
朝日町から高山へ――“よもぎ”の心がさくらの身体に宿り、
八幡祭の中で彼女が見たのは、祭よりもまぶしい恋の光景。
一方、さくら(よもぎの体)は、カフェの温もりの中で“他人の生き方”を知っていく。やがて二人の道が再び交差したとき、運命は静かに“元の形”へと還っていく。
──心が入れ替わっても、想いは消えない。
ヒダテン!ボイスドラマ第29話『トライアングル・ラプソディ/後編』は、朝日町の薬膳カフェと桜山八幡宮を結ぶ“よもぎの視点”の物語です。
【ペルソナ】
・さくら(24歳)=荘川そばの栽培農家。収穫が終わった休みの日に八幡祭へ(CV=岩波あこ)
・よもぎ(29歳)=朝日町の漢方薬剤師。東京の友達と約束して八幡祭へ(CV=蓬坂えりか)
・ショウ(35歳)=さくらのパートナー。八幡祭で待ち合わせした(CV=日比野正裕)
・観光客(22歳)=二日酔いで薬膳カフェ「よもぎ」へきた旅行客(CV=小椋美織)
<シーン1B:朝日町の薬膳カフェ「よもぎ」>
◾️カフェの雑踏
「なんかこのお茶、苦いんですけど」
「ああ、ごめんなさい。
さっき、昨夜飲みすぎちゃった、って言ってたから
五行茶をお出ししたんですよ」
「ゴ・・ギョウチャ?」
「はい。五種類の薬草をブレンドしたお茶です」
「で?」
「焙煎した生薬は苦味があるんです。でも、
甘草とかナツメの甘みが、苦さを和らげてると思うけどなあ」
「だから?」
「苦いだけじゃなくて、飲んだあとほんのり甘さが残りませんか」
「そんなんどうでもいいから、なんとかしてよ。
砂糖でもなんでもいれればいいじゃない」
「そんな・・・
砂糖なんて入れたら、血糖値も変化しちゃうし。
体も冷やしちゃいますよ」
「関係ない。苦くないようにして」
お客さんの声がだんだん荒くなる。
あ、だめ。
久々に・・・これ・・過呼吸かも・・
「ちょっと、聞いてる?」
意識が遠のく・・・
お客さんの声が遠ざかっていく・・・
<シーン2B:古い町並/さくらの体=よもぎの意識>
◾️高山祭の雑踏(お囃子)
「あ・・・れ・・?
えっと・・
えっ!?ここどこ?」
気がつくと、薬膳カフェ「よもぎ」とはまったく違う場所に、私は倒れていた。
ここは・・・?
あたりを見回す。
高山市街地の・・・古い町並だ。
しかも私、側溝に左足を突っ込んで倒れている。体が重い、って思ったら、首にブラ下がっているのは、大きなカメラ。
そうだ。持ち物。
肩かけの小さなポーチを手で探る。
ポーチの中に見つけたのは、かわいい手鏡。
そこに映っていたのは・・・
誰?この人誰!?
桜色のロングヘアー。
桜の髪飾り。そして・・・
凛とした美しい顔立ち。
誰なの〜!?
なんで?なんで?
どういうこと、これ?
鏡の中で整った顔が困惑した表情を見せる。
鏡を遠ざけて体全体を映すと・・・
淡い桜色のロングTシャツ。
透け感のある軽やかなパーカー。
ボトムスはデニムのスリムパンツ。
女性カメラマン?
気がつくと、私の周りには人だかりができていた。
その中から現れたのは・・・
「大丈夫?怪我はない?」
いかにも爽やかな、長髪の男性。
「いや、だ、大丈夫です。おかまいなく」
という私の言葉など関係なく、片手を差し出してくる。
「さあ、つかまって」
「いや、そ、そんな・・」
口では断っているのに、なぜかその手をとってしまった。
「歩ける?」
「た、たぶん」
「ここ、酒蔵の入口だから。ほら、そこのカフェのベンチ。
あそこをお借りしよう」
彼はカフェの人に断りを入れて、私をベンチへ座らせた。
「さ、お水もらってきたから。はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます・・」
「なんだよ、その喋り方。頭うったの?」
「し、失礼ね。あなた・・・誰ですか?」
「え?どういうこと?
待合せに遅れたこと、怒ってるの?」
「え・・だから・・名前は?」
「もう〜。ショウに決まってるだろ」
冷静に、冷静に。
えっと、これからどうしよう・・・
とにかく朝日町へ帰らなきゃ。
いまごろどうなってるんだろう。
怒ってたあのお客さん・・・
そうこうするうちにコーヒーが運ばれてきた。
そっか。カフェだもん。
コーヒーくらい飲むのが礼儀だよね。
「良いショットは撮れたかい?」
「え・・・あ、はい・・まあ」
「まあ、君の腕とそのカメラなら当然か」
ああ、そうか。この一眼レフカメラ。
高級そうだな。
私は、カメラの履歴を遡る。
老舗の酒蔵。軒先の杉玉。
すうっと続いている人波。
和菓子屋の前。
お団子をほおばるカップル。
こっち見てピースサインしてる。
中橋のにぎわい。
欄干の赤色が鮮やか〜。
「いい写真ばかりだ」
「そうですね・・・」
「そんな、他人事みたいに。
君が撮ったんだろ?」
「多分・・」
「次の被写体はきっと桜山八幡宮かな」
「そう・・かな」
「よし、じゃあ行こう。もう歩いて大丈夫?」
「はあ・・まあ、いいですけど・・」
「また、そういう喋り方。
悪かったって言ってるだろ、遅刻したこと」
「そういうことじゃないけど・・」
「もう少ししたら屋台の曳き揃えだぞ」
そう言って、ゆっくりと彼、ショウは立ち上がる。
私も彼に続いて静かに起き上がる。
なんか、ぎごちない。
まるで自分の体じゃないみたいに。
ってか、自分の体じゃないし。
桜山八幡宮まで行ったら、すぐに朝日に帰ろう。
<シーン3B:桜山八幡宮/さくらの体=よもぎの意識>
◾️高山祭の雑踏(お囃子)
「やっぱり、すごい迫力だなあ。屋台の曳揃え」
「そりゃ、11台もの絢爛豪華な屋台が、一堂に揃うんだから」
「この美しさ・・・言葉にできない」
「写真、撮らなくていいの?」
「あ・・」
「もうすぐ、布袋台のからくり奉納だよ」
一眼レフカメラなんて使ったことないけど・・・
ファインダーを覗いて、なんとなくシャッターを切る。
「ユネスコの無形文化遺産登録。当然って感じだな」
「金箔の飾りも、彫り物も全部職人の手仕事かあ・・・」
「秋の空気によく似合う、美しい景色。
もう少し近づいてみて。
木の温もりと優しい香りが伝わってくるよ」
「まるで詩人みたい」
「はは・・よく言われる」
「桜吹雪の山王祭もいいけど、秋風の八幡祭も素敵」
「初夏を迎える山王祭と冬を迎える八幡祭。
こんな美しい祭りを四季の中で二度も見られるなんて
飛騨人(ひだびと)は幸せだよね」
「確かに。
だけど私、八幡祭は久しぶりなの」
「え?
去年も一緒に来たじゃないか」
「え・・・
あ、そうか・・・ごめんなさい」
「さくら、やっぱり今日はちょっとおかしいぞ。
秋そばの収穫で疲れちゃったのかい?」
秋そば・・・
ってどこのこと?
そばといえば・・・荘川?
この爽やかな青年は?
待合せって言ってたけど、市街地に住んでいるのかしら。
ブルーの瞳がとってもきれい・・・
「ちょっと風が出てきたかな・・寒くない?」
「うん、大丈夫。
あの・・・少しだけ向こうで、電話してきてもいい?」
「あ・・ああ。もちろん」
「朝日のお店に電話しなくちゃ」
「お店?」
「ううん。なんでもない」
◾️電話の呼び出し音(受話器内部音)
思ったとおり、カフェは誰も出ない。
私は、おばあちゃんに電話をかけた。
「もしもし。あ、おばあちゃん?よもぎ」
「うん。ちょっと市街地まで来てるの。そう、今日高山祭」
「え?声がおかしい?」
「あ、そ、そうかな。ちょっと風邪気味だから」
「お店あけてきちゃったから、お留守番お願いできる?」
「ありがとう」
「うん。遅くなる前には帰るから」
「宵祭(よいまつり)?見ないよ。遅くなっちゃうもん」
「お迎え?悪いからいい、いい。帰る方法あるから」
「うん。じゃあ、お店お願いします」
はぁ〜。そうだった。
こんな姿じゃ、おばあちゃん私だってわかんないよ〜。
どうしよう〜。
それに、朝日にいた私はどうなってるの?
お店から消えてどこ行っちゃったの?
もう頭の中が真っ白。
お願い!だれかなんとかして〜!
<シーン4B:桜山八幡宮/さくらの体=よもぎの意識>
◾️高山祭の雑踏(からくり奉納/布袋台)〜観客の拍手
男女の唐子(からこ)がブランコに乗る「綾渡り」(あやわたり)。
まるで体操の大車輪のように回転しながら、布袋和尚の背と右手に飛び移る。
こんなにも大胆で、ここまで繊細な動き。
久しぶりに目にしたからくりに圧倒される。
隣で見ている彼。
ショウも感動して目が離せなくなってる。
あれ?
ちょっぴり瞳がうるんでいるじゃない?
「この美しさは、言葉にできるようなレベルじゃない」
「ほんと」
私もそれ以上、声をかけられなかった。
ショウの距離は、さっきより少しだけ近づいたようだ。
気づかれないように、彼のジャケットの裾をつまむ。
だって、この人混みではぐれたらいけないから。
それに気づいた彼は、そっと私の肩を抱く。
そのとき、私のことをじっと見ている視線に気がついた。
ゆっくりその方向へ目を向けると・・・
「あっ!」
思わず声を出してしまった。
私たちの斜め後ろに立っていたのは・・・”私=よもぎ”だった。
お互いに目が合った瞬間、
私は反射的に、ジャケットから手を離し、彼の手もふりほどく。
泣きそうな顔で踵を返し、大鳥居の方へ走り出す”よもぎ”。
「待って!」
人波をかき分けて追いかける。
「お願い、止まって!」
「あなた、さくらさんでしょ!」
「行かないで〜!」
※続きは音声でお楽しみください。