
結婚。それは人生の大きな節目であり、家族の文化や価値観が交差する瞬間でもあります。
名古屋には「嫁入りトラック」という独特の風習があります。紅白幕を張ったトラックに嫁入り道具を載せ、ご近所に菓子をまきながら、新しい家庭へ向かう――。派手で豪快なこの風習に、「そんなの時代遅れ!」と驚く若者もいれば、「昔は当たり前だったよ」と懐かしむ人もいるでしょう。
この物語は、東京育ちのハルナと、生粋の江戸っ子マサヒロ、そして伝統を重んじる名古屋の母・エミリが織りなす“嫁入り騒動”の一幕です。
「伝統って、なんのためにあるの?」「本当に必要なものって、なんだろう?」
笑いあり、涙ありの家族の物語を、どうぞお楽しみください。
◾️登場人物のペルソナ
・お嫁さん(23歳)=ハルナ・・・東京の大学時代に知り合った彼と婚約(CV:ハルナ)
・お婿さん(23歳)=ヒビノ・・・浅草生まれ浅草育ちの生粋の江戸っ子(CV:日比野正裕)
・嫁の母(44歳) =エミリ・・・名古屋生まれ名古屋育ち(CV:桑木栄美里)
【Story〜「嫁入りトラックに乗って/婚礼家具/前編」】
<シーン1/自宅リビングにて>
(SE〜戸建て/庭に小鳥のさえずり)
ハルナ: 「嫁入りトラック〜!?
ないないないない。ありえない」
エミリ: 「なにを言ってるの。
結婚するときは、菓子まきをして嫁入りトラック。
あたりまえでしょう」
ハルナ: 「そんな恥ずかしいこと、絶対にいやだぁ」
エミリ: 「恥ずかしいことなんてありません。
みんなやってるんだから」
ハルナ: 「うえ〜ん。あなたも、なんか言ってよぉ」
マサヒロ: 「あのう、おかあさん。
新居のアパート、前の道は細いのでトラックなんて入れないかも・・」
エミリ: 「まだあなたから”おかあさん”と呼ばれる間柄じゃありません!」
マサヒロ: 「す、すいません」
ハルナ: 「あやまらないで〜。しっかりしてぇ。江戸っ子でしょ」
エミリ: 「あなたには名古屋の文化を一度教えてあげないといけないわね」
マサヒロ: 「は、はい」
ハルナ: 「はい、じゃない」
エミリ: 「名古屋人はね、普段は倹約をしてつましく暮らしているの。
だけど、いざというとき。
例えば、娘を嫁にだすときね。
嫁ぐ娘に惨めな思いをさせないために
一生分の荷物を持たせて送り出すのよ。
それが、尾張徳川家のお膝元、名古屋の嫁入りなんです」
ハルナ: 「それ、江戸時代の話でしょ」
エミリ: 「とにかく!
嫁入りするときは紅白幕の嫁入りトラック!
道が細かろうとなんだろうと新居までたどり着きます!」
マサヒロ: 「う・・・」
エミリ: 「これも覚えておきなさい・
嫁入りトラックっていうのは、どんなに道が細くても、前進あるのみ!
間違ってもバックなんてしませんから!」
ハルナ: 「雨降ったらどうするのよ」
エミリ: 「ハレの日に雨なんて降りません!」
<シーン2/家具屋さんにて>
(SE〜家具屋さんの商談デスクにて)
エミリ: 「絶対にダメです!
桐箪笥と三面鏡と羽毛布団。
この3つがなくて、娘を嫁に出せますか!」
ハルナ: 「だーかーらー、江戸時代じゃないんだって。
新居だって、戸建てじゃなくて小さなアパートなんだから」
マサヒロ: 「あ、おかあさん。
実は新居には作りつけの収納もあるんです。
それに狭い2DKなんで、箪笥やドレッサーはちょっと・・」
エミリ: 「だからまだ”おかあさん”と呼ばないで!」
マサヒロ: 「す、すいません」
ハルナ: 「毎回謝るなっつーの」
エミリ: 「私も、私の母も、そのまた母も、代々み〜んな
名古屋で生まれ、名古屋で育ったんです。
東京もんの余所者に、名古屋のしきたりについて
あれこれ言われたくありません!」
マサヒロ: 「は、はい」
ハルナ: 「ちょっとぉ!しっかりしてよ!江戸っ子なんでしょ」
マサヒロ: 「そんな、君まで江戸っ子とか、時代劇みたいなこと言わないでよ」
エミリ: 「ごちゃごちゃ言ってないで。
ああ、お父さんが生きてたら、こんな、余所者にバカにされることなんて
なかったのに。よよよ・・・」
ハルナ: 「やめてよ、おかあさん。
家具屋さんも困っちゃってるじゃん」
エミリ: 「あらそう、家具屋さん。
じゃあさっきの桐箪笥、もういっかい見せてちょうだい」
ハルナ: 「あ〜あ。
ん?ちょっ、おかあさん、これ。よく見てこれ」
マサヒロ: 「お、おお」
ハルナ: 「この値段、わかって言ってるの!?
桁間違えてない?」
エミリ: 「笑止。なに言ってるんだか。
これは一枚板の桐無垢なの。
あなたの孫の代まで使える逸品なのよ」
マサヒロ: 「へえ〜」
エミリ: 「さああなた。
引き出しを開けてみなさい」
マサヒロ: 「は、はい」
ハルナ: 「なに、言うこと聞いてんのよ」
マサヒロ: 「だって・・・」
(SE〜引き出しをすうっと開けて、すうっと閉める=音はしないかも)
マサヒロ: 「うわ、すごい」
エミリ: 「でしょう。
引き出しの中に服がぱんぱんに入ってても、
すう〜っと入って、ふわっと出てくるのよ」
マサヒロ: 「ほう〜」
ハルナ: 「感心しないで」
エミリ: 「最高級の桐箪笥だから釘なんて一本も使ってないでしょ」
マサヒロ: 「ほんとだ」
エミリ: 「凹凸の楔を組み合わせて作ってあるの」
マサヒロ: 「そうなんだぁ」
エミリ: 「それに、名古屋の夏は蒸し暑いでしょ」
マサヒロ: 「はい、ちょっとびっくりしました」
エミリ: 「湿度が高いと、服って傷みやすいのよ。
でもね、桐の箪笥は呼吸をしてるから」
マサヒロ: 「呼吸?」
エミリ: 「そうよ。呼吸をする。つまり生きている桐は
箪笥の中の湿度を一年中一定に保ってくれるのよ」
マサヒロ: 「中にしまった服を守ってくれるんですか」
エミリ: 「そうよぉ」
ハルナ: 「もう〜。感心してる場合じゃないでしょ。
値段をもっと見なさい。値段を」
マサヒロ: 「江戸っ子はね、お金にこだわらないんだよ」
エミリ: 「ほお〜」
ハルナ: 「あなた、どっちの味方なの!?」
マサヒロ: 「別に敵味方じゃないでしょ。家族になるんだから。
おかあさんと家具屋さんの話も聞いてみようよ」
エミリ: 「あなた、なかなか話せるじゃないの」
マサヒロ: 「申し訳ありません。出過ぎたことを言って」
ハルナ: 「ほんとにね」
エミリ: 「いい加減にしなさい」
マサヒロ: 「ほかにもあるんですか?」
エミリ: 「嫁入り道具〜?もっちろんあるわよ」
ハルナ: 「ちょっとちょっと。油注いでるって」
エミリ: 「こっち来て。見てみなさい」
マサヒロ: 「三面鏡・・ですか?」
エミリ: 「そう。三面鏡。
鏡はね、正面と右、左にないとだめ」
マサヒロ: 「どうしてですか?」
エミリ: 「着物を着るとき。
三面鏡でないと、後ろの襟元や帯が見えないじゃない。
裾が左右対称になってるか、シワやたるみがないか。
せっかく素敵な着物を着ておでかけしても
後ろ姿が整ってなきゃ台無しでしょ」
マサヒロ: 「なるほど」
ハルナ: 「ふん、着物なんて着ないからいいもん」
エミリ: 「着るわよ」
ハルナ: 「どこで?」
エミリ: 「あなたに子どもが生まれたら?
七五三はお着物でしょ。
入学式に卒業式。
小学校。中学校。高校。大学もかしら」
マサヒロ: 「そうですね」
エミリ: 「成人式は、振袖に訪問着。
親子で着物なんて素敵ねえ。
そのうち、いまのあなたみたいに未来の夫を連れてきて。
結納。結婚式。
着物で行くでしょ」
ハルナ: 「あ・・」
エミリ: 「それから・・・
私のお葬式」
ハルナ: 「やめてよ!」
■BGM〜「インテリアドリーム」
エミリ: 「嫁入り道具も、トラックも、菓子まきも
み〜んな、あなたに幸せになってほしいから」
ハルナ: 「やめてよ・・・」
マサヒロ: 「ありがとうございます、おかあさん!」
エミリ: 「まだ、おかあさんじゃないでしょ」
マサヒロ: 「はい、すみません」
エミリ: 「女手ひとつでわがままに育てちゃったから
きっと手はかかると思うけど、よろしくお願いします」
マサヒロ: 「はい!
かならず、かならず、娘さんを幸せに。
約束します!」
ハルナ: 「やめてよ、あなたも・・・」
マサヒロ: 「僕からもお願いしていいですか?」
エミリ: 「なあに?」
マサヒロ: 「嫁入りトラック、ぜひお願いします!」
ハルナ: 「え・・・」
エミリ: 「いい人見つけたね。
あとは、あなたたち2人の人生。
悔いのないように生きなさい」
ハルナ: 「ありがとう・・・」
(※以下同時に)
ハルナ: 「おかあさん!」
マサヒロ: 「おかあさん!」