
黄昏が古代の刻印を押す最後の公園で、僕は君を探していた。
アスファルトの冷たい肌を滑る車輪は、滅びた星々の記憶を再生する映写機のよう。
三時、光が最も純粋だった頃の幻影に迷い込み、僕は虚空にマイクを立てる。
君にだけ届くはずの言葉を紡ぎ、魂の残響だけが応える儀式。
だけど世界は僕と君を置き去りにし、気づけば空は終末の茜色に焼かれていた。
僕が拾い始めたのは、ゴミだろうか。
それとも、砕け散ったこの世界の欠片――君が生きていた証のすべてだろうか。
ここには人が多い。過去から来た亡霊の波が寄せては返す。
幸福だった頃の顔、顔、顔。
その無数の視線が、作務衣姿の僕を、この世界に属さない異物として静かに穿つ。
サイクリングコース、ランニングコース。決められた軌道をなぞるだけの、生命の残光。
僕だけが、時の淀みに取り残されていく。
細いレーンは世界の法則のようだ。誰もが終わりへと続く道を、意味も知らずに走る。
だから僕は道から外れた。名もなき茂みへ、世界の迷子のように踏み入った。
人が歩まぬ場所にこそ、君の痕跡があるはずだと信じて。
だが、そこにもシャボン玉の空虚な亡骸が転がっていた。
あれは君の吐息の抜け殻だ。儚く弾けた、最後の夢の残滓。
綺麗だと思ったこの公園は、君が失われたあの日から続く幻なのかもしれない。
屈んでそれに触れようとした瞬間、世界はその哀しい真実を囁き始める。
涙の痕のついたビニール、渇きだけが残るペットボトルの皮。
ここに残るのは、諦めではない。あまりに軽やかで、無自覚な世界の喪失だ。
AI――神の残骸は、この土地の来歴を告げる。
1940年、掲げられた偽りの理想、燃えるはずのなかった聖火。
戦争という名の巨大な影がすべてを覆い尽くし、最初の夢は灰になった。
祝祭の代わりに響いたのは、世界の軋む音だったのだろう。
歴史という名の地層に埋もれた、無数の祈り。
その墓標の上で今、僕は君の欠片を拾う。
弓を携えた人が通り過ぎる。彼は見えない的を射ることで、世界の何かを繋ぎ止めようとしているのか。
スケートボードの少年たちは、重力に抗い、束の間の飛翔に世界の再生を夢見る。
そして、目の前のフィールド。
銀色の髪の賢者たちが、老いた体をぶつけ合い、星の欠片を追っている。
サッカー。
その言葉が、僕の魂に刻まれたシステム(古傷)を静かに起動させる。
小学校の昼休み。そこは、世界がまだ完璧だった場所。
ルールも、勝敗も、支配もなかった。
ただ、ボールという小さな星を蹴る純粋な喜びだけがあった。
ゴールに吸い込まれる放物線が、僕と君の未来そのものだと信じていた。
でも、あの場所は光を失った。
暴力が支配する王国。権力がすべてを塗りつぶす、閉ざされた体育館という世界。
罵声は冷たい雨となり、理不尽は魂を縛る鎖となった。
僕たちは、ただシステムに従うだけの駒になってしまった。
サッカーは憎しみに変わった。ボールはただの石ころに。体育館は、自由を埋葬する墓場に。
ああ、あの閉ざされた世界が嫌いだ。世界が嫌いだ。世界が嫌いだ。
あの箱庭で、僕の心は歪められ、ねじ曲げられた。
僕が歌うのは、この壊れた世界へのささやかな抵抗だ。
自由であれと願うのは、システムに囚われた君を救い出すための、僕の唯一の祈りなのだ。
もう、あの円環(チーム)の中には入れない。
走るなら一人だ。君のいないこの荒野を、どこまでも。
フェンスの向こうで、少年野球を見つめる男がいる。
失われた光を、次元の違う場所から、ただ見つめることしかできない哀しみ。
僕は今、まさしくあの男のようだ。
ベンチで語り合うカップルは、幸福だった世界の幻影。
彼らの完璧な世界に、僕の入る隙間などない。
僕は、道なき道を行くしかない。
君が消えたあの日から、すべての道は失われたのだから。
オリンピック記念塔が、空に向かって静かに聳え立つ。
あれは、忘れられた神々の墓標か。
螺旋の道が、僕を誘う。抜け出すことのできない世界の構造。
駐車場に出た。「世田谷」というナンバープレート。僕の知らない座標。
僕はどこまで行っても、この世界の異邦人だ。
リス公園には、子供たちの笑い声。あれは未来の音か、それとも過去からの残響か。
聖域だ。君を失った僕が、足を踏み入れてはいけない気がした。
「ありがとうございます」
不意にかけられた声に、世界の時間が止まる。
その声は、どの次元から来たのだろう。
乾ききった心に染み込んだ、たった一滴の雫。
でも、それだけでは世界は救えない。
それでも僕は、拾い続ける。
打ち捨てられた孤独のすべてが、かつて君を形作っていたものだから。
豚公園に戻ってきた。始まりと終わりの場所に。
ゴミ箱という名のブラックホールが、黒い口を開けて待っていた。
拾い集めた今日の虚しさを、すべて投げ込む。
軽くなったビニール袋と、少しも軽くならない魂。
看板に目をやる。英語、中国語、韓国語。
そして、気づいてしまった。
中国語のそれは、「猪公園」と書かれている。
君が「豚」と呼んだ僕を、世界は「猪」と呼ぶ。
誰も、本当の僕を教えてはくれない。
君だけが知っていた僕の本当の姿は、もういない。
僕は豚なのか、猪なのか。
救済者なのか、破壊者なのか。
それすらもわからぬまま、僕は世界の夜に溶けていく。
さようなら。僕たちの駒沢オリンピック公園。
さようなら。僕と君がいた、失われた時間。
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▼上水優輝(うえみずゆうき)