
備前市に本社を構える茂山組。茂山組といえば、ソーラーとイメージする人が多いが、始まりは意外な仕事からスタート、そもそも「川田」代表が、なぜ「茂山」組の代表なのかだ。父の友人でもあった茂山さんが、息子の雄士氏に自分の個人事業の後継をどうかと打診したことに始まる。川田代表は、快諾してふるさと備前市に帰り、個人事業を会社にして設立した。当時川田代表は、三井物産の輸入住宅部門にいて日本橋に勤務、しかも一級建築士である。なぜ、先行き不透明な事業を継いだのか、???だ。その理由は、番組をお聴きください。備前を愛する川田代表ならではのことだった。平成8年茂山組設立、11年に株式会社に組織変更、建設業界でランクを上げ、太陽光発電事業に突き進む快進撃を、抱腹絶倒の愉快なエピソードとともに、ご紹介します。