
離れていても、家族の絆は変わらない——
そう信じていても、やはり時間の流れは、少しずつ私たちを変えていきます。
後編『花火/食卓の愛』では、夢を叶えた娘と、そんな娘を支え続けた父の再会が描かれます。
父の言葉に背中を押され、東京で新たな人生を歩む娘。
それでも、彼女の心のどこかには、いつも「帰る場所」のことがあったのかもしれません。
夏祭りの賑わいの中で、ふと感じる懐かしさ。
屋台の金魚すくいに、小さな頃の思い出がよみがえる——
そんなとき、そっと差し伸べられる大きな手。
本作のクライマックスを、どうぞ最後までお楽しみください
【登場人物】
・女性(5歳/8歳/25歳)・・・子供の頃から夏祭りが大好き、雷が超怖い、3歳からクラシックバレエを習い10歳でソリスト。パリ・オペラ座バレエ学校へ入学し発表会ではプルミエ・ダンス―ルまで上り詰めた。その後パリ・オペラ座バレエ入団のオーディションは辞退。現在は東京のバレエ団で子供たちの育成に心血を注いでいる(CV:桑木栄美里)
・男性(45歳/48歳/65歳)・・・遅くに生まれた末娘を溺愛。娘と一緒に夏祭りへ行くことが一番の楽しみだった。娘がパリへ行ってからは娘の帰郷を心待ちしている。ストーリーは前編後編で交錯します(CV:日比野正裕)
<シーン1/娘5歳/花火大会にて>
(SE〜遠くに聞こえる花火の音)
娘: 「パパ、早く早く!」
父: 「そんなに急がなくても、花火はまだおわらないよ」
娘: 「でも、少しでも近くで見たいんだもん」
父: 「ようし、じゃあ堤防までスキップだ!」
◾️BGM(イメージ)/ルージュの伝言(荒井由実)
娘: 父に手をひかれた5歳の夏。
いつも家ではつま先歩きをしているけど、今夜は特別。
目の前で花火を見たいからついつい早足になる。
(SE〜花火の音/より近く)
娘: 「わあ〜」
父: 「きれいだねえ」
娘: 「うん、おっきなまんまる」
父: 「折りたたみの椅子、持ってきてよかったな」
娘: 「もっと下の方へいきたい」
父: 「土手の方かい?」
娘: 「うん」
父: 「いいけど、椅子は安定しないから、草の上に座ろうか」
娘: 「やったあ」
(SE〜土手を降りていく音)
娘: 「よいしょっと」
(SE〜花火の音)
父: 「すごい迫力だな。火の粉が降ってきそうだね」
娘: 「パパ、おひざに座ってもいい?」
父: 「どうぞ」
娘: 私は父の膝の上に腰をおろし、胸にもたれながら
大迫力の打上花火を楽しんだ。
クライマックスはスターマインと尺玉の競演。
二人とも夜空を見続けて首が痛くなってしまった。ふふふ。
<シーン2/娘8歳/バレエ教室にて/花火大会の日>
(SE〜遠くに聞こえる花火の音/ダンススタジオのレッスン)
娘: それから3年後。8歳の夏。
窓の向こうには、大輪の花火が夜空に広がっている。
花火大会の日、私はバレエ教室でレッスンを受けていた。
バレエのコンクールは夏におこなわれることが多い。
コンクールに向けたレッスンで毎日のようにバレエ教室へ通っていた。
そもそもクラシックバレエを習いたいと言い出したのは私。
私には、3歳の頃からバレエダンサーになりたいという夢があった。
ママに連れていってもらったバレエの舞台を見て
すっかり夢中になっちゃんたんだ。
演目は有名な「白鳥の湖」。
でも私が魅せられたのは、白鳥のオデットではなく、黒鳥。
ライトを浴びる黒鳥オディールの怖いほどの美しさ。
回り続ける漆黒の煌めきから目が離せなくなった。
このときから、私の夢はいつかファーストソリストになって
黒鳥を舞うこと。
花火大会も夏祭りも大好きだったけど、それよりも夢を優先した。
若干8歳の女の子が。
ちょうど花火大会が終わる頃。
私は、バレエ教室の先生から声をかけられた。
”パリのオペラ座バレエ学校を受けてみない?”
パリ・オペラ座バレエ学校。
世界一の水準と言われるパリ・オペラ座バレエ団に入る
多くのダンサーはここへ通う。
そうか。確か8歳から入学は可能だ。
しかも国籍に関係なく、優れたダンサーであれば誰でも応募できる。
もちろんすごい競争率に勝たないといけないけど。
柔軟性、筋力、スタミナも含めた身体的能力が求められる。
”私の身体能力なら大丈夫”
なぜか、先生は太鼓判を押してくれた。
「行きたい」
だけど、だけど、パパやママと離れるのは絶対にいや。
8歳の小さな心は葛藤した。
<シーン3/娘8歳/網戸から風が入ってくる>
(SE〜セミの声と風鈴の音)
娘: 「パパ、オペラ座バレエ団って知ってる?」
父: 「なんだい、それ?」
娘: 「すごく有名なバレエ団なの。学校もあるのよ」
父: 「へえ」
娘: 「バレエの先生がね。その学校を受けてみたらって?」
父: 「ほう、いいじゃないか」
娘: 「でも、パリって遠くない?」
父: 「パリ!?」
娘: 父は口をあけたまま言葉が続かなかった。
変な顔をして不自然に笑っている。
そりゃそうよね。
いきなり8歳の娘がパリへ行くなんて言ったら。
食卓は家族が集まって今日あったことを話す場所。
私最近、学校のことより、バレエの話の方が多いかも。
食卓の端っこにちょこんと置かれた金魚鉢。
中には紅白模様の金魚が7匹泳いでいる。
大きさは大小さまざま。
この5年の間に、夏祭りの屋台からすくってきた私の戦利品だ。
1匹も死ぬことはなく父が大切に育ててくれている。
娘: 「すっごく考えたんだけど、私ね」
父: 「うん」(※つばを飲む)
娘: 「いかないよ」
父: 「え?」
娘: 「パパとママと、離れ離れになるのなんて絶対にいや!」
父: 「そ、そうか・・・」
娘: パパ、ごめんね。
今はいかないけど、いつか、私行くと思う。
ママは教室の帰り道で
”一緒に行こう”
って言ってくれた。
私はホッとするパパの顔を見ていると
幸せな気持ちになって口元がほころんだ。
<シーン4/場面転換/娘12歳/空港にて>
(SE〜飛行機の離陸音)
娘: 結局、その4年後に私はパリへ旅立った。
受かるとは思ってなかったけど
パリ・オペラ座バレエ学校のオーディションに合格しちゃったんだ。
ママはすぐにパリのアパルトマンを借りてくれた。
私は18歳までレッスンしながらキャリアを積む。
パパ、ちゃんとお盆とお正月には帰ってくるから。
ごめんね。ごめんね。
<シーン5/娘25歳/東京のバレエ教室にて>
(SE〜遠くに聞こえる花火の音/ダンススタジオのレッスン)
娘: 25歳の夏。
子供たちにバレエを教えながら、ちらっと窓を見る。
あの日と同じように、ガラス越しの夜空に花火が上がっている。
私は、パリ・オペラ座バレエ学校を18歳で卒業したあと
オーディションを受けてパリ・オペラ座バレエ団に入団した。
プルミエ・ダンスールとなり念願の黒鳥を舞ったのは、20歳の夏。
夢を叶えた私は、もう何も思い残すことはなく帰国した。
(なのに、地元へは帰らず東京にいる。
それは、パパのこの言葉があったから)
父: 「オペラ座バレエ団であんな素晴らしい舞台にたったダンサーが
こんな田舎にいちゃいけないよ」
娘: パパの言葉に背中を押されて、私は東京へ。
有名なバレエ団が運営するバレエ教室で子供たちを教えている。
やがて花火大会が終わった。
地元の花火大会の方がすごかったな・・・
パパ・・・
<シーン6/娘25歳/八幡神社の夏祭り>
(SE〜祭り囃子と雑踏)
娘: 来ちゃった。
パパいるかな、と思って直行で夏祭りへ。
そんな都合のいいこと、ないよね。
神社は相変わらずすごい人。
灯篭に灯のともった参道を歩くと・・・
あ、金魚すくい。
その10分後。
私の左手には金魚が1匹入ったビニール袋が揺れていた。
このあと、どうしようかな・・・
いきなり帰ったら、パパもママもびっくりするよね・・・
もう少しお祭り見ていこうかな・・・
そう思った瞬間、私の右手を大きな手が包み込んだ。
父: 「おかえり」
娘: 「パパ!」
■BGM〜「インテリアドリーム」
娘: そのあとは、もう言葉にならなかった。
父も同じ思いだったに違いない。
かろうじて、しぼりだした言葉は、
父: 「そろそろ帰ろうか」
娘: 「うん」
父: 「今まであったこと、いろいろ話してくれるだろ?」
娘: 「うん」
あの食卓で。
早く家に帰って、食卓に座りたい。
ずうっと開けていてくれている、私の場所へ。
「ただいま」