
日々の診療で「生活習慣を変えてください」と指導しても、なかなかうまくいかない患者さんに遭遇し、もどかしい思いをされていませんか?個人の努力や意志の力だけではどうにもならない、行動変容の深い壁について、最新の質的研究論文を掘り下げます。なぜ「健康的な行動」が、その人の社会的な居場所を脅かす「リスク」になり得るのでしょうか?
このエピソードでは、境界型糖尿病を持つ人々が、診断をどのように受け止め、日常生活の中で健康行動を実践しようとするときに直面する複雑な現実に迫ります。特に低所得層や多様な民族的背景を持つ人々にとって、行動変容は、ハビトゥス(身体化された性向)と、家族の期待、社会儀礼、構造的要因(食料の費用、住宅不安など)との相互作用によって強く制約されていることが示されました。社会規範に反する「健康的な行動」は、糖尿病の将来的なリスクよりも差し迫った「社会的リスク」(社会的地位や人間関係の損失)を伴うため、個人の努力だけでは限界があることが強調されています。本研究は、糖尿病予防の成功には、個人の行動レベルのアドバイスを超え、物理的、経済的、社会的、文化的な環境の変化を組み込むべきであると結論づけています。
Barry E, Greenhalgh T, Papoutsi C, et al. Preventing type 2 diabetes: a qualitative study exploring the complexity of health-related practices in people with prediabetes. Br J Gen Pract 2025; DOI: https://doi.org/10.3399/BJGP.2025.0208.
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【解説の補足】
この研究では、社会学者のピエール・ブルデューの「実践の理論」が応用されており、「ハビトゥス」(Habitus:人生を通じて蓄積された、行動の傾向や性向)が、その人の住む世界(家族、職場、社会慣習、経済状況など)とどのように相互作用し、健康行動を制約しているかを深く探っています。これは、行動変容を個人の責任として捉える従来の生物医学モデルに異議を唱える重要な視点です。