
春は新たな始まりの季節。桜が咲き誇る中、22歳の彼女は大学を卒業し、一部上場企業のマーケターとして社会へ踏み出します。彼女の隣には、高校時代からの恋人で、大学院でAIを研究する彼の姿。
学生から社会人へと変わる瞬間、彼女が見つめるのは未来か、それとも過去か——。
この物語は、そんな彼女と彼が、新しい生活の中で「選ぶこと」と向き合いながら、未来を描いていく物語です。
家具を選ぶことは、単なるインテリアの話ではなく、自分らしさや人生をどうデザインするかということ。
春の夜、桜の下で交わされた言葉、そして二人が訪れたインテリアショップでのひととき。
その先に待っている未来とは——。
新たな門出を迎えるすべての人に、この物語が寄り添えますように
【登場人物】
・彼女(22歳)・・・大学4年間で国文学を専攻しこの春から新社会人に。一部上場企業の企画・広報担当のマーケターとして採用された。彼は高校時代から付き合っている同級生(CV:桑木栄美里)
・彼(22歳)・・・大学4年生ののち、大学院の人工知能科学研究科で最先端のAIと社会のつながりを研究している(CV:日比野正裕)
【Story〜「桜花抄/新社会人と新生活/前編」】
<シーン1/夜桜の公園>
(SE〜花見の風景)
彼女: 「桜花(さくらばな)、時は過ぎねど、見る人の、
恋(こ)ふる盛(さか)りと、今し散るらむ」
◾️BGM/
彼: 「なんだい、それ?」
彼女: 「万葉集よ。
まだ散るときじゃないけど、
愛でてくれる人がいるうちに散っちゃおうかなぁって。
そんな桜の花の気持ちをうたった詩(うた)」
彼: 「へえ〜。さすが国文学専攻」
彼女: 「またぁ。すぐそうやって茶化す。
でもこの詩、いまの私の気分かも」
彼: 「どうして?全然散ってなんかいないじゃん」
彼女: 「気持ちの話よ。
私、本当は純粋にもっと大学で国文学を勉強してみたかったんだ。
でも、愛でてくれる人がいるうちに社会に出てみようかなーって思ったの」
彼: 「愛でてくれる人って?」
彼女: 「やだもう。ばか」
彼: 「そんなんいいじゃないか。
一流企業の企画・広報部なんて、なりたくてもなかなかなれないぜ」
彼女: 「そうだけど」
彼: 「君の好きな国文学の知識をマーケティングに生かせばいい」
彼女: 「簡単に言うんだから」
彼: 「いや、ホントにいいと思う。
万葉集って去年、SNSでバズってるし」
彼女: 「まあねー。
なんか、AIでビッグデータとか研究してるあなたらしい答え」
彼: 「あ、そっちこそ、そうやって茶化す」
彼女: 「私は尊敬してるの」
彼: 「僕だって尊敬してるさ、君のこと」
彼女: 「ありがとう。
ねえ、花篝(はなかがり)が灯る前に付き合ってほしいとこがあるの」
彼: 「ああ、もうそんな時間かあ。
で、どこいきたいの?」
彼女: 「私、就職が決まってアパート借りたんだけど、
まだ何にもない部屋なんだ」
彼: 「そうなんだ」
彼女: 「さ、行こ」
彼: 「え、だからどこへ?」
彼女: 「もう〜。いいから、きて」
<シーン2/インテリアショップ>
(SE〜インテリアショップの雑踏)
彼: 「そっかあ。家具屋さんか」
彼女: 「家具だけじゃなくて、雑貨や絵画も置いてあるから、インテリアショップね」
彼: 「インテリアスタジオ。うん、確かにわかりやすいネーミングだ」
彼女: 「うちの会社、リモートが多いからホームオフィスのインテリアも選びたいな」
彼: 「うん、どんな感じの家具がいいの?」
彼女: 「木の手触り感とか、木目の色合いとか、自然のテイストが好き」
彼: 「僕もナチュラルな家具が好きだな」
彼女: 「大学院の研究室にそういう意識調査するAIとかないの」
彼: 「あるよ。ちょっと待って」
彼女: 「あるんだー。お、タブレット登場?」
彼: 「えっと・・・コロナ禍で在宅時間が増えて、
6割以上の人がインテリアにこだわるようになったんだって」
彼女: 「ああ、確かにそうかも」
彼: 「で、好きなインテリアのテイストは、『ナチュラル』が1位。
さすが。トレンドリーダーじゃん」
彼女: 「ふーん、2位はなに?」
彼: 「2位はね、『北欧風』。あとは『モダン』、『和モダン』」
彼女: 「みんないいわね」
彼: 「『ナチュラル』を選ぶ理由は、飽きがこなくて、落ち着くからだって」
彼女: 「わかるー」
彼: 「20代、30代はインスタ見て参考にしてるそうだよ」
彼女: 「そうそう。私もインスタでずうっとチェックしてたもん」
彼: 「で、どこまで揃えるの?」
彼女: 「えっと、私の部屋、収納も少ないから、ベッド、ソファ、ダイニング、
TVボード。あとは収納できる家具かな」
彼: 「全部じゃん」
彼女: 「そうよー。お部屋のカラーに合わせてテイストを統一したいの」
彼: 「部屋のカラー?」
彼女: 「うん。白を基調にした明るい木目調の色合い」
彼: 「ようし、じゃあ、この家具の森の中から、探し出そう」
彼女: 「りょーかい」
<シーン3/彼女の部屋>
彼女(モノローグ):
結局、私の部屋は、明るいトーンのインテリアに彩られた。
壁が白、柱周りやアクセントに木目という部屋のカラー。
家具たちは、まるで最初からそこにあったかのようにしっくり佇んでいる。
ベッドは、彼が開発したAIコーディネーターのオススメでリクライニングに。
フレームの木目がすごく落ち着いていい感じ。
ダイニングは小さめのテーブル。
彼と2人で食事するのにちょうどいいサイズ。
2人のチェアは長時間座っても疲れないダイニングチェア。
ホームワーク用のデスクは、少しだけ濃い目のトーン。
オンオフの切り替えもできるから満足している。
(SE〜紅茶を注ぐ音+食器を置く音)
彼: 「小さいけど、いい部屋だね」
彼女: 「そう?ありがとう」
彼: 「家具たちもなんか嬉しそうだ」
彼女: 「あら、AIの研究室にいる人にしてはメルヘンチックなセリフね」
彼: 「僕はもともとロマンティストなんだ」
彼女: 「そうですかー」
(SE〜花瓶を置く音「コトッ」)
彼: 「なにそれ?」
彼女: 「花瓶よ。桜を生けてみたの」
彼: 「枝を折ってきたの?」
彼女: 「そんなことするわけないじゃない。
お花屋さんで買ってきたのよ」
彼: 「え?花屋さんに桜が売ってるの?知らなかった」
彼女: 「季節になると、桜も梅も売ってるよ。
でも、開花してるとすぐに散っちゃうから蕾の桜。
お部屋の中でじっくり短い春を楽しむの」
彼: 「花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに」
彼女: 「プッ。やだー。らしくない。どうしたの?」
彼: 「僕が知ってる花の和歌はこのくらいかな。
万葉集にはきっとたくさんあるんだろうけど」
彼女: 「その歌は万葉集じゃなくて古今集。
小野小町の作でしょ。小倉百人一首とかで詠まれてるじゃん」
彼: 「なんか、小野小町って、君と重なっちゃって」
彼女: 「それは、絶世の美女ってこと?
それとも、売れ残っちゃうのを焦るとこ?」
彼: 「焦ってるの?」
彼女: 「焦ってません。でも、この歌は刺さったな」
彼: 「え?」
彼女: 「だって、以前お花見で私が詠んだ歌の真逆だもん。
覚えてる?あの歌?」
彼: 「ああ。
桜花、時は過ぎねど・・・ってやつだろ?」
彼女: 「そう。
桜花、時は過ぎねど、見る人の、恋ふる盛りと、今し散るらむ。
盛りのうちに散っちゃおう、っていう歌よ。
盛りが衰えていくのを悩んでいる小野小町とは対局ね」
彼: 「きみはどっち?」
彼女: 「私はウジウジしたくないから前者かな」
彼: 「そう思った。じゃあ・・・はい」
彼女: 「え・・・なにこれ?」
彼: 「フレグランスランプだよ。
この部屋に合う香りってベルガモットかなって。
君の就職祝い。遅くなってごめんね」
彼女: 「やだ。サプライズ?」
彼: 「いや、サプライズはそっちじゃなくて」
彼女: 「えーなになに?」
彼: 「こっち」
■BGM〜「インテリアドリーム」
彼女: 「あ・・・」
彼: 「僕の気持ち、受け取ってくれる?」
彼女: 彼は、胸ポケットから小さな赤い箱を取り出した。
箱の中には、まばゆい光を放つブリリアントカット。
彼女: 「ちょっと。こんなとこで片膝つかないで」
彼: 「だって、これはセレモニー」
彼女: 「じゃあ、歌で返す。返歌、返し歌よ。
『忍ぶれど色に出でにけりわが恋は
ものや思ふと人の問ふまで』
知ってるでしょ」
彼: 「うん。聞いたことある」
彼女: 「隠していた私の恋心が顔に出てしまったわ。
恋の悩みでもあるのかって人から尋ねられるほどに」
彼: 「それって、Yes、だよね?」
彼女: 「もちろん」
彼: 「ありがとう!」
彼女: 彼は少しぎごちない仕草で、その思いを私の指にはめる。
小さな石に映るまばゆい光は、私の心を照らしていった。