございます。」 「ですが万が一ってこともある。」 「…。」 「そん時は覚悟ができていますか。」 「…美紀のことですか。」 古田は頷いた。 「ワシはひとりもんや。ワシがどうなろうが周りに迷惑をかけることはない。」 佐竹は古田を見つめしばしの間沈黙した。 「…多分、大丈夫ですよ。」 「多分?多分ってそんなあやふやなもんここに来て駄目ですよ。」 「古田さん。一色の奴言ってたんでしょ。」 「うん?」 「俺が鍋島に引導を渡してはじめて一色の絵が出来上がる。俺が欠ければ鍋島はまた逃亡を図る。」 サングラスの横から古田は佐竹の表情を見つめる。 「ふっ…。気づいていましたか…。」 「一色は敢えてその遺書みたいな手紙を俺には残さなかった。つまりその辺りは同じ釜の飯を食った仲、肌で感じて察しろってことです。まぁこれに気づくまでに3年の時間がかかりましたけどね。」 「打てば響く。それが一色のあなたの人物評です。あいつは佐竹さんが自発的に鍋島と対峙するように待てとワシに言葉を残しておりました。」 「ふっ…。」 「可笑しいですか。」 「一見無謀と思われる作戦を立てつつも、常に相手の虚を突く策を用意する。しかも二重三重に。だけどあいつは決してそれを俺らに無理強いはしなかった。こういう作戦があるから乗らないかって具合だった。作戦の立案者である一色は全体の成果に責任を持つ。その代わり作戦に乗る個々人はそれに沿って死力を尽くして闘う。作戦にのった自分の決断に責任を持てって言うんです。」 「筋が通っていますね。」 「俺は一色の考えに乗ったんです。だからあとはベストを尽くすだけです。美紀に俺にもしものことがあったら赤松を頼れ的なことを言う方が野暮ですよ。それって一見覚悟ができているようでできていない人間の言葉でもあります。」 「なるほど。」 「例えどんなクソみたいな作戦でも軍隊みたいに上官の命令は絶対ってところだと、今言った自分にもしものことがあったら的なことは必要でしょう。ですが今回は違う。ひとりの人間の思いを受けて全て自分の意志で決定し行動しています。」 「佐竹さんは一色を信頼しているんですね。」 「一色だけじゃありません。古田さん。あなたもです。」 「ふっ…。」 「古田さんだけじゃない。相馬くんらも、警察の人らもみんなです。」 「佐竹さん…。」 「みんな一色を信じて自分で決断し行動している。同じものを信じる人間同士頼り合い、はじめて信頼が成立する。」 古田に熱いものがこみ上げた。 「俺ひとりじゃ何もできません。ですが俺の周りには一色を信じた多くの仲間がいる。だから俺は仲間に恥じないよう自分自身の判断を信じてベストを尽くします。」 「それが北高剣道部の…。」 「ええ。俺らの伝統であり文化です。」 「来ました。」 装着されたイヤホンから聞こえた声に反応した古田は佐竹の方を見た。 「赤外線センサーが人間の侵入をキャッチ。おそらくヤツです。」 「鍋島ですか。」 「はい。」 「行きましょうか。古田さん。」 「ええ。」 サングラスを掛けた佐竹は古田とともに剣道場を後にした。 北高から400メートルほど離れた6階建てのマンション。その屋上で地面に伏せ、暗視スコープを覗く悠里が居た。 「やっとかよ…。」 赤外線独特のモノクロの画面で北高の校門付近に人の影を認識した悠里は呟いた。 「どんだけ遅刻してんだよ。二時間どころじゃないだろ。」 「2時間後、北高に来い。」 「は?」 「お前にチャンスをやる。」 「なに…。」 「2時間の間に自分の身の処し方を考えておけ。」99 悠里が覗く暗視スコープの画面には北高の校舎の映像が映し出されていた。全体的に暗い画面の中にところどころに線のようなものが見える。 「ったく…鍋島。お前にまんまとハメられるところだったよ。学校なんてセキュアな場所で落ち合うなんて、わざわざ面倒を起こしに行くようなもんだ。どうせ俺を囮にして、お前は混乱に乗じて消えようって魂胆だったんだろ。そうはいくかよ。」 画面の中の人物はどこか脚を引きずっているようにも見える。 「まぁお前は手負いのようだから、確かにこれはチャンスだな。」 「北高での行動がその後のお前の人生を左右する。」 「何を偉そうに…。」 「俺にとってもな。」99 暗視スコープを覗いていた悠里は一旦それから目を外した。 「俺の行動が…俺の人生を左右する…。」 「止めておけ。」 「はいそうですかとは言えないってことは、お前も分かるだろう。」 「…分かるがどこかで止めないことには、一生自由というものは手に入らない。お前は仁川征爾のまま生きていくことになる。」99 「俺に何を期待してんだ...あいつ…。」 邪念を払うように悠里は自分の顔を何度か叩いて、再び暗視スコープを覗いた。 画面の中の鍋島は校門を潜った。 「鍋島…。なんでお前はこの北高を選んだ…。お前はここで何をするつもりなんだ…。」
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オーディオドラマ「五の線2」
119.1 【お便り紹介】
お便り 東京から聞いていますさん.mp3 今回は東京から聞いていますさんのお便りを紹介します 五の線60話/iPhone4/五の線2の過去エピソード視聴について/音声メディアについて/寒さ/このお話のオリジナルについて/
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オーディオドラマ「五の線2」
119 第百十六話
117.mp3 「お待たせしました。」 剣道場の中にいた者たちは咄嗟にその声の方を見た。 「あぁ古田さん。」 佐竹が答えると、古田もまた道場の正面に一礼してその中に入ってきた。 「遅くなってすいません佐竹さん。ちょっと仕込みがありまして。」 「首尾よくいきましたか。」 「さぁ…どう転ぶかは運を天に任せるだけですわ。」 「あなたが古田さん…。」 相馬は思わず声を発した。古田は彼の前に立って口を開く。 「はい。私が古田です。相馬さんこの度はご連絡ありがとうございました。」 「あ…あの…。」 「さっきも電話で言ったように、あなた達4名の身の安全はこれで確保されとる。」 「え?」 「ここにあんたらを呼んだのは、ここが一番安全やからや。」 「え?どういうことですか?」 「まぁそのあたりは深く聞かんといてま。」 「あ…ええ…。」 「さて…。」 そう言うと古田は剣道場に胡座をかいて座った。 「相馬周さん。片倉京子さん。」 「はい。」 「はい。」 「お務めご苦労様でした。」 古田のこの言葉に2人は口をあんぐりと開けた。 「一色貴紀からの指示を忠実にこなしてくださって、私としてもお礼を申し上げます。」 そう言うと古田は二人に向かって深々と頭を下げた。 「ちょ…待って…。」 「急な要請とは言え、囲碁で培った戦略眼を活かし、2人の見事な連携プレーで長谷部さんと下間さんを結びつけ、僅かな期間で下間さんをあちら側から引っ張り出した。」 「え?」 「え?」 この発言に長谷部と麗は言葉を失った。 「言ったでしょう。一色からの手紙を受け取ったのはあなたらだけじゃないって。一色の目に狂いは無かったということでございます。本当にありがとうございました。」 古田は再び彼らに頭を下げた。 「あ、岩崎香織さんですね。」 「え?」 古田はカメラマンジャケットの胸元からティアドロップ型のサングラスを取り出してそれをかけた。 「お久しぶりです。」 「あ…。」 「いつぞやはあなたの作品を見させてもらいました。」 「ふ…藤木…。」 「はい。あの時の藤木です。」 「え?下間さん。古田さんと合ったことあらんけ?」 長谷部が麗に声をかけるが、彼女は何の言葉も発せない様子である。 「流石にワシらの情報も掴んどるんですね。片倉だけならいざ知らず、まさかワシの似顔絵までもあんたのスケッチブックにあるとは思わなんだ。」 「…。」 「ほやけどアレやね。実際に会ったことも見たこともない人間やと、つい分からんと接触してしまう脆さがある。」 サングラスを外して古田は深呼吸をした。 「下間麗。日本の警察を舐めんなや。」 「くっ…。」 麗は拳を強く握りしめて、肩を震わせる。 古田から発せられる今まで経験したことのないほどのとてつもない威圧感に、その場の相馬と京子、長谷部は押しつぶされそうになった。当然二人の間に入る余地もない。 「下間麗。」 「な…なによ…。」 「心配すんな。お前さんの母親はいま、都内の病院におる。」 「え…?」 相馬も京子も長谷部も古田の言葉に驚きを隠せない。 「お前さん、祖国にひとり残してきた母親のことを思って、親父と兄貴の悪巧みの片棒を担いできたんやろ。」 「え…え…。」 「もう止めや。お前はそんなことせんでいい。お前はおとなしく母親の側で看病してやれ。」 古田はカメラマンジャケットのポケットから1枚の写真を取り出した。 「今の下間志乃や。」 震える手で麗はそれを手にした。 そこにはツヴァイスタンのものとは比べ物にならないほど清潔感あふれる病室。ベッドに横たわる女性の姿が写し出されていた。 「お…お母さん…。」 写真に写し出された女性は紛れもなく母の志乃のようである。麗の瞳から涙が溢れ出した。 「ツヴァイスタンじゃあバセドウ病って診断やったらしいがな。」 「え…違うの…。」 「パーキンソン病。」 「パーキンソン病…。」 「ああ。入院するだけで病状が改善するような普通の病気じゃない。我が国では難病指定されとる厄介な病気や。残念ながら根本的な治療方法はまだ見つかっとらん。」 「え…。」 「ほやけど進行を遅らせることはできるらしい。ワシは医者じゃないから詳しいことは分からん。そこら辺は医者に直接聞いてくれ。」 「でも…。」 「聞け。お前さんは幸い今川らの悪巧みに直接的な関与はしとらん。」 「え?」 「お前さんはコミュちゅうサークル活動を運営しとった人間のひとりに過ぎん。日本では集会を開いたぐらいやとなんの罪にもならん。むしろ憲法で集会結社の自由が保障されとるぐらいや。」 「…。」 「ほやけどお前さんは岩崎香織という人物に成りすます、背乗り行為を行っとったんは明らかや。ほやから刑法第157条の公正証書原本不実記載等の罪の疑いがある。ちゅうてもこいつで立件されてもせいぜいで5年以下の懲役または50万円以下の罰金。」 麗に近づいて古田は彼女の肩を叩いた。 「やり直せる。自主しろ麗。」 「う…あ…あ…あぁぁぁ…。」 麗はひざまずいて堰を切ったように泣き出した。 「でも…でも…。」 「なんや…兄貴と親父が心配か?」 麗は頷く。 「…残念やけど、お前さんの兄貴と親父はどうにもならん。あの国で何をどうしようと勝手やけど、この国の法を破ったやつは相応の罰を受けんといかん。」 「でも…兄さんも…父さんも…そんな…お母さんが…日本に居るなんて知らなかった…。」 「…。」 「お母さんが…ここに居るなんて知ってたら…そんなこと…。」 「やらんかったかもしれんな。」 「古田さん!」 長谷部が声を上げた。 「なんなんすかそれ!?警察は麗の母ちゃんが日本に居るってわかっとって、それを今の今まで黙っとったんですか!?なんで麗と一回会った時にそれをこの子に教えてやらんかったんですか!?」 「長谷部君とか言ったね。」 古田の目つきが変わった。 「言ったやろ。日本の警察を舐めるなって。」 「え…。」 突如として刑事の目になった古田を前に長谷部は固まってしまった。 「仮にワシがそん時にこの子にその事実を教えたとして、状況はどうなる。」 「そ・それは…。」 「言えんがか。」 「あの…。」 「状況はどういうふうに転ぶかって聞いとるんや。」 「あの…。」 「麗から兄貴に悠里にまず報告が入る。そしてそれは親父の芳夫にいく。事実を知った芳夫は今川と接触をする。なんで志乃が日本に居るんだと。」 「い…いいじゃないですか…。」 「下間一族の今回の悪巧みはすべてツヴァイスタンに人質に取られとる母の身を案じてのもの。計画を実行する意味がなくなるやろ。」 「だからそれでいいでしょ。」 「あいつらがいままで何年もかけて仕込んできた企みが一瞬にしてぱぁ。そうなるとどうなる?」 「今川がひとり残念な感じになってすべてが丸く収まるじゃないですか。そもそも今川が全部悪いんでしょう。」 「だら。なんで麗の母親がこの日本に居ると思っとれんて。」 「え?」 「志乃を日本に連れてきたのは今川なんや。」 「えっ!?」 「いいか。コミュなんてサークル使って人間を洗脳して、反体制意識を植え付けて、何かしらの行動をさせる。そんなもん今川ひとりの策謀やと思うな。」 「え…って言うと…。」 「今川も駒のひとつや。」 古田のこの発言にその場はざわついた。 「今川が駒となれば、奴の上にも人間が居る。そうなるとどうなる。」 「そ…それは…。」 「今川が消される。志乃を日本に連れてきた今川が消されれば、その下で動いていた下間一族もその手の人間に口封じのために消される。」 ポケットを弄って煙草を取り出した古田であったが、ここが剣道場であったことを思い出してそれをしまった。そして罰が悪そうに頭をポリポリと掻いた。 「長谷部君。確かにお前さんの言うように大事な話を直ぐに当事者に打ち明けるのもいいんかもしれん。ほんで当事者同士の話し合いですべてを解決するべきことなんかもしれん。善悪二元論で考えればな。」 「…。」 「ほやけど世の中ほんなに単純なもんじゃない。ましてや複雑な人間関係と事件性が絡んどる。そうなるとどういうスタンスで望むのがよりましかっちゅう判断を優先したほうがいい。下手な正義感がむしろ多くの犠牲を生み出すことだってあるんやわ。」 今川が志乃を日本に運んだという情報を聞いた麗は放心状態だった。 「な…なんで…。なんで今川が…。」 「麗よ。今川はおまえら下間一家のことを案じとったんや。自分の身に何かのことがあれば、せめてお前らだけは何とか救ってやりたいってな。」 「…え…自分の身に何かがあれば…って…。」 「今川は数時間前、警察によって逮捕された。」 「た…逮捕…。」 「じきにお前さんの兄貴と親父も警察の手に落ちる。ほやからお前だけは母親の側におってやれ。」 その場に居合わせる者たちは、肩を震わせて再び泣き出す麗を見守るしか無かった。 自宅の書斎で本と向き合う朝倉の携帯電話が光った。彼は表示される発信者の情報を確認してそれに出た。 「どうした。こんな遅くに。」 「ドットメディカルにガサが入ったようです。」 「ほう。」 「CIOの今川はパクられたとの報告。」 「…そうか。」 「…でマルヒは。」 「完黙。」 「ふん。」 朝倉の机の上に置かれたノートには無数のアルファベットの文字が書かれている。そこのK.Iと書かれた文字には既に横線が引かれ抹消の跡がうかがえた。 「今回のガサですが、母屋(県警本部)の情報調査本部とやらの仕業のようです。」 「土岐か…。」 「はい。」 「所轄の動きは。」 「原発爆発事故のマルヒ藤堂の行方を未だ追っている状態。」 「母屋は。」 「情報調査本部はドットメディカルの七里とHAJABの江国のガラを抑えるべく、ほぼ空の状態。」 「七里と江国…。」 「それ以外に母屋には特に変わった動きはありません。」 朝倉はT.SとK.Eと書かれた文字に二重線を引いた。 老眼鏡を外した朝倉はため息をついた。 「本部長は。」 「昼行灯の名に恥じない素晴らしい采配ぶりです。」 「...貴様。言葉を慎め。」 「事実です。」 朝倉は不敵な笑みをこぼした。 「直江。」 「はい。」 「ところで古田の件は。」 T.Fと書かれた文字を上からペンで何度もなぞる。 「しばしお待ち下さい。」 「どこまで進んでいる。」 「カク秘でございますので。」 「いつできる。」 「一両日中には。」 「根拠は。」 「信頼のおけるエスが彼にたった今接触したようですので。」 「そうか。」 朝倉はT.Fの文字に三角形を描いた。 「私からの報告は以上です。」 「わかった。」 「部長。」 「うん?」 「明日の件よろしくお願いいたします。」 「あぁ…わかっているよ。俺が言い出したことだ。しっかりと予定に入っている。」 「では。」 「ああ頼んだぞ。」 電話を切った朝倉はペンを取って目の前のノートにS.Nのイニシャルを書き込んだ。 「ふふふ…。」 肩のコリをほぐす様に首を回し、一息ついた彼はノートを閉じてそれを引き出しにしまった。そしてその奥の方に手を伸ばして、そこから1台のスマートフォンを取り出した。 「お。」 画面には1通のメールが受信されている旨の通知が表示されていた。 朝倉はおもむろにそのメールを開いた。 「くくく…。」 イヤホンを手にした彼はそれを装着した。 「今度はどんな声で楽しませてくれるんだ?」 メールに添付されるMP3ファイルをタップし、しばらくすると彼は恍惚とした表情となった。 「あーいいぞ…。もっと…もっとだ…。もっと俺を愉しませろ…。」 彼の携帯からは若林と片倉の妻と思われる女性の逢瀬の音声が流れていたのであった。
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9 years ago
24 minutes

オーディオドラマ「五の線2」
118 第百十五話
116.mp3 「相馬君。」 「はい。」 「君は熨子山事件に関心を示しているんだったね。」 「え?」 「一応、僕の耳に入っているよ。」 「そ、そんなことまで…。」 「済まないな。俺らの代のいざこざに君たちまで巻き込んでしまって。」 「…。」 「相馬くんだけじゃない。片倉さんも長谷部君も下間さんも。」 その場にいた四人は佐竹と目を合わせないように顔を伏せた。 「だけどもうすぐ決着をつけるから、心配しないで。」 「え?どういうことですか?」 「鍋島と決着をここでつける。」 「え!?」 佐竹は携帯電話を取り出した。 「つい数時間前からSNSで拡散された『ほんまごと』。こいつの存在を君は知っているよね?」 「え?」 「熨子山事件は終わっていない。真犯人は鍋島惇だ。」 「さ・佐竹さん…。」 「ここに書いてある熨子山事件のレポートは、確度の高い情報だよ。ただ鍋島の背後にツヴァイスタンが絡んでいたっていうのは俺も知らなかったけどな。」 咄嗟に麗は佐竹から目をそらした。 「まぁ俺にとってはあいつの背景がどうだとかは、はっきり言ってどうでもいい。熨子山事件は村上と一色、この俺の同期ふたりが死んでいる。そしてその戦友の死に鍋島が深く関与している。この事実だけで充分だ。あいつから直で事情を聞かないといけない。」 「事情…ですか。」 佐竹は頷く。 「ああ事情を聞く。」 「事情を聞いてどうするんですか。」 「決まってるだろ。一色がやろうとしていたことを俺が代わってやるんだ。」 「え?それは…。」 「とっ捕まえて法の裁きを下す。」 「とっ捕まえる?」 「ああ。」 「え?でも佐竹さんがですか?」 「うん。」 「そんなん無理ですよ。」 「なんで?」 「え?だって佐竹さん警察でも何でもないじゃないですか。それに鍋島さんは未だ行方知らずです。」 「そうだね。」 「警察が捜索しとるんです。そんなら警察に任せておけばいいじゃないっすか。」 「駄目だ。」 「なんで?」 「言ったろ。俺らには俺らの決まりがある。」 「え?」 「部内の揉め事は部内で処理。部長の責任でね。部長の一色がいなくなった今、誰かがその代わりをしないといけない。」 「え…でも…。」 「一度作られた決まりは守らないといけない。守らないとなし崩し的になんでもありの世の中になる。」 「あの…。」 「相馬くんも剣道部をまとめたことがあるだろ。一色が熨子山事件の犯人だって報道があって、部内で意見が別れた。一色はそんな人間じゃないってあいつのことを擁護する連中がいる傍ら、なんて厄介な先輩と関係を持ってしまったんだって頭を抱える連中。そいつらが自分たちの主義思想をぶつけ合うと部内に亀裂が生じる。それを君は一色なんて男は過去の人間。あのとき偶然ただ稽古をつけに来ただけ。確かに自分らにとっては立派な戦績を収めた憧れの先輩なのかもしれないけど、一色は一色。俺らは俺らって感じで一切関係ないって言って部内をまとめたんだろ。」 「…はい。」 「その時、相馬くんは一色擁護派から結構やられたのかもしれない。でも結果として君の判断が正しかったんだ。だから大会でベスト4までいった。そしてみんな受験に失敗すること無く高校を卒業することができた。」 「…。」 「相馬君。君は君なりに剣道部の掟を守ったんだよ。部内の揉め事は部長が責任を持って収めるってやつをね。」 相馬は京子の顔を見た。彼女は彼に頷くだけだった。 「方や俺らの世代はそれをまだ成し遂げていない。」 「でも…。」 「たかが剣道部内の取り決めにそこまで躍起になるなって言われるかもしれない。けどね…。」 佐竹は拳を握りしめた。 「代々受け継がれてきた伝統や習慣を俺らの代で勝手に放棄することはできないんだ。理屈じゃないんだよ。理屈じゃなんだ。」 佐竹はすっくと立ち上がった。 「人としての感情がどうにも収まらないんだ。」 道場の隅のカゴのようなものに収められていた竹刀を一本抜き取り、彼は人形の打込み台の前で構えた。 「たぶんあいつも同じだ。あいつも人として感情のまま挑戦している。」 「挑戦?」 「俺らの憲法に挑戦してるんだ。」 そう言って佐竹は打込み台の面めがけて飛び込んだ。 「わかった。相馬たちは佐竹と接触してるんだな。」 「はい。」 「そのまま古田を待て。」 「はいわかりました。それと先程、北署から応援の人員が到着しました。」 「そうか。それにしても最上本部長の采配は見事だな。」 「ええ。正に機を見るに敏。不在が多い若林を誰もが分かる形で捜査本部内で突如更迭。代わりに主任捜査員の岡田を捜査本部の本部長に据えました。岡田は忠実な捜査員です。若林のような妙な行動はとりません。」 「だが若林がこれをチクれば朝倉に先に手を打たれる。」 「松永理事官。何をおっしゃってるのですか?」 「ん?」 「まぁいいでしょう。」 「あ、うん。」 「最上本部長は藤堂捜索については発生署配備に留めています。」 「そうか。」 「警ら活動を徹底することで周辺住民に対する鍋島遭遇リスクを低減させる作戦をとっています。」 「なるほど。鍋島の方もPCがウヨウヨしているのを警戒して、古田の言うように人気のない熨子山方面から北高を目指すしか方法はなくなるか。」 「はい。」 「鍋島は。」 「まだです。」 「そうか。」 「理事官。」 「なんだ。」 「ひとつ気になる点が。」 「言え。」 「鍋島には刺客が派遣されています。」 「あぁそうだ。」 「北高にたどり着くまでにあいつが刺客にやられるなんて事は…。」 「ない。」 松永は即答した。 「どうして。」 「奴の特殊能力はお前も知ってるだろう。」 「はい。瞬時に他人を意のままに操ることができる能力を持っていると聞きます。」 「そうだ。となると殺す方法は自ずと限られてくる。」 「と言いますと。」 「鍋島と接近戦になって勝ち目はない。」 「確かに。奴の妙な力はサングラスを外したその目から発動されるとの報告ですからね。接近戦は危ない。」 「そうすればあいつを殺すには一定の距離を置いての攻撃しかないことになる。」 「はい。」 「鍋島の動きを刺客が把握していたとしても、奴が動き続ける限り刺客は手を出せないだろう。まさか奴が通りそうな場所にあらかじめマルバクを仕掛けるなんて芸当もできんだろうからな。」 「ならば念のためここの周辺にも目を光らせたほうがよいと思われます。鍋島の動きが止まることになるのはここ北高ですから。」 「鋭いな。関。」 「そのために我々をここに派遣したんでしょう。」 察庁の理事官室のソファーにかけていた松永は立ち上がった。 「そこに待機させているSAT狙撃支援班は直ちに全員屋上へ配置。不審な人間が鍋島を狙っていないか見張るんだ。」 「はっ。」 「併せて奴の襲来に備えて万全の体勢で臨め。指揮班はその場で指揮を執るんだ。」 「はっ。」 「あと北署からの応援部隊は教職員に成りすように指示を出せ。途端に人影が職員室から消えると怪しまれる。時々休憩を取る素振りをして窓の外の様子を窺うんだ。」 「了解。」 「あとはスリーエス(特殊部隊支援班)のお前が踏ん張れ。」 「私はあくまでも県警と察庁との調整です。」 「その調整が肝心なんだよ。」 「警視庁のSATの動きに恥じないよう全力を注ぎます。」 「そうだな。県警の縄張りにわざわざ警視庁のSATを出張らせているんだからな。ここでしくじるわけにはいかん。」 「3年前の汚名を挽回させてくださるチャンスを頂いたのです。命に変えてもこの任務、完遂します。」 「いい心がけだ。関。」 「私めもimagawaの末席で存分に暴れましょう。」 「その言葉…一色が聞いたら喜ぶだろうよ。」 松永は静かに電話を切った。眼下には東京霞が関の夜景が広がっている。 ふと腕時計に目を落とすと時刻は0時50分だった。 「こっちはあと4時間でケリをつけるぞ。片倉。」
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9 years ago
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オーディオドラマ「五の線2」
117 第百十四話
115.mp3 どんな鬱陶しい気候でも涼し気な顔の鍋島であるが、今の彼は苦悶に満ちた表情であった。 「はぁはぁ…。」 山頂から金沢北高側の獣道を暫く降りると開けた場所に出た。 ポッカリと大きな穴が開いているようにも見える、その漆黒の空間に白いペンキの跡が見受けられる。それは闇の天空に浮かび上がる月明かりの仕業だった。 「え…。」 鍋島の目にあるものが飛び込んできた。一件の朽ちた小屋である。 ーな…なんだ…。ここもあの時のままじゃないか…。 月明かりは小屋の側にある一台の原動機付自転車とセダン型の自動車を薄っすらと照らし出していた。 「ぐっ…。」 またも強烈な痛みが彼の頭部を襲う。心臓が脈打つ度に拳銃で頭を撃ち抜かれたのではないかと思われるほどの痛みと熱が走る。 「クソが…。クソが…。」 呻き(うめき)声を発しながら、鍋島はその場に跪いた。 3年前 「おい!鍋島!」 鍋島に抱えられていた一色が崩れ落ちるようにその場に倒れた。そこには変わり果てた穴山と井上がある。 「村上。引くことは許されん。俺は一色を別のところで始末する。穴山と井上への犯行は一色のものだと工作しておいてくれ。後で落ち合おう。」 そう言って鍋島は凶器のナイフとハンマーを床に落とした。 「そのナイフとハンマーに一色の指紋を付けろ。」 「え?」 「いいから早くしろ。」 「…おい…。鍋島…もういいだろ…。」 「は?」 「お前…自分が何やってんのかわかってるのか?」 「どういう意味だ村上。」 「…自分の理想とする世界を実現するために、お前はどんだけの犠牲を払わせるんだ。」 「理想を実現するために犠牲はつきものだ。今更何を言ってるんだ。」 「お前…それで一色まで始末するのか…。穴山と井上だけでなく、一色まで始末するのか?」 「村上。同じことを繰り返して言うな。一回聞けばわかる。」 「…なぁ…もう止めろよ…。」 「何?」 村上は肩を落とした。 「もういいだろ…鍋島…。一色はお見通しなんだよ。」 「何がだよ。」 「赤松の親父を殺したこと。病院の横領事件絡みの殺し、それの捜査を撹乱させるための久美子への強姦。」 サングラスをかけたまま鍋島は村上の方を見つめる。 「こいつらが全部お前による犯行だってことをな。」 「けっ…。」 「一色はそうとは断言していない。でもこいつは分かっている。分かっているからこそ、最後の情けであいつはここに単騎で乗り込んできた。乗り込んで自主を促してきた。そうだろ?」 「…。」 「なぁ…もう…もうやめようぜ鍋島。もういいだろ。そもそも残留孤児の問題は一色に責任がある問題じゃないだろ。」 「大ありだよ。」 「え?」 「村上。お前今更何言ってんだ?お前は俺の味方だろ?俺の考えに賛同してるから、いままでお前は俺を庇ってくれたんだろ。それが何?いまこの段階で突然手のひら返すわけか?俺の行く手を遮るやつはすべて悪だ。俺のジャマをするやつは同胞の邪魔者だ。お前がやれないんだったら俺がやる。」 床に落ちているナイフとハンマーを手にして、鍋島はそれを眠る一色に握らせた。 「こうすりゃ一色は穴山と井上を殺した凶悪犯罪者だ。」 「鍋島…。」 「警察キャリアが成人男性二人を殺す凶悪犯罪を起こして姿を消す。こいつは前代未聞の事件になるな。」 「お・お前…。」 「県警の信用は失墜。そうなりゃああいつらは当面派手な動きはできなくなる。これで本多の周辺の捜査は打ち切りだ。そうすればお前に対する本多の信用は完璧なものになるだろう。」 「あ…。」 「俺はお前にやってほしんだよ。俺ら同胞の救済をさ。たった数名の人命と俺ら同胞の多くの人命。どっちが重いよ。」 鍋島は村上の肩を叩いた。 「頼りにしてるぜ。村上。」 「鍋島…。」 「あ?」 「お前…本気で言ってんのか。お前、本気で人の命の軽重を数の論理で説いているのか?」 「何言ってんだ村上。お前らが信奉する市場経済に則った考え方だ。ひとつの商品が持つ本来の価値がどうだと言う議論よりも、売れた商品が価値のあるものだっていう考え方と一緒だよ。」 村上はため息を深くついた。 「はぁ…。鍋島。それは違うぞ。」 「あん?」 「日本を反日共産国家のツヴァイスタンと一緒にするな。鍋島。」 「あ…?」 「我が国を人権無視のあの独裁国家と同じにするなと言っている。」 「何言ってんだおまえ。」 「人の命をそこら辺の商品とかサービスと一緒くたに論じるなと言ってるんだ。」 鍋島の口元が引きつった。 「お前の発想はあの国の思想そのものだ。」 「おいおい…何なんだよ村上…。」 鍋島は肩をすくめ、呆れ顔を見せた。 「お前、ツヴァイスタンから直で金を貰っているだろう。」 一瞬、鍋島の動きが止まった。 「は?なんだツヴァイスタンって?」 「惚けんな。お前がツヴァイスタンのシンパだってことは分かってんだ。」 「おいおい。やめてくれよ村上。わけの分からんこと言うんじゃない。」 「じゃあこれは何だ。」 村上は一枚の写真を鍋島に見せた。 「なんでお前がツヴァイスタンのエージェントである下間芳夫と会ってるんだ。」 写真にはとあるホテルのロビーで鍋島が下間と向かい合うように座り、紙袋のようなものを受け取る姿が収められていた。 「仁熊会から金を受け取っているならいざ知らず、お前はよりによって反日共産国のツヴァイスタンから金の援助を受けていた。」 「何が悪いんだ。お前だって仁熊会のパイプ駆使してんだろ。仁熊会とツヴァイスタンは裏でつながっているってことはお前も知っているだろ。」 「ああ知ってる。」 「じゃあ今更なんだ。」 「鍋島…。いいか。俺は自分の意志に関わらず、国家間の思惑で不遇の時代を過ごすことになってしまった残留孤児という存在に思いをした。そして彼ら彼女らを日本政府として救済できる方法がないかと考え、本多に働きかけてきた。」 「なんだよ。この場面で昔話か?」 「いいから聞け!」 村上は鍋島を一喝した。 「残留孤児と言えども日本人だ。日本人の落とし前は日本人でつける。これが俺の大前提だ。俺は国会議員になって日本政府として彼らにちゃんとした保障を提供したい。そのためには政府として残留孤児に対する保障活動は不十分であったことを一旦認めて、彼らに公式に謝罪し、改めて充実した保障政策を執るというプロセスが重要だ。ただ、俺が議員になるためにはまだ時間がかる、だから俺は議員になるまでの期間、自分でできることを先になるべくやろうということで、身の回りの残留孤児関係者に資金援助をしたり、教育の場を提供したり、仕事を斡旋したりした。もちろん俺と同じ思いを持つお前にも協力を惜しまなかった。だが、お前とは根本的に相容れない思想があったみたいだ。」 鍋島は黙って村上の言葉に耳を傾けた。 「確かに俺は仁熊会が裏でツヴァイスタンに協力的だと知っていた。」 「だからそれを知っているのになんで俺を責める。」 「言ったろ。日本人の落とし前は日本人でつけるって…。なんで内輪の問題を日本を敵視する国家の支援を受けて解決するんだ。」 鍋島は黙った。 「残留孤児問題の当事国同士が話し合って、何らかの経済援助策を打ち出すならまだしも、なんで第三国がそれに関わってくる?一応、この問題の当事国同士の話し合いは終了している。帰国した残留孤児の生活保障などの問題はあくまでも日本国内の問題。そこにお前はあろうことか第三国の金を引き込んで問題を複雑化させている。」 「なに…。」 「考えても見ろ。仁熊会がなんでツヴァイスタンなんかと関係を持っているか。」 「金だろ。」 「そうだ金だ。一見羽振りが良さそうに見えるが、実はあそこは資金繰りが厳しい。いくら県内最大の反社会勢力といえど金がなければ立ち行かない。警察の厳しい目をかいくぐって定期的にまとまったシノギを得るにはツヴァイスタンと結ぶのが手っ取り早かった。」 「良いじゃねぇか。合理的な判断だ。」 「バカ言え。それが間違いの元だったんだよ。」 「何がだよ。」 「仁熊会はツヴァイスタンっていうシャブに手を出したんだよ。」 「ツヴァイスタンというシャブ?」 「ああ。はじめはちょっとした手伝いみたいな仕事を請け負って小銭を稼いだ。ツヴァイスタンは定期的にその小口の仕事を仁熊会に与えた。営業活動をしなくても定期的に仕事を発注してくれる先ほどありがたいものはない。仁熊会はそれに甘えた。そこでツヴァイスタンとの関わりがとどまっていれば何の問題もなかった。だがあそこからの仕事は次第にお大口の仕事になってくる。気がつくと仁熊会はツヴァイスタンからの仕事に依存する自力営業をしない体質になっていた。こうなっちまったら仁熊会はツヴァイスタンのフロントだ。」 「そんなもん自分で招いた結果だろ。」 「そうだ。それを熊崎は悔やんでいた。」 「オセェヨ( ゚д゚)、ペッ。今更どの口が言うんだ。」 「一旦シャブに手を出してしまった人間の末路はお前も知ってるだろ。」 「死ぬまでしゃぶられる。」 「そう。熊崎はそれに気がついた。」 「だからおせぇって。」 「確かに遅い。だがあいつは大事なことに気がついた。」 「は?」 「ツヴァイスタンの本当の目的にな。」 「ツヴァイスタンの目的?」 「工作員を日本に送り込んで、近い将来この国を政情不安に陥れる。」 「…。」 「熊崎の奴言ってたよ。シノギを追求するあまり、自分が今いる国を動乱に巻き込むようなことになると、せっかく得たシノギも紙くずになっちまうってな。」 鍋島は口を噤んだ。 「一旦クスリ漬けになっちまった人間を社会復帰させるには、本人の意志だけじゃどうにもならない。つまり仁熊会自体には自浄作用を期待できないってことだ。そこで熊崎は俺に言った。」 「何をだ…。」 「仁熊会が自爆するとしても、それは自分で巻いた種だから覚悟はできている。しかし曲がりなりにも仁熊会はこの国の下で運営させていただいている。だからこの国に迷惑をかける訳にはいかないってな。」 「自分で自分の後始末さえ出来ない奴がなにをふざけたこと言ってんだ。」 「鍋島。病院横領事件のこと覚えてるだろ。」 「あん?」 「当時県警の捜査二課の課長だった一色は仁熊会にガサ入れして、そのツヴァイスタン関係の金脈を洗い、あいつらを排除しようとした。」 「何?」 「これで仁熊会は終わりだと熊崎は腹をくくった。だがお前が当時の関係者を殺したり、県警のお偉方が一色の捜査を妨害したりして、あの事件はお宮入りだ。」 「…。」 「仁熊会とツヴァイスタンの関係を断つ絶好のチャンス。それをお前はあろうことか妨害した。エージェントの司令を受けてな。」 鍋島は苦々しい顔をした。 「なぁ鍋島…いい加減やめようぜ…。お前もツヴァイスタンっていうシャブにどっぷりハマっている。俺も本多っていうシャブにハマっている。シャブから足を洗おう。これ以上クスリに頼ると俺ら本当に売国奴に成り下がってしまう。」 「妨害妨害って…。だから同じことを2回も言うなって言ってるだろ…。」 激痛が走る頭を両手で抱えながら鍋島は足を引きずった。 ー駄目だ…。休息が必要だ…。 小屋の入り口が鍋島の目に入った。そこには親指ほどの隙間がある。 ーあそこで少しだけ休もう…。 そこに手をかけた彼は扉を開き、中に倒れ込んだ。 「はぁはぁはぁ…。」 ゆっくりと彼は仰向けになった。 少しは痛みは和らいだようだ。鍋島は深く息をした。 仰向けになってわかったことがある。老朽化が進んだ小屋の天井の一部は抜け落ち、そこから月が見えた。 放置された農機具、ロープのようなもの、一蹴りすれば折れてしまうかと思われるほど朽ちた木製の柱と梁。目が慣れてきたのか、小屋の中の様子が見えだした。 ーまさか…ここで俺が横になるとはな…。 身体を横に向けたとき、彼は異変に気がついた。 月明かりに照らされる自分の隣に紐のような長いものが落ちている。それはこの空間のどれよりも新しく純白色である。 やっとの思いで体を起こすと、その紐が何を意味しているか瞬時に解った。 「こ...これは…。」 人の形で囲われた白い紐は、2つあった。 「うぐっ…。」 再び激痛が彼の頭を襲った。 頭を両手で抑えると、汗をふんだんに含んだニットキャップからそれが垂れ落ちてくる。 「あ...ああ…。熱い…。」 今度は顔を手で抑えた。 「熱い…熱い!!热!热!顔が焼ける!」 鍋島は小屋の中でひとり絶叫とともにのたうち回った。
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9 years ago
22 minutes

オーディオドラマ「五の線2」
116.2 第百十三話 後半
114.2.mp3 重い木製の引き戸を開き、壁に埋め込まれた照明スイッチを押すとそこは剣道場だった。 「相変わらず(゚ν゚)クセェな。」 剣道場から醸し出される独特の臭気に、佐竹は渋い表情を見せた。 「あれ?」 「なんです。」 「へぇ道場にエアコン入ってんだ。」 そう言って彼はそれの電源を入れた。 「あ、俺のときにはもう入っていましたよ。」 「あ、そうなの。」 佐竹は道場正面に礼をして中に入った。相馬と京子もそれに続いた。 「おい相馬。」 「あ?」 「俺らもいいんか。」 「おう。一応正面に礼して入ってくれ。」 「え?こうか?」 ぎこちない様子で相馬達の動きを真似た長谷部と麗も中に入った。 「ねぇ相馬君。なんでこの部屋に入るのにお辞儀なんかするの。」 麗が尋ねた。 「え?」 相馬は固まった。そこに何の意味があるかなんて今まで考えたこともなかった。 「下間さんだったね。この手の道場に入るのはじめて?」 佐竹が麗の質問に答えた。 「え…はい。」 「はっきりとした解説はできないんだけど、この場所を使用させていただきますっていう素朴な気持ちの表明だって俺は聞いたことがある。」 「え?誰も居ないのに?」 「そう。ほらよく八百万の神って言葉があるだろ。自然界の万物にはすべて神が宿っているって。この道場にもそういった神様がいて、いまからこの道場を使わせていただきます。なので使用している間は怪我や事故などが起こらないよう見守っていて下さいって会話をすることなんだと思う。」 麗はキョトンとした様子である。 「こういったすべてのものを大切にするっていう気持を大切にすることで、相手を敬う心を育成する。そんなところかな。」 麗とは反対に、改めて知る正面への礼の意味に相馬は納得した様子だった。 「いやぁ何にも変わってないな。ここ。」 「そうですか。」 「ああ。黒板に書かれてる内容以外は何にも変わっていない。まるでタイムスリップしたみたいだ。」 「あの…それで…。」 「ああごめん。本題に入ろうか。」 佐竹達五人は道場の中心に車座になって座った。 「相馬君、片倉さん。一色と稽古したんだってな。熨子山事件の前に。」 「はい…。」 「あいつ何か言ってたか。」 「あの…どうやったらこれ以上強くなれるかってことについてアドバイスしてもらいました。」 「へぇ。どんなの?」 剣道の形を大事にすること、かかり稽古の数を増やすこと、そして囲碁の本を渡されたことを相馬は佐竹に話した。 「囲碁?」 「はい。」 「…囲碁ね…。」 佐竹は腕を組んでしばらく考えた。 「どうしたんですか。」 「で、どうだったその本、役に立った?」 「正直僕、将棋くらいはやったことありますけど本渡されるまで囲碁なんか興味もなかったしやったこともなかったんです。なんでその本読んでもよく分からんかったんです。」 「あらら。」 「でも折角一色さんから渡されたんもんを、そこで投げ出すのもしゃくですから取り敢えず入門書片手にやってみました。すると囲碁のルール自体は単純だってわかりました。」 「どういうことかな。」 「碁のルールは自分の色の石で相手より広い領域を囲う。これだけです。僕が難しいって思っとったのは、盤面状態とかゲーム木の複雑さだったみたいです。」 「相馬君。ごめんだけど俺、碁やったことないんだ。俺にも分かるように説明してくれないか。」 相馬は困惑した表情を見せながら口を開いた。 「結論を言うと一色さんは囲碁を通して大局観を身に付けろって僕らに言ったんだと思います。」 「え?」 「どんな世界でもマニュアルみたいなものがあります。こうすればこう。ああすればああ。でもそんなマニュアルで全てがうまくいくんだったらこんなに楽ちんなことはありません。実際の現場では臨機応変の対応が必要です。ただし臨機応変って口で言ってて実際の行動はただのその場しのぎってパターンは結構あります。なんでそんなことが起こるのか。そう、そういう人はその場での形勢判断を的確に行う能力が不足しているからです。」 「その的確な形勢判断能力が大局観か。」 「はい。全体を俯瞰で見るんです。囲碁はその力を養うにはいいゲームです。俯瞰で見える盤面に必勝の形を見出して相手を引き込む。その戦略的思考を一色さんは囲碁を通じて僕らに伝えようとしたんだと思います。」 「そうか…。」 「一色さんはこうも言ってました。」 「じゃあ僕はどういう形をつくればいいんでしょうか。」 「え?」 「僕は出鼻小手が得意です。」 「…それは自分自身で考えな。」 「そんな…。」 「それが練習だよ。みんなで考えて解を導き出したら良い。」 「すいません。一色さん。」 「その必勝の形に相手をおびき寄せたり、試合の主導権を握れば合理的ってことですよね。」 「ああ。」 「でもそれができん時はどうすればいいんですか?」 「…それは勘がモノを言う。」 「勘…ですか?」 「ああ。それは反射神経以外のなにものでもない。」 「じゃあその反射神経を鍛えるにはどうすれば?」 「それは簡単さ。かかり稽古をひたすらやるしかない。」 「かかり…。」 「いやだろう。」 「…はい。」 「おれも嫌だよ。辛いだけだしね。こんなシゴキなんかなんの役に立つんだって僕も昔思っていた。でもその形が突破されてしまって、いざって時にこいつが効くんだよ。」 「いざですか…。」 「まぁそうならないのが良いんだけどね。」 「ふっ…。」 昔を振り返る相馬の言葉に佐竹は笑みを浮かべた。 「どうしたんですか佐竹さん。」 「結果として県体ベスト4。立派な成績だよ。」 「あ・ありがとうございます。」 佐竹は防具棚の方を見つめた。 「一色…。お前は死んだかもしれないけど、お前の戦略的思考法と行動は未だ生きているみたいだな。」 「どうしたんですか佐竹さん。」 「俺らには鬼ごっこ。こいつらには囲碁。」 「え?」 「それに剣道部の鉄の掟。」 「きっちり落とし前つけさせてもらうぜ。一色。お前の代わりにな。」
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9 years ago
12 minutes

オーディオドラマ「五の線2」
【1話から全部聴くには】http://gonosen2.seesaa.net/index-2.html 熨子山連続殺人事件から3年。金沢港で団体職員の遺体が発見される。他殺の疑いがあるこの遺体を警察は自殺と判断した。相馬は、その現場に報道カメラのアシスタントとして偶然居合わせた。その偶然が彼を事件に巻き込んでいく。石川を舞台にしたオーディオドラマ「五の線」の続編です。※この作品はフィクションで、実際の人物・団体・事件には一切関係ありません。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org