SNSと記録の時代では、「何をしたか」よりも「どう取り繕ったか」で評価が決まり、信頼やキャリアが一瞬で横滑りするなあと思うこの頃。
嘘がバレるのはもう当たり前。今は「どう取り繕ったか」でその後の人生が分岐する。自虐、演出、整合性──現代の謝罪は小さな物語づくり。
逆に、取り繕うことすら放棄した“嫌われ者”が生き残る世界線についても話してます。
誠実って、損。でも、残る。嘘より嫌われろ、の時代に、どう生きる?
📚参考書籍:
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』
マーシャル・マクルーハン『メディア論:人間の拡張の諸相』