
後編は、舞台を19世紀のノルウェーに移し、「ノルディックベンチ」に刻まれた伝説を描いていきます。厳しい冬の北極の町で、家具職人エミルと聖歌隊の少女カレンは出会いました。
許されぬ恋、離れゆく運命、そして吹雪の中の決断。このベンチが、なぜ「永遠の愛を見守る」と語り継がれるようになったのか─その答えが、ここにあります。
前編とは違った、静かで切ない物語。
【登場人物のペルソナ】
・エミル(25歳)=ノルウェーの『北極の町』アルタに住む家具職人。教会に頼まれて礼拝堂のベンチを作っている。カレンと出会い恋に落ちる。2人で語り合った思い出をいつまでも残すために、ベンチに北極の星座の装飾を彫る(CV:日比野正裕)
・カレン(18歳)=クリスマスの時期になると小さな村を回る聖歌隊のなかの1人。初めてアルタにやってきたとき、エミルと出会い、恋に落ちるが、聖歌隊では恋愛は禁止。2人はエミルの作ったベンチに座って語り合った・(CV:桑木栄美里)・
■資料/古代遺跡を照らすオーロラの町!ノルウェー・アルタ
https://skyticket.jp/guide/314110/
<シーン1/クリスマスの前〜アルタの町の小さな教会の礼拝堂>
(SE〜吹雪の音〜教会の鐘の音)
神父:「皆さん、今年もクリスマスが近づいてきました。
神の恵みに感謝し、心を一つにしてその日を迎える準備をしましょう」
エミル:ノルウェー。北極の町、アルタ。
19世紀の中ごろ。
田舎町の小さな教会で、年老いた神父が語り出す。
神父:「来週には聖歌隊もやってきます。
この礼拝堂もいつもとは違った温かな歌声で満たされるでしょう」
エミル:私の名はエミル。駆け出しの家具職人だ。
アルタで生まれ、アルタで育った。
いまは、神父さまに頼まれて、ベンチを作っている。
あとは、
聖歌隊席に置く4脚のベンチを作ればすべて完了だ。
小さな教会だから、ベンチの数も多くない。
礼拝堂に3人かけのベンチが10脚。
聖歌隊席には2人かけのベンチが4脚。
聖歌隊の人数も10人に満たないのだから問題ない。
さあ、急ごう。
来週、聖歌隊がやってくるまでに、完成させないと。
<シーン2/小さな教会に聖歌隊がやってきた>
(SE〜教会の鐘の音〜ゴスペル〜曲終わりで)
エミル:今年の聖歌隊は1人多い。
大人の女性たちに混ざって、1人だけ、多分10代、の少女が歌っていた。
ひときわ澄んだ歌声に、心が洗われるようだ。
と、感心している場合じゃない。
僕はゴスペルを聴き終えると、神父さんに目配せをして
工房へと急いだ。
(SE〜工房の環境音)
今晩無理すれば、あと一脚くらい、ベンチは作れるだろう。
少女は1人、立って歌っていた。
本当に悪いことをした。
罪滅ぼしの意味も含めて、聖歌隊席に追加したベンチには
心をこめて北極の星座を彫刻する。
北極星(ポラリス)を含む小熊座。
ポラリスは、永遠の導きと不変の象徴。
これは彼女のために。
彼女が座る左端に掘った。北斗七星がしっぽの、大熊座(おおぐま座)。
航海や旅路の守り神だから。彼女へ。
W字の形をしたカシオペア。
美しさと知恵の象徴ってことはこれも彼女かな。
<シーン3/小さな教会の礼拝堂に最後のベンチを納品>
(SE〜朝の環境音/小鳥のさえずり/ベンチを設置する音)
カレン: 「おはようございます」
エミル: 「あ」
カレン: 「まあ、なんて美しいベンチ」
エミル: 「あ、ありがとうございます」
カレン: 「やだ、こんな小娘に敬語なんて」
エミル: 「いや、だって・・・」
カレン: 「カレンって呼んでください」
エミル: 「はい、わかりました・・・」
カレン: 「あなたのお名前は?」
エミル: 「エミルといいます・・・」
カレン: 「いいお名前」
エミル: 「あ、ありがと・・・」
カレン: 「ベンチに彫ってあるのは星座?」
エミル: 「うん、北極の星座」
カレン: 「へえ〜。夜じゃないのにキラキラ輝いてる」
エミル: 「金箔と銀箔を埋め込んであるから」
カレン: 「座ってもいいかしら、エミル」
エミル: 「あ、どうぞ・・・カレン・・」
君のために作ったんだ・・・とは言えなかったけど。
カレンは、右端のカシオペアに座った。
ギリシャ神話のカシオペアは、美しさを誇示するキャラクター。
そのために神々の怒りを招いて破滅をもたらした。
美しいカレンには、そうならないでほしいな。
聖歌隊席のベンチは、向かって右側に2脚、左側に2脚・・
だったけど、いまは左側2脚の横に、少し小ぶりなベンチが1脚。
そこにカレンがちょこんと座る。
そんなに大きくないベンチだけど、小柄なカレンが座ると
不釣り合いで思わず笑った。
カレン: 「このベンチは何人がけ?」
エミル: 「一応2人がけだよ」
カレン: 「そっか。じゃあエミル、ここに座って」
エミル: 「そんな・・・」
躊躇いつつ、ポラリスにもたれる。
カレンとは距離を保ち、僕はベンチの右端に寄って。
行き場のない北斗七星が、カレンと僕の間で煌めいていた。
<シーン4/クリスマス目前〜小さな教会の礼拝堂/聖歌隊席>
(SE〜小鳥のさえずり〜教会の鐘の音)
カレン: 「おはよう、エミル」
エミル: 「おはよう、カレン」
早朝。
誰もいない礼拝堂で、僕たちは語り合った。
カレンの家は、南の町、トロンハイム。
お母さんと2人暮らしだという。
お母さんは、敬虔なクリスチャン。
カレンが18歳になるとすぐに聖歌隊に参加させた。
カレンも歌うことが好きだったから、
喜んで小さな村々を回っているそうだ。
確かに、透き通ったカレンの歌声は、
まるで、天使の讃美歌。
瞳をキラキラさせて話をするカレンに
ステンドグラスから朝の光が差し込む。
それはまるでオーロラのように、幻想的な光の色彩を作り出す。
僕は、朝のこの時間のために
毎日を生きているような気持ちだった。
<シーン5/クリスマスイブ〜小さな教会の礼拝堂>
(SE〜教会の鐘の音〜ゴスペル〜曲終わりで)
エミル: クリスマスイブ。
その日、カレンは聖歌隊にいなかった。
風邪でもひいたのか。
違った。
カレンのいる聖歌隊は、恋愛禁止。
ましてや、カレンは未成年。
聖歌隊の皆も、神父さんも僕には何も教えてくれなかった。
真実を知ったのは、礼拝に来る人たちから。
聖歌隊から外されたカレンはひとり実家へ戻っていったという。
いや、待てよ。
確かカレンの家は、遠く離れたトロンハイム。
そんなところまで1人で帰れるわけがない。
僕はクリスマスミサも早々に、吹雪の外へ飛び出す。
まさか、まさか。
1人でトロンハイムへ?
この吹雪のなか、山越えを?
いったいどれだけ距離があるか知っているのか?
深い森やフィヨルドを抜けていかなきゃならないのに。
僕はカレンを追って、雪山へ入った。
行く手を阻むラーガ山脈の険しい峰。
視界は1メートル先も見えない。
氷点下の風は肌を刺し、息を吸うたびに肺が痛む。
カレンの足なら、まだそう遠くまでいけるはずはない。
スカンダ渓谷の入り口まできたとき、
針葉樹の大木の根元に白いかたまりを見つけた。
それは雪に埋もれたカレンの小さな体。
クリスマスツリーから落ちたオーナメントのように
美しい顔にも雪が降り積もる。
「カレン!」
僕はカレンを抱き上げると、今来た道を戻っていった。
<シーン6/クリスマスの翌日〜教会の庭のベンチ>
(SE〜夜の環境音)
エミル: アルタに戻ったのは、イブが明けたクリスマスの未明。
教会の扉は閉ざされ、町は静まり返っている。
いつのまにか吹雪はおさまり、
見上げると暗闇の隙間からオーロラが夜空を彩っている。
主人(あるじ)のいなくなったベンチは教会の庭に置かれていた。
僕は冷たくなったカレンを抱き、ベンチに座らせる。
■BGM〜「インテリアドリーム」
ああ、カレン。寒かったろう。凍えただろう。
僕は、カレンの横に座って彼女を強く抱きしめる。
体温が、カレンの魂を温めていく。
ポラリスとカシオペアにはさまれて
北斗七星の前で僕たちは・・・
神父: 「アルタの町は静けさに包まれ、
いつしかまた降り出した雪が
ノルディックベンチに佇む2人の上に、
ゆっくり静かに降り積もっていきました」
※ **ノルディックベンチのディテール**
「ノルディックベンチ」は北欧家具の特徴を象徴する作品で、以下のディテールが施されています。
- **素材と質感**:北欧の厳しい自然環境に耐えるため、耐久性のあるオーク材やアッシュ材を使用。木目の美しさを最大限に活かし、自然な風合いを強調。
- **デザイン**:背もたれと座面は緩やかなカーブを描き、人間工学に基づいた快適な座り心地を提供。無駄のないミニマルなデザインでありながら、装飾として雪の結晶や北極の星空をモチーフにした彫刻が施されている。
- **仕上げ**:オイル仕上げで、木材の自然な温もりを引き立てる。北欧の冬の光を反射するような、柔らかな艶を持つ。
このベンチには「永遠の愛を見守る」とされる伝説が込められており、特に冬のオーロラの下でその魅力が最大限に引きだされます